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ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜  作者: KeyBow


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第2話 運命のくじと峠の紅い閃光

 薄暗い馬車組合の事務所に、男たちの重いため息と、安いエールの酸っぱい匂いが満ちていた。その中心で、Sランクパーティー【ヴァルハラ・ブレイド】のリーダー、ガルドの苛立った声が鞭のようにしなる。誰もが俯き、その視線から逃れようと必死だった。


 その中に、三十六歳のベテラン御者、ディノッゾがいた。どこにでもいそうな、少し草臥れただけの冴えない男。彼こそが、この物語の主人公である。

 諸国を旅するのが好きで、この町に来て早一年。酒と女が好きな、しがないオッサンだが、そろそろ別の国へ移ろうかと思っていた矢先の出来事だった。

 やがて組合長が差し出した木箱が、ディノッゾの前に回ってくる。中には十数本の木の棒。そのうちの二本だけが、死刑宣告を意味する赤い印がつけられている。ディノッゾはごくりと唾を飲み込んだ。齢三十と六つ。人生の半分を馬車の御者台で過ごしてきた。だが、今度の荷物は、あまりにも重すぎる。


「引けよオッサン。さっさと終わらせろ!」


 ガルドの嘲るような声に、ディノッゾは顔をしかめ、無言で箱に手を入れた。ひやりとした木の感触。一本を掴み、ゆっくりと引き抜く。

 その先端に、はっきりと刻まれた、血のような赤い印が一つ。それは先頭の馬車の担当だと示していた。 


「そっか・・・」 


 諦めに似た小さな声が、自分でも驚くほど静かに漏れた。


 事務所の空気が、わずかに緩む。自分ではなかった、という安堵のため息が、あちこちから聞こえた。隣ではもう一本の外れくじを引いた若い御者が、悔しそうに唇を噛み締めている。

 周囲の仲間たちが、「頑張れよ」「生きて帰れよ」と、通夜のような顔で声をかけてくる。その同情の裏に透ける安堵の色を、ディノッゾは見ないふりをした。



 やがて討伐隊は出発の準備を整えた。

 ディノッゾが担当する一台目の馬車には、サポートメンバーであるBランクの三兄妹と、辺境伯から派遣されたメイド。そして、ヴァルハラ・ブレイドの五人と若い方の御者が乗る二台目の馬車が、後に続く。

 ディノッゾは、馬車に乗り込もうとするサポートメンバーたちに、いつもの調子で声をかけた。 


「どうも。今日一日、よろしく頼みます。ディノッゾです。安全第一、良き旅を」


 彼らは、この辺境では知られた新進気鋭の若者たちだった。

 リーダーは長男で弓使いのポータ(二十四歳)。落ち着いた雰囲気の男だ。

 次男は剣士のアレン(二十歳)。腰のロングソードが歴戦を物語る。その鋭い目つきは、格上であるはずのヴァルハラ・ブレイドの連中を冷静に値踏みしていた。

 そして末の妹が、魔法使いのレイラ(十八歳)。兄たちの後ろで、不安げに短い杖を握りしめている。

 そのレイラが、荷台の前で途方に暮れている少女に駆け寄った。辺境伯の館から来たメイドの少女だ。 


「大丈夫よ。私たちがついてるから」


 レイラが大きなトランクを一緒に持とうとすると、少女は恐縮して首を振る。そのやり取りを見て、ディノッゾがひょいと彼女からトランクを受け取った。


「よっと」 


「あっ・・・ありがとうございます!」


 驚く少女に、ディノッゾは尋ねる。


「嬢ちゃんは、辺境伯様のところから来たのか?」


「は、はい。当たりを引いてしまいまして・・・リリア、と申します」


 力なくそう自己紹介するリリアの顔に、ディノッゾは奇妙な共感を覚えた。


「リリアか。そっか。まぁ、お互い生きて帰ろうな、ディノッゾだ」


 そう短く言って、ディノッゾは御者台に飛び乗った。

 手綱を握ると重々しい馬車がゆっくりと動き出す。町の外れでは、町民たちが不安げな面持ちで見送っている。それはまるで、生還を期待されていない、葬列を見送るかのようだった。


 馬車の中からはレイラと言う女冒険者と、リリアの会話が弾んでいるのか、内容はよく分からないが、楽しげな声が聞こえてきた。


 ありがたい。先ほどリリアは悲壮な面持ちだったから、レイラさんが気にして声をかけてくれたのだろう。


 やがて、一行は険しい咬竜峠へと差し掛かる。その時、馬車の内から出てきたポータが、ディノッゾの隣の席に静かに腰を下ろした。


「ディノッゾさん、だったか」


「ええ。ポータさんでしたね?」


 低い声だった。ディノッゾが応じると、ポータは頷き、前方の薄暗い道を見据えたまま続けた。


「少し、嫌な話なんだが・・・考え過ぎなら良いが、俺たちの役割はどうやら『露払い』らしい」


「・・・露払い?」


「ああ。つまり、捨て駒だ」


 ポータは忌々しげに吐き捨てた。


「考えてもみろ。なぜ、討伐担当であるSランクの連中が、安全な二台目にいる? 普通なら、腕利きの俺たちを後方に配置し、万が一の奇襲に備えさせるはずだ」


 ディノッゾの背筋に、冷たい汗が流れた。


「奴らの狙いはこうだ。もしドラゴンが現れるなら、先頭を行く俺たちの馬車に最初に襲い掛かる。その注意がこちらに完全に向いている隙に、討伐隊である奴らが安全な場所から仕掛ける。そういう算段だろう」


 不意にポータがディノッゾの方を向いて、ふっと口元を緩めた。 


「・・・まあ、死んでやる義理はねえがな」 


 そして、彼はディノッゾの肩を軽く叩いた。


「ディノッゾさん。あんたの腕は確かだ。この峠を無事に越えさせてくれ。そして・・・必ず生きて帰ろう。俺たちも、あんたもだ。帰ったら冷えた一緒にエールを飲もうぜ!」


 その力強い言葉に、ディノッゾも覚悟を決めた顔で頷いた。


「ああ。・・・必ずだ」


 二人の男が、無言で拳を軽く突き合わせた。その、時だった。

 突如、遠くの空が、ありえないほどの紅に染まった。

 一瞬の閃光。

 息を呑む間も、音を認識する暇もなかった。

 次の瞬間、轟音と共に、後方を走っていたヴァルハラ・ブレイドの馬車が、内側から爆ぜるように吹き飛び、崖の下へと落ちていき、御者の叫び声がこだまする。


「なっ・・・!?」


 ディノッゾとポータが驚愕に目を見開く。狙われたのは、自分たちではなかったのか?

 いや違う――狙われたのは後方の馬車そのものだ!側面の森からか、あるいは上空からか、凄まじい何かが馬車の後方へ直撃、あるいは至近に当たったのだ。

 思考がその非現実的な光景を理解するよりも早く、凄まじい衝撃波がディノッゾの操る馬車を襲った。馬の甲高い嘶きが聞こえる間もなく、ディノッゾの体は強い力で弾き飛ばされる。

 先行の馬車は後方の馬車が吹き飛ばされた時の爆風か、次の攻撃によるものかわからないが、まるで玩具のように宙を舞う。


 全身を襲う鋭い痛み。視界の端で、自分の体と、そして馬車そのものが、崖の斜面側へと為す術もなく投げ出されていくのを、彼はスローモーションのように感じていた。

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