11-2 さよなら
「でも、確かに」
リサが、ペンを止めた。
「英雄様がいない世界に戻るのは、ちょっと寂しいですね。契約書と決まりごとだけじゃ、心って埋まりませんし」
詩人のような物言いで、岩の上に物憂げに座っていた。
「珍しくロマンチックなこと言い出したな、お前」
「でもやっぱり、無駄に興奮しちゃう。全部無駄、ああ悲しくて、興奮する!」
(ヤバい変態だな、マジで)
そう言いつつも、リサの指先がわずかに震えていた。
「……あれ? 今、何の話を……あれ? メモが一行……空白?」
リサが目を見開いている。
(やっぱり来たか)
世界の修正は、俺たちの存在だけじゃなく“記憶”にも入り始めている。
まずは細かな事実から。
英雄とは遠い記録から、静かに。
「英雄様! 大丈夫です! 私は絶対、忘れませんから!!」
「神に誓って、英雄様を忘れない……!」
聖女が何度も祈りを捧げている。
「その誓い、世界からしたら真っ先に上書きしたいところだろうな」
でも、まあ悪くはねぇのかな。
たとえ世界が変わっていくとしても、そう思ってくれる奴がいるってことだけで。
「……場所、変えようぜ」
「ここ戦場だしよ。どうせ消されるにしても、もうちょいマシな場所がいい」
「そうね。最後くらい、“魔王城の中庭”のベンチくらいは用意してあげましょうか」
ルシフェリアが頷く。
「はい。お姉様が、一番嬉しそうに話をしていた場所ですから」
リリスが、目を伏せながら微笑んだ。
「では転移しますね。座標指定。魔王城中庭」
◇
黒い尖塔。洗濯物とオークの腰布がはためく中庭。
あいつと見た魔王城の風景が、静かな今と重なり合う。
「なんでお前、こんなところにいるんだよ」
ベンチの上に魔王の器が横たわっていた。
中身は空のはずだというのに、声をかければ起き上がりそうな気さえしてしまう。
「まあ、終わるなら——こんなもんがちょうどいいのかもしれねえな」
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