8-4 王国の軌跡
内部から、ひんやりとした空気が吹き出してくる。
薄暗い地下保管庫には、いくつもの台座と棚に宝具たちが整然と並んでいた。
「おお……」
「さすが完全秘匿の聖遺物たちですね」
近くの棚には、淡く光る聖杯。
その隣には、大きな亀裂の入った盾。
壁際には、銀色の槍が無造作に立てかけられていた。
「王国の歴史を飾った、数々の聖遺物たち——この保管庫は、世界の歴史そのものです」
「魔王と戦った英雄たち。災厄を退けた聖職者。世界を救ったとされる奇跡の“証左”です」
保管と管理も価値なんですよね、とリサが静かに頷いていた。
(英雄の骨も残ってたしな)
そして——
一番奥。
ひときわ高い台座の上に、一本の剣が静かに横たわっていた。
誰が見ても、それだけは別格だと分かるように。
「……あれが」
聖女が、息を呑んで近づく。
「聖剣です」
聖剣——王国による勝利の剣であり、輝かしい栄光の象徴。
けれど、目の前のそれは。
「……ボロボロじゃねぇか」
装飾はところどころ剥がれ落ち、細工も黒ずんでいる。刃は細かく欠け、根元近くには、黒く焼け焦げたような痕——
「焼けちまってるな。何でだろう」
「先代魔王の返り血よ。彼は変わった出自だったから」
ルシフェリアが憂鬱そうに答えた。
「そんな力があるのかよ、魔王には」
「はい。魔王の血が染み込み、何度も物語に酷使され——英雄の魂と分断された聖剣は、もはや“殻”だけの状態です」
リリスが、冷静に観察する。
「……なんか、死体みたいだよな」
「“英雄の死体”とかじゃなくてさ。“死んでからも呪われてる、道具の死体”っていうか」
(こいつもいつまでも終わらせてもらえないんだな)
何だか肋骨の辺りの空間が、ほんの少しだけ痛んだ気がした。
「“聖剣=力そのもの”ではありません。聖剣とは、“英雄の功績と物語の象徴”です」
「面倒くせぇんだな、"こいつ"も」
「つまり、英雄様の今の状態と同じですね——今は、本来の英雄の魂と接続していない。ただの“空の器”の状態です」
◇
「では——“残滓”を確かめます」
リリスが、一歩前に出た。
「結界を乱さない範囲で、聖剣に触れます。皆さん、少し下がってください」
「骨、ほら邪魔よ。棺桶もさっさと退かしなさい」
「分かってるわ!」
(まったく小うるさい境界天使だこと)
リリスが、静かに詠唱を始める。
「——宝具観測、制限解除。対象:聖剣」
淡い光が、彼女の両手から立ち上がり、聖剣の周囲に帯のように広がっていく。
そして、指先が、そっと剣の柄に触れた瞬間——空間が圧縮されるかのように、空気が張り詰めていった。
「っ……!」
(お、おい、なんだこれ……)
骨の奥まで、電撃が走っていく。
皆が息を呑み、さっきまで静かだった保管庫が、別の世界に変わっていくように感じる。
「思惟収集。聖剣概念の集合完了——セレスティア・オリジン再構築。英雄霊への接触開始」
聖剣の剣身から、細い光がすっと立ち上っていく。天井を突き抜けるかのような、真っ直ぐな一本の光。
「リリスは構成を分析することに長けてるのよ。物体や概念にも彼女の"正しさ"を適応させる」
「あの光が世界システムとの接続よ。聖剣の“ルーツ”に繋がってる」
ルシフェリアが淡々と述べる。
「ってことは?」
「こちらから、“神様”にアクセスできちゃうってこと」
さらっととんでもないことを言ったな、この天使。
「ただし——」
光を睨みつけながら、ルシフェリアが続ける。
「神が求めてるのは、“骨の英雄”なんかじゃないわ」
細い光が、束になっていく。
「“先代英雄”の方。セレスという英雄概念から、正しい英雄の物語を求めてる」
「俺じゃないのか」
「あなたは“英雄を動かしてるだけ”だし」
「そうだけどさ。神から要らないって言われるのは悲しいだろ」
(気持ちは分かるけどよ)
「先代英雄に接触する行為は、そのまま“物語”になる。世界は、辻褄合わせを始めるはずよ」
ルシフェリアが、リリスから視線を外し、全員を一瞥する。
「辻褄合わせ……」
「例えば、“悪魔”が本気を出す。先代魔王の魂を、さらに遡る。“正しい英雄譚”を生成するためなら、きっと何だってする」
リリスの指先が、剣から離れた瞬間——聖剣の周囲が輝き始めた。
「つまり、この儀式は——」
「“ラストシーンの導入”になる。ここから先は、全部、最終章だと思っておきなさい」
(ついに決戦ってわけか……)
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