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7-5 リリスのわがまま

「状況を整理します」

 魔王城の会議室。

 四者会談をやった場所に、英雄、魔王の両陣営が集められていた。

 肝心な議長席が空席だが、机の上に魔王軍が売っていた“魔王のジャンボぬいぐるみ”が座らされている。

(公式グッズかよ。何でもやってたんだな、魔王軍は)


「・魔王の魂は天界側で回収済み」

「・魔王の肉体(器)はここに残存」

「・魔王領の統制と士気は崩壊」

「・悪魔は“新たな英雄譚”の準備中」

 ルシフェリアが淡々と列挙していく。

「・英雄(骨)は残念ながらこの世界に残存」

(おい! 残念ながらはおかしいだろ!)

「・シナリオ上では即“廃棄”予定」

「・ついでにリリスも役目を終えている」

 ルシフェリアがこんなものかしら、と、自分の席へと戻っていった。


「なんかお前、俺に厳しくないか」

「優しくする必要がある? 私、骨って生理的に無理だし」

「俺だって骨になりたくてなったわけじゃねぇ!」

(全否定かよ。境界がはっきりしてるな、こいつ)

「私たちは、これからどうするんでしょうか」

 聖女が、おずおずと手を上げた。

「悪魔を倒せば終わり、なのでしょうか?」

「世界の本体が物語な訳ですし、これも英雄譚になってしまえば、同じことが繰り返されてしまうような……」

「まあ、そうなるわね。いわゆるループものってわけ」

 ルシフェリアが頷く。


「悪魔は“悪役”に過ぎない。世界の生成プロセスをどうにかしない限り、再び私たちを訂正するように、物語が生成されてしまう」

「ねえ、英雄。あんたに問うわ」

 急に俺に振られた。空っぽの頭蓋骨と同じように、何も考えてはいなかった。


「物語に抵抗したって、天界は全てを予定調和に収めるわ。それこそあなただけの英雄譚を意地でも終わらせない可能性さえあるし」

「それもそれで、めちゃくちゃ面倒くさい展開だぞ……」

(英雄が何かを実現すれば、それは全部英雄譚になっちまうってことだよな)


 俺が頭蓋骨をかきながら唸っていると——

「……一つ、案があります」

 リリスが唐突に口を開いた。

「どうぞ。リリスの提案も聞いてみましょうか」

 ルシフェリアが腕を組む。

 聖女はこくりこくりと半分眠りそうになりながら、リサが「議事録……議事録……」とペンを構えている。姫はいびきをかきながらずっと寝ているが、一体、俺たち英雄陣営はどうなってるんだ。


「状況を説明します」

 リリスは、丁寧な口調で話し始める。

「まずは、魔王様の器が残っていることで、魔王軍や魔王領の完全な崩壊を食い止めていること」

「もしかして、俺が残ってるからか?」

「可能性はあります。ただ私は、天界と悪魔の都合で残していると予想していますが」

(これだけ英雄と魔王が存在していることを重視してるからな)


「悪魔は、正統の魔王としての準備を整えようとしている。どんな承認や条件が必要なのかは分かりませんが、私たちの出方を伺っているように思えます」

 リリスが淡々と続けていく。

「英魂再臨の儀による物語の開始が、今回の英雄譚の始まりとなっている——しかし先代魔王の後に、英雄と魔王が三百年も存在しなかった理由は分からない」

「……ここまでは、よろしいでしょうか」

「まあ、だいたいそんな感じだな」

 俺が頷くと、聖女とルシフェリアも小さく頷いた。


「そこで、一つ提案です」

「お姉様の"器"を魔王として復活させましょう」

(それが出来たら苦労しないんじゃねぇの)

「……リリス、貴女まさか!」

 ルシフェリアが慌てた様子で割って入る。

 意にも介さず、リリスが迷いのない声で答えた。

「——私の魂をお姉様の器に移します」

 静寂。

 円卓の時間が、一瞬止まった。

「……は?」

 最初に反応したのは、俺だった。

「今、自分の魂を魔王の器に入れるって言わなかったか?」

「はい」

 リリスは、まっすぐに俺を見た。

「私はただの“ペルソナ”。この魂を魔王の器に移し、“新たな魔王”として一体化すれば——」

 聖女が割って入る。

「そ、それって……」

「“神の意志そのもの”を裏切る、みたいなことですよね……?」

「あくまでも裏切るのは神の意図であって、天界の考えだけに逆らう、って方が正しいです」

 リリスが柔らかく微笑んだ。


「私なんかが、全ての力を引き出せるかは分かりませんが、魔王というのはとっても強いので」

「あの、その……」

 聖女が、おそるおそる挙手する。

「リリス様の“元の身体”は、どうなっちゃうんでしょうか」

「空になります。今のお姉様と同じように、魂を抜かれた“器”だけが残るでしょう」

「なんというか、それって」

 ルシフェリアが鼻で笑った。

「天界的に言えば、完全に“第二の悪魔”じゃない。英雄譚じゃなくて、魔王同士の喧嘩のお話になってる」

「……そうですね」

 リリスは苦笑いしながら続ける。

「もう"魔王のよき妹”ではいられなくって——物語の正しさそのものに反抗する、"悪魔のような悪い子”になっちゃうでしょうから」

 そう言い切ったリリスの顔は、不思議なくらい穏やかだった。

「あー、やっぱりお前、レイナだわ」

 思わず俺は、頭蓋骨を抱える。

「でもよ、それは黙って受け入れらんねぇ。お前のその"悪い子モード"のせいで、現世の俺はぶっ刺されてるからな」

(こうだと決めたら、とことん突き進んじまうからな)


「刺しませんよ。お姉様じゃないんですから」

「それは分かってる。だけど、結局その正しさ自体が、最後はリリス自身にぶっ刺さっちまうっていうかさ」

 ルシフェリアが、渋い顔でリリスを見ていた。

「リリスを失って、偽物の魔王を復活させてどうすんのよ。無鉄砲なのは良いけど、少しは現実を見なさい」

「本質は同じですよ。私、色々抑えこんでますし——天使の制約さえ無くなってしまえば、お姉様の現れ方と大差ありませんから」

 リリスは即答した。

「魔王軍の魔族も、人間たちも、英雄様も、お姉様も——」

「物語の都合でなかったことにされる"正しさ"なんて嫌です」

 ほんの少しの間、リリスが逡巡する。


「今度は私が“魔王”になります——物語を破壊する"魔王”として、全てを背負ってみせますから」

 リリスが、改めて俺を見る。

「だから——私が、世界の敵役になります」

 正直、クソだと思った。

(バカみたいに、真面目な自己犠牲を決めてくるじゃねぇか)

 俺は骨の手を強く握りしめていた。

(たしかにロジックとしては通ってるけど)

「その案は、“物語”的には正しい——世界を守るために必要な犠牲を、リリスが勝つ前提で、お前一人に集中させるって訳だし」

「“世界の敵役”として、受けて立ってやるぜ、って話だよな」

「はい、そのつもりです。魔王なので」

 リリスが軽く頷いた。


「でもな——」

「“自己犠牲で物語が続く”って意味では、何も変わってねぇんだよ」

 骨の指を、ぐっと握りこんだ。

「……英雄様?」

「そんなことを、“正しい”って言うために、ここに来たわけじゃねぇんだよ」

「俺が今ここで、一番ムカついてるのはさ」

 骨の指を、ゆっくりと握りしめる。

「誰が演っても、ハッピーエンドが用意されていない、この物語に対してなんだよ」

「それは……」

 リリスが動揺していた。

 ——他者の幸せを願いながらも、自分の幸せを顧みていなかったことに対して。

「だったら、どうすれば?」

「このまま何もしないという訳には……」

(俺的にはそれを望んでるけどな)

「英雄様の復活という手もありますっ!」

 しばらく無言だった円卓に、聖女の声が響いた。


「この隙に肉体を完全復活させちゃいましょう。悪魔と戦うためにですっ!」

「無理だろ。この身体を完全復活させるためには、本物の英雄の魂が必要だったんだろ?」

「英魂再臨の儀の失敗を隠すために、俺がなぜか英雄として扱われていただけだったし……」

(王国も教会も商会もゴリ押し過ぎるんだよ)

「失敗ではありませんよっ! 英雄様が復活した時点で、私にとっては大成功ですから!」

「聖女にとってはそうかもしれないけど。現実的には何の力もねぇし」

 俺は前頭骨に中手骨を当てていた。

 そんな中、ある疑問が浮かんできた。

(英雄ってのは、どうして力を持ってるんだろうか?)

読んでくださり、誠にありがとうございます!

定期更新してますので、よろしくお願いします!


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