第20話 三体の巨人と、黒い閃光
「助けてください!」
リリアは草原に展開する軍と思われる一団に向かって、ありったけの声で叫んだ。
目の前に現れた白いマントの美しい女騎士。彼女が、きっとこの悪夢から救い出してくれる。リリアはそう信じて疑わなかった。
だが、その期待は、次の瞬間、絶望へと変わった。
女騎士の顔から、さっと血の気が引いたのだ。彼女はリリアではなくリリアの背後、森の出口を凝視し、恐怖に見開かれた目で、腰の剣に手をかけた。
「少女よ逃げなさい!」
女騎士が絶叫する。
はっとしてリリアが振り向くと、そこには、地獄が口を開けていた。
自分が出てきた溝から一体。そして、そこから左右に100メートルほど離れた森の中から、それぞれ一体ずつ。合計三体の・・・単眼の巨人――サイクロプスが、地響きを立てながら姿を現したのだ。
その身長は、オーガを遥かに凌ぐ、絶望的な大きさだった。
丘の上の兵士たちから、悲鳴が上がる。
「サイクロプスだと!? なぜ、死の森から!」
「三体だと!?・・・ 馬鹿な、街が落ちるぞ!」
中央のサイクロプスが、リリアの存在に気づき、巨大な棍棒を振り上げた。影が、死の宣告のように、彼女の小さな体に落ちてくる。
もう、だめだ。
リリアが目を固く閉じた、その時だった。
ビュッ、と空気を切り裂く音がした。
振り下ろされようとしていた棍棒ごと、サイクロプスの頭部が何の前触れもなく吹き飛んだ。
何が起きたのか、誰にも理解できなかった。
ただ、何か黒いものが、あり得ない速度で一体目のサイクロプスの頭を貫通し、そのまま勢いを失うことなく、左翼にいた二体目の巨人へと向かっていくのが見えた。
二体目のサイクロプスもまた、反応する暇もなく、その心臓を黒い閃光に穿たれ、巨体を大地に沈めた。
右翼にいた三体目のサイクロプスは、仲間たちが瞬殺されたことに怯むも、その敵意をより近くにいりる兵士たちの一団へと向けた。
草原に展開する兵士たちも、女騎士セスティーナも、そしてリリアも、この場にいる全ての人間が呆然とし、その黒い閃光が飛んできた方向を見ていた。
そこには森の出口で、短くなった槍を片手に携え、少し気まずそうに頭を掻いている、一人の男の姿があった。
用を足し終えたばかりの、見た目はただのオッサンが。
「わりい、横取りしてしまったか?」
ディノッゾの間の抜けた声に、誰も反応できない。
あまりの出来事に、女騎士セスティーナは呆然と立ち尽くしたままだった。リリアが駆け寄り、その腕を揺さぶる。
「騎士様! しっかりしてください!」
その声でセスティーナははっと我に返った。
だが、彼女の視線の先で、新たな惨劇が起きていた。
残った一体のサイクロプスが、恐怖と怒りで我を忘れ、兵士たちの一団に突撃していたのだ。巨大な棍棒の一薙ぎで、数人の兵士が紙切れのように吹き飛んでいく。
「だめだ、て、!撤退だ! 撤退しろ!」
その場にいた小隊の隊長と思われる者の悲鳴が混じったような叫び声と共に、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。だが、巨人の歩みはあまりにも速い。
逃げ遅れた一人の兵士が、再び振るわれた棍棒に打たれて吹き飛ばされた。その兵士は放物線を描き、ディノッゾたちの頭上を飛び越えようとしていた。
「うおっ!?」
人が空を飛んでいると言うか、降ってくる異常事態だったが、ディノッゾは反射的に反応していた。
彼は常人にはありえない跳躍力で空へと飛び上がり、血まみれの兵士の体を空中で見事にキャッチした。
ずしりとした重み。
兵士は意識がなく、複数箇所から血が流れてている。
「ちっ、重傷だな。だが、これならすぐに治療すりゃ助かるだろう」
「ディノッすっご~い!」
リリアは手を叩いて褒めていた。
そしてディノッゾは兵士をそっと地面に下ろすと、まだ呆然としているセスティーナと呼ばれていた女騎士に向き直った。
「おい、あんた。騎士様なんだろ?」
彼は親指で、兵士相手に暴れているサイクロプスを指し示す。
「ちょっと、あれ倒してくるから、この兵士を頼むよ。直ぐに治療すりゃ死ぬこたぁねえだろう!」
そして、彼は付け加えるのを忘れなかった。
「あっ、倒して良いよね?」
セスティーナはもはや言葉を発することができなかった。
目の前で起きていること全てが、彼女の二十年の人生と、聖騎士としての常識を・・・粉々に打ち砕いていた。
死の森から現れた、煤けたメイド服の少女と、その辺にいそうなただのオッサン。
Sランク推奨討であるはずのサイクロプスの群れを、まるで害虫でも駆除するかのように、こともなげに倒すと語る男。
彼女はただ、こくりと、縦に首を振ることしかできなかった。
「よし、後から文句言うなよ!リリア、ちょっと頑張ってくるから見とけよ!」
それが皇国の誇り高き聖騎士が、名も知らぬただのオッサンに全てを委ねた瞬間だった。




