表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/65

9-2 英雄との邂逅

「それでは——儀式を開始します」


 リリスの声が、荒野に響く。

 風が鎮まり、時間が止まったように感じる。


「境界観測、拡張。対象:聖剣セレスティア・オリジン、およびその“伝説”」


 足元の交霊陣が、激しく光り始める。


「私は祈りますっ!」

「神よ。いま一度、この物語に主の導きを——」

 聖女が祭壇の前に跪き、聖具を握りしめた。短く祈りを捧げた後、自らの指先を、小さく切る。


「信徒の苦難に神のご加護を。この血と肉体を贄として、彼らを救い賜え——」

 滲んだ血が、聖剣の根元にぽたりと落ちる。

 赤い水滴の飛沫が、祈りと共に光の回路へと吸いこまれていった。


「境界補強、開始。冥界側との波長同期」


 ルシフェリアが手をかざす。

 外側の陣が、白と黒の光を溢れさせ、大地を包むように広がった。


「対象を指定します——“先代英雄セレスの魂”」


 リリスの詠唱が、さらに深くなる。

 聖剣の表面に、細かな回路のような光が走り始めた。

(これが聖剣の力かよ。ただのボロい剣じゃなかったんだな、お前)


 柄頭から剣身へ。剣身から空へ。空から、天の彼方へ。

「“物語”を逆走して、“セレス”の魂に到達します」

「セレス——!」


 リリスが名前を呼んだ、次の瞬間。

 空間が瞬時に遮断された。


「——っ!?」


 意識が閉じる。

 大地の感触が消え、風の音も消え、仲間たちの気配も、全部。


 俺の存在が、世界から切り離されていくような——

(あー、これ完全に死んだ時と同じだな……)

 そんなことを思う余裕は、ぎりぎり残っていた。

 映像が、骨のすべてに流れこんでくる。


 雪原。

 血の海。

 燃える城壁。

 剣を振り下ろす俺の腕。

(元々はこんなに強かったんだな……)


 先代魔王の胸を貫く光。

 城下で泣き叫ぶ人々。


 祝福の声。

 英雄の凱旋。

 貨幣の印刷。

 それに群がる人々。

(……これが、本当の俺の記憶)


 どれも、俺が経験したことのない景色だった。でも、この俺の身体には刻まれている。

(こっちの記憶、ってやつか)


 腐りかけの骨に刻まれている“英雄の人生”。

 そいつが今、俺の意識を再構成していく。


 巻き戻りが、少しずつ和らいでいった。


 気がつくと——


 無限に青空が広がる、ひび割れた荒野の上に立っていた。


 前方に、一つの影。

 背を向けたまま、じっと立っている人影。


 腰に携えているのは、美しい聖剣セレスティア

(聖剣セレスティアか。今ではオリジンとして、伝えられているようだが)


 柄の装飾も、刃のラインも、俺が抱えているボロの聖剣セレスティア・オリジンと瓜二つ。


「……よう。初めまして、で良いのかどうか分かんねぇけど」


 声をかけると、影がゆっくりとこちらを振り向いた。


 どこにでもいそうな、少し疲れた青年の姿。本当に影のようだったが、何かを決断し続けた存在としての力強さを感じさせる。


「そうだな。初めまして……だが、同じ身体の俺たちだ」

「お前がセレスでいいのか」

 セレスが無言で頷く。


「お前のことは骨の方の俺、って呼ぶべきかな」

「違うだろ。俺はお前だけど、中身が別人だ」

「骨になった自分を見るのは、ちょっと複雑な気分だ」


 しばらく、沈黙が続いた。

 俺が口を開く前に、セレスが言葉を紡いでいく。


「……すまない。俺の冒険が、中途半端に終わったせいで」


「世界に、妙な禍根を残してしまった。“英雄”が信用として消費され、物語がお前たちを支配する結末を残してしまった」


「挙げ句の果てに——異世界の魂まで巻きこんじまった」

(それはお前のせいじゃない。俺の浮気のせいで……)


「皮肉なものだろう?」

 セレスが自嘲するかのように笑った。


「今の仕組みは、俺と魔王との戦いの後、教会・王国・商会・天界の“密約”で作られたものだ」


「英雄の物語を、信用の土台に使う。そのための道具でしかなかった——俺は、“正しく世界を救った”はずなのに、な」

 セレスの視線が、どこか遠くを見ていた。


「魔王を討ち、この世界を救い、民衆に夢と熱狂を与えて、英雄譚という物語を残す。それが、俺の“正しい冒険”だった」


「でもその結果として、物語だけが延々と消費される世界が残った。英雄も魔王も、全部、“正しさの燃料”にされ続ける世界だ」

(リリスの考えてたことと同じだな)


「だから、役割を分けないか」


「“後始末”は、俺の仕事にする。俺の英雄譚が積み上げた負債は、俺が片づけたい——でも“その先”がお前の仕事だ」


 セレスが俺のことをまっすぐに見る。


「今の世界に“新しい英雄という約束”を示せ——次の物語のためじゃなく、“今ここにいる皆の希望”になるんだ」


「……押しつけがましいな、まったく」

「俺は英雄だからな。肉体だって、押し付けてるだろ?」


 セレスが、自嘲気味に笑いながら、腰の聖剣に手をかけた。


「聖剣セレスティアよ。もう一度だけ、世界の行き先を示してくれ——」


 セレスが聖剣を天に掲げる。

 どこまでも広がる青空の中で、剣身は美しい光を返していた。

読んでいただき、ありがとうございます!

定期更新してますので、よろしくお願いします!


ブクマ登録していただけると、感謝感激雨あられです!


読者の皆様、良いお年をお迎えください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ