第29話 乙女の湯と無垢な証言
ディノッゾたちが男湯で世界の力学を揺るがす会話を繰り広げていた、ちょうど同じ頃。
女子たちの入る華やかな浴場では、湯気が立ち込める中ほのぼのとした乙女たちの会話が交わされていた。
「わぁ! セスティーナ様、とってもおっきいですね! どうやったら、そんなに立派なお胸になるんですか?」
リリアは無邪気な瞳を輝かせながら、セスティーナの豊満な胸を羨望の眼差しで見つめている。
そのあまりに純真な問いに、セスティーナは苦笑するしかなかった。
「ふふっ。リリア殿も、あと3年もすればきっと素敵なレディになって、ディノッゾ殿を驚かせるほど、大きくなられますよ」
セスティーナは、そう言ってリリアの反応を探った。彼女の無邪気な様子から、ディノッゾと少女がどのような関係を築いているのか、さりげなく知りたかったのだ。
だが、リリアは、その言葉の裏にある意図には気づかない。彼女は、ただ嬉しそうに頷いた。
「はい!そうなるように、お食事をいっぱい食べます!」
「さあ、まずは髪を綺麗にしましょうね」
彼女はそう言うとリリアの背後に回り、その長く、少し癖のある髪を優しく梳き始めた。
お湯の温かさと、セスティーナの優しい手つきに、リリアはすっかりリラックスしていた。
二人の間に穏やかな空気が流れる中、セスティーナは、ずっと気になっていた核心の質問を、何気ない世間話のように切り出した。
「リリア 殿はドラゴン討伐の際に、ディノッゾ殿と知り合われたのですか?」
その言葉にリリアの目が、ぱあっと輝いた。
「はい! あの時はすごかったんですよ!」
彼女の脳裏には、断片的だが、鮮烈な記憶が蘇る。
「私、何となくしか覚えていないんですけど、ディノにぎゅって抱きしめられて、ドラゴンさんに向かって落ちていったんです! そしたら槍がね、ぐさあってドラゴンさんに刺さったんですけど、ディノの『エアクッション』であ~れ~って感じで、川にドボン!したんです!」
擬音だらけの子供のような説明。だが、その内容はあまりにも衝撃的だった。
セスティーナは、ごくりと喉を鳴らす。
セスティーナ戦利地を覚えた。
リリアの話だと間違いなくドラゴンに一撃を入れている。
しかもドラゴンに向かって落下していたことからして、槍が刺さるまドラゴンに当たらずに、ほんのコンマ何秒の精度でエアクッションを身体とドラゴンの間、しかも手に持っていたと思われる槍がドラゴンに刺さる・・・神業としか思えなかった。
そんな奇跡的なタイミングで魔法を放てるのだろうか?自分には無理・・・セスティーナの頭には魔法の精度に対する驚きから、本質たるドラゴンへの一撃がどうなったかを気にしなかった。
「まあ・・・それでそのドラゴンは、結局どうなったのですか? やはり【ヴァルハラ・ブレイド】が討伐したのでしょうか?」
「ううん」
リリアは、小首をかしげた。
「ヴァルハラなんとかの人たちは、崖の下で戦ってましたけど・・・ドラゴンは、多分、上から落ちてきた瓦礫に埋もれて死んじゃったんだと思います」
瀕死のドラゴン。
落下する二人。
突き刺さる槍。
そして、とどめの瓦礫。
全てのピースが、セスティーナの頭の中で一つの形を結んだ。
「リリア殿。それは、もしかして・・・」
セスティーナは、男湯の若き騎士と全く同じ結論にたどり着いていた。
「『ラストアタック』、ではありませんか?」
「らすとあたっく?」
セスティーナの問いにリリアは、ただ不思議そうに小首をかしげるだけだった。どうやら、その言葉の意味自体を知らないらしい。
セスティーナは尋問のようになっていることを反省し、優しく問いかけた。
「リリア殿。崖から落ちた後、ご自身の体に何か変化はありませんでしたか?」
その言葉にリリアの話とは微妙に噛み合わないながらも、核心へと向かい始めた。彼女はセスティーナの真意を理解しないまま、自分たちの身に起きた不思議な出来事を、根気よく耳を傾けるセスティーナに語り始めた。
「うんとね」と、リリアは思い出しながら話す。
「最初、倒した魔物のお肉を焼いて食べたんだけど、うげーってなるほど不味かったの」
「(不味かった)? 理由は、分かったのですか?」
セスティーナはごくりと喉を鳴らした。
「ううん、でも、血を抜いて、香草で包んだり、オランジの汁で食べたら、すっごくおいしくなったの!」
そのあまりにも無邪気な言葉に、セスティーナの背筋を冷たい汗が伝った。
「なっ! ち、血抜きをしていない魔物の肉をく、口にしたのですか!? なぜ、生きているのです!?」
高ランクの魔物の血には、常人なら死に至る猛毒が含まれている。低ランクでも暫く昏倒するか麻痺して動けなくなる。それは騎士や冒険者の間では常識だ。だがリリアは、セスティーナの驚愕の意味が分からない。
「生きてる?うん!まずかったけどお腹いっぱいになったから元気になったよ!それからね、オランジの実を見つけたんだけど、すっごく高い木にあって。槍を持ってジャンプしてみたの。そしたらディノがね、木より高く跳んじゃって、『ぎゃー!』って、泣き叫んでいたの。でもすぐにまた跳んで楽しそうだったよ!」
リリアはその時のことを思い出して、くすくすと笑った。
「それで、私も試してごらんって言われたら、丁度、実の高さまで跳べたの!」
「跳躍・・・」
「うん! だからね、ディノがね『俺たち二人は崖から落ちた時に、ジャンプスキルが生えたんだ』って」
血抜きしていない魔物の肉を食べても死なない・・・異常な毒耐性。
人間を遥かに超越した跳躍能力。
そして、本人たちはそれを【ジャンプスキルが生えた】などと・・・勘違いと言うか思い込んでいる。
セスティーナの中で、全てのピースが、一つの答えを導き出した。
リリアが語った【槍がぐさあって刺さった】という無邪気な証言。先ほどはスルーしてしまったが、一番大事なところだった。
それは間違いなく、ドラゴンへの一撃、しかも話を聞けば聞くほど、最後の一撃としか思えない。
(そういうことでしたか)
セスティーナは、全てを理解した。
この二人は自分たちが何者となり、どれほどの力を得たのか全く理解していないのだ。
だが、その力は紛れもなく本物。
彼女は湯船の中で、そっと拳を握りしめた。
この二人は絶対に、皇国陛下の庇護下に置かなければならない。
聖騎士としての新たな、そしてあまりにも重い使命が、彼女の双肩にのしかかった瞬間だった。




