第32話 聖騎士の慈悲と御者の勘違い
部屋の入り口で、美貌の女騎士と、みすぼらしいオッサンが、顔を突き合わせるように、同時に土下座をする。
あまりにもシュールな光景の中、ただ一人立っていたリリアが、困ったように、しかしどこか楽しそうに言った。
「ディノもセスティーナ様も、お門違いなことをしてる時が一番面白いですね。でも、なんだかんだで、息がピッタリなのが不思議です」
その、的を射ているのか外しているのか分からない言葉に、ディノッゾとセスティーナは顔を見合わせる。
「さあ、二人とも、もういいでしょう? おたがいさまってことで」
リリアが、まるで母親のように言うと、二人はバツが悪そうに立ち上がった。
そして、リリアは一計を案じた。
彼女は、セスティーナにこっそりとウインクして見せると、ディノッゾに向き直り、少しだけ怒ったような顔で言った。
「ディノが、セスティーナ様に、とんでもないセクハラしたからだよ」
「はあ!? 俺が!?」
「うん。昨日の夜、酔っぱらって、『俺の膝の上で御酌してよ』って言ったんだよ。だから、セスティーナ様は怒ったの」
ディノッゾの顔が、今度こそ絶望で真っ青になった。昨夜の記憶は曖昧だ。だが、酔った自分なら、それくらいの馬鹿なことを口走ってもおかしくない。
(やっちまった……! それは、ぶたれても文句言えねえ……!)
リリアは、ディノッゾが完全に信じ込んでいるのを確認すると、今度はセスティーナに向き直った。
「でも、セスティーナ様も、殴るのはよくないと思います。でも、ディノが一番悪いんですから。でも、もう平手打ちで、この話はおしまい! ですよね?」
そして、子供が仲直りさせるように、二人の手を無理やり取らせた。
「ほら、握手!」
「まことに申し訳ありませんでした……」
「い、いえ、こちらこそ……」
ディノッゾは消え入りそうな声で謝り、セスティーナは何が何だか分からないまま、その手を握り返した。
こうして奇妙な和解が成立し、食事の後セスティーナは、聖騎士の制服に身を包み、再び二人の部屋を訪れた。
「ディノッゾ殿、リリア様。本日は、私が町をご案内いたします。案内がてらギルドでの換金なども済ませましょう。ですが、その前に……申し訳ないのですが、ことの経緯を領主様にご説明いただく必要がございますので、まずは館までご同行をお願いしたいのですが」
その、あまりにも丁寧な申し出に、ディノッゾは即座に、そして勢いよく頷いた。
「勿論だ! 行きます! 行かせていただきます!」
昨夜のセクハラ発言(という濡れ衣)の負い目から、彼は完全なイエスマンと化していた。
(……この人、まさに聖女のような存在だな)
ディノッゾは、先導するセスティーナの気品あふれる後ろ姿を見ながら、内心で猛省していた。
(俺は、そんな存在に『膝の上で御酌』などと……。つい、想像するだけでも罰当たりなのに、それを口に出してやらかしたのか。平手打ち程度で済んで、本当に良かった……でも想像してしまう)
だが、同時に彼は不思議に思っていた。
(それにしても、なんでこの人は、俺みたいなオッサン相手に、なんであんなにグイグイ来るんだろうか。昨夜の格好もそうだが……)
聖騎士としての使命感からくる行動だとは、今の彼には思いもよらない。
(……ああそうか。なるほど。自分の魅力を全く分かっていない天然さんなのか。だから無防備に近づいてくるし、男は皆コロッといくと。こりゃあ、国民に愛される訳だ)
ディノッゾは一人で勝手に納得し、感心していた。
その、あまりにも大きな勘違いが、聖騎士様の心をさらに掻き乱していくことになるとも知らずに。




