第17話 魔力切れと、少女の献身
リリアは、目の前の巨大な破壊の爪痕と、気を失った恩人の顔をただ呆然と見比べることしかできなかった。
やがて彼女はハッと我に返ると、ディノッゾのそばに駆け寄った。
「ディノッゾさん、しっかりしてください!」
揺さぶっても反応はない。ただ、穏やかな寝息だけが聞こえる。
「これは・・・魔力切れよね?」
屋敷の書物で読んだことがあった。許容量を遥かに超える魔力を行使した術者が陥る、深い昏睡状態。
リリアは、ディノッゾの傍らに置かれた槍に目をやった。
「ディノさんが言うように、本当にこの槍だけの力なのかな?確かにこの槍はすごいけど、なんだか、それだけじゃない気がする。きっと、ディノさんの力が、この槍をきっかけに、とんでもないことになっちゃってるんだ」
彼女の妄信にも似たその確信は、奇しくも正鵠を射ていた。だが、それを今、彼に伝えるべきではない。リリアは、その考えを胸の奥にしまい込んだ。
それよりも、問題はディノッゾの体だった。
「魔力切れを起こすと、体温が急激に下がって、最悪の場合、体に障害が残るって見たんだったか、聞いたことがあるわ!」
彼女がおそるおそるディノッゾの肌に触れると、氷のように冷たくなっている。このまま放置すれば、本当に危険だ。
(・・・仕方ないよね・・・)
リリアは覚悟を決めた。今は恥じらいなど、生きることに比べれば些細なことだ。
彼女はまず槍を使い、近くの枝を切り払って洞穴の入り口を塞いだ。アイテムボックスがあるので、枝の運搬は大した手間ではない。これで、獣の侵入は防げる。
そして、洞穴の奥で、彼女は自分の服を脱ぎ、生活魔法で出した水で体を清めた。ディノッゾの上着を剥ぎ取ると、冷え切った彼の体に、自分の裸の体をぴったりと重ね、上から二人分の服をかけた。
「・・・つめたい」
彼の体温の低さに、思わず声が漏れる。だが、彼女は歯を食いしばり、ただひたすらに、自分の熱が彼に伝わるように、強く、強く抱きしめ続けた。
それは、男女のそれではない。ただ、命を繋ぐための、必死の行為だった。
夜が明ける頃、ディノッゾの体温がようやく上昇に転じたのを感じたリリアは、安堵の息をつくと急いで自分の服を着た。
夜通しの看病と緊張で、彼女も疲労困憊だった。
ディノッゾの胸に寄りかかると、そのままうとうとと眠りに落ちてしまった。
不思議なことに、あれほどの破壊があったにもかかわらず、その夜、魔物は一匹たりたも寄り付くことはなかった。
「・・・ん・・・」
重い頭痛と共に、ディノッゾの意識が浮上した。
重い瞼をこじ開けると、まず視界に飛び込んできたのは、自分の胸に寄りかかるようにして小さな寝息を立てているリリアの姿だった。その手は、まだしっかりと槍の柄を握りしめている。
どうやら夜通し見張り番をしてくれていたらしい。額には、ひんやりとした濡れ布の感触。自分の体には、彼女のものだろう小さな上着がかけられている。
「・・・」
ディノッゾは、何も言えなかった。ただ、胸の奥から温かい、そして少しだけくすぐったいような感情が、こみ上げてくるのを感じていた。
「ん、ディノッゾさん? 目が覚めたんですね!」
彼が動いた気配で目を覚ましたリリアが、心から安堵したように顔をほころばせた。
ディノッゾは、感謝と照れ臭さをごまかすように、ぶっきらぼうに言った。
「ああ。腹が減った」
だが、彼が身を起こそうとした瞬間、強烈なめまいと倦怠感に襲われた。
「うおっ!?」
足元がおぼつかず、思わず地面に手をつく。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっとな。力が抜けるっつーか、フラフラする」
昨夜の一撃で、完全に魔力を使い果たしたらしい。ある意味恐ろしい。
魔力切れの症状に合致するが、御者の自分が魔力切れを起こすようなこととは無縁だと思っていた。
彼はリリアに肩を借りながら、あの巨大な溝の前に立った。
幅は5メートル、深さは自分の背丈ほど。そんな破壊の跡が、真っすぐに、森の木々を薙ぎ倒しながら地平線の彼方まで伸びている。終わりは全く見えない。
「ははっ。笑えねえな、こりゃ・・・俺がやったんだよな?こんなのなかったもんな」
ディノッゾは、旅人としての冷静な判断を下した。
「リリア。すまねえが、移動は明日にしよう。今日はさっきのところで一日休む。ちと頭も回わらねぇから、これ(破壊の跡)のことも休んでから考えたい」
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その日の休息中、リリアがおずおずと口を開いた。
「あの、ディノッゾさん」
「ん?」
「その・・・これからは、私のこと、リリアと呼んでください」
「あ? 今もそう呼んでるだろうが」
「そうじゃなくて・・・呼び捨てに、してほしいんです。そして・・・その・・・」
彼女は、意を決したように、ディノッゾの顔をまっすぐに見つめた。
「私も、ディノッゾさんのこと・・・ディノって、呼んでもいいですか?」
「ディノ?」
ディノッゾは、思わず間の抜けた声を出した。なんだ、その犬みたいな名前は。
だが、リリアの目は、真剣だった。それは、対等なパートナーとして、あなたの隣にいたい、という彼女の必死の懇願だった。
その小さな少女の、あまりにも大きな覚悟を、ディノッゾは真正面から受け止めた。
彼は、大きく、長い溜息をつくと、観念したように、その頭を優しく撫でた。
「分かったよ、リリア」
そして、少しだけ照れ臭そうに、こう付け加えた。
「ディノッってのは案外悪くねえ響きかもな・・・」
そして2人は握手を交わした。




