2-1 骨、休むことなかれ
早朝。
教会の鐘の音が鳴り終わると、聖女が慌ただしくやって来る。
「英雄様、朝ですっ! 鍛錬の時間ですよっ!」
聖女が俺の棺桶をガンガン叩く。
「うるせぇ……死体が鍛錬してどうすんだよ」
(数えてみたら、これで永眠妨害15回目だよな)
「精神を鍛えるんですっ! 堕落した心を正すためにっ!」
「無理だろ。そういうのは生きてるうちにやることだ」
棺桶の蓋をこじ開けようとする聖女。
必死すぎて怖い。
「お願いです、私のためにっ! いえ、世界のために、さっさと起きてくださいっ!」
「世界とか知らねぇ。さっさと永眠させろ」
(人の永眠を妨害するなっての。この自分勝手な生者どもめが)
俺の発言のせいなのか、聖女の雰囲気が変わった。
「分かりました。では浄化です」
「棺桶をひたひたにしますね。英雄様、お覚悟を」
「は?」
樽一杯の聖水をぶちまけられる。
「ぎゃああああ! 溶ける! 骨が溶ける!」
「これが愛なのです! 貴方を正しい道に導く愛なのですっ!」
愛で溺れてしまいそうだった。多分、このままだと天に召される。
(聖水に沈んで、土左衛門属性が付与)
「大丈夫。愛があれば清められますっ! 英雄様の歩みを支えるのが、私の宿命ですっ!」
聖女の決め台詞。でも——
「……あれ? 清まりませんでしたね」
清まるどころか、俺の骨、むしろ黒ずんでる。
◇
聖女に無理やり連れられ、今度は食堂へ。
俺は何も食えないってのに。
「英雄様、朝の祈りを」
「死体が何を祈るんだよ」
(神様も困るだろ、スケルトンに祈られても)
「死んでいても心はあるはずです!」
「精神ある限り、信仰は死せずですっ!」
聖女が俺の手を掴んで、無理やり祈りのポーズ。
やめとけって。そんな風にぞんざいに扱うと——
「ほら、こうやって……ああ、手が取れた」
ポロッと腕が外れる。
床に落ちて、尺骨と橈骨に分かれてしまった。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「い、い、いくら英雄様とは言え、流石にこれはー!」
聖女が絶叫する。
そんな様子を見て、姫が朝食を頬張りながら大笑い。
「あはは! 聖女が英雄様を壊したー!」
「ち、違います! これは事故で!」
リサが冷静に計算。
「修理費、約500オーリスですね。聖女様の過失なので自己負担で」
「そんな! 愛ゆえの行動なのに!」
俺は取れた腕を拾う。
適当にはめとけば何とかなりそうだが、ちょっと聖女をからかってみることにした。
「ほら、こうやって握手も断れる。便利だろ」
「や、や、やめてください! 普通に怖いです!」
「怖すぎますっ! ああ、主よ。私を赦したまえ」
何かに祈りながら、聖女が聖水を取り出した。
「やめろ! 取れた腕に何かあったらどうすんだ!」
「し、知りません!」
◇
朝の散歩(という名の聖女の更生プログラム)で街に出ると、異様な光景が。
「セレス札が真っ黒だ!」
「昨日は茶色だったのに!」
「もう紙幣なんて燃やしちまえ!」
あちこちで小さな焚き火が起きていた。
市民が自棄になって、紙幣を燃やし始めたのだ。
(英雄信用連動型紙幣。英雄らしい行動を取らないと、こうなっちまうってことかね)
その様子を見て、聖女が青ざめている。
「これは……神への冒涜です!」
「いや、ただの紙じゃん」
「違います! これは神聖な——」
姫が横から紙幣を一枚取って、鼻をかむ。
「あ、便利〜。ちり紙に使えるじゃん!」
「姫様ああああ!」
聖女が絶叫していた。
「怪しいですね、これは」
リサが、セレス札をじっと見る。
「偽札の可能性があります。本物より黒い」
「偽札?」
「ええ。でも精巧すぎて、見分けがつきません」
さらに、奇妙な噂が。
「聖女様じゃない、聖女様を見た!」
「もっと清楚で完璧な聖女様が!」
聖女がピクッと反応。
「な、何ですって?」
◇
調査のため、再び灰商会へ。
今日は皆もついてくる。
「また怪しいところ! わくわく!」
「英雄様はこの街にお詳しいのですね!」
キラキラとした目で、俺を見ている聖女。
(都合の悪い事実がいくつか……)
「地下警備ってところだ! 治安を守るのも英雄の仕事だからな!」
「ええ、それは良いことです。善行を積まれましたねっ!」
「ただその割には、セレス札の価値が……」
どうしてだろうといった様子で、聖女が首を傾げていた。
(やっべぇ。全部擦ったなんて言えねぇ)
支配人のジャックが苦笑い。
そして、棺桶に近づいてきて囁いた。
「英雄様、この前はどうも。全財産擦っていただいて」
「ああ、おかげで経済崩壊したぞ」
(セレス札換算のせいで、マイナス1000万オーリスが、さらにマイナスになっちまったけどな)
「……聖女には言うなよ。バレてないんだから」
「私たちも、良いお客様を逃すわけにはいきませんから」
「言っとけ。いつかここ潰すくらい勝ってやる」
「英雄様。一体、何のお話を?」
近づいてきた聖女に慌てて、ジャックに黒い紙幣を見せる。
「この国の民が困っているんだ。協力してくれ」
「問題解決に真剣に取り組まれてるっ! さすが英雄様ですっ!」
「当たり前だろ。英雄はこういうもんだよな」
「ふふっ、英雄様が強い自覚を持たれていますっ! この域ですよ、英雄様!」
(チョロイン枠か、この聖女)
「これ、確かに偽物です。でも——」
「でも?」
リサが何かを思案している。
「本物よりも質がいい」
「霊性インクの濃度が本物の3倍。むしろこっちを正式採用すべきでは」
リサの話を聞きながら、聖女がわなわなと震えていた。
「偽物なんてダメです! 神聖な儀式も経ていませんからっ!」
◇
ジャックが奥から資料を持ってくる。
「製造元を調べました。どうやら魔族の仕業のようですね」
「魔族が通貨偽造?」
「ええ。しかも——」
思念写像を見せられる。
小さな工房で、魔族たちが必死に紙幣を刷っていた。
「めっちゃ真面目に働いてるな」
「魔族も生活費が必要なんでしょう。同情します」
(社畜の哀愁だな。頑張れよ、お前ら)
「彼らは、私たちの決済圏から閉め出されてますからね。魔王復活後の方が、統制は取れているようですけど」
「これは立派な罪ですから。懲らしめるべきです」
聖女が拳を握る。
まるで骨、やってしまいなさいと言わんばかりに。
「ダメなのかな〜?」
姫が首を傾げる。
「本物より質がいいなら、魔族に作らせれとけばよくない?」
「姫様! それでは私たちの通貨の価値が流出してしまいます!」
「あ、なんか面白そう!」
姫、本当に何も考えてない。
「そうなったら、爆破で解決!」
壊すな。暴動が起きるぞ。




