7-3 半分の妹
魔王城・最奥の一室。
そこには、器だけの魔王が眠っている——
「こんな風に見てると、すぐに起きて面倒ごとでも起こしてくれそうなんだが」
棺桶の縁に座りこみながら、つい愚痴る。
骨の指で頬を突いてみたが、そのまま静かに眠っているだけだった。
(骨の方が元気ってどういうことだよ、まったく)
隣で、リリスが椅子に腰かけていた。
「生体反応は安定しています」
「でも、魂の波形は……やっぱり、ほとんど残っていません」
右手をかざしながら、何かを詠唱した後に、術式で器の状態を確認していく。
「“人形”みたいなもんってことか?」
「魔王の身体が人間と同じってわけがないだろうし」
「これまで通り"器"で良いかと。魂の受け皿のようなものですから」
(容器みたいなもんか。俺は骨型容器)
◇
「——リリス。貴女、なんか変よ」
「魔王の魂が抜けてから、魔王の妹としての性質が変化し始めている」
ルシフェリアが、部屋の隅から声をかける。
「変……ですか?」
「そんなつもりはなかったのですが」
リリスがきょとんとしながら、ルシフェリアを見つめていた。
「俺には全然分からなかったけど。レイナには似てるなと思ったな」
(属性みたいなものなのか?)
「ねえ、リリス。一度、自分の"境界"を覗いてみない?」
ルシフェリアが、ゆっくりとリリスに近づく。
「どういう意味ですか——」
「あなたはずっと、“魔王の妹”と“正しさ”だけに生きてきた。でも今、その均衡が崩れてしまっている」
「だったら次は、自分自身の“役割”を見直す番よ」
ルシフェリアが静かに語り終えると、白と黒の翼が小さく羽ばたいた。
「私に、“何か"出来ることがあるんでしょうか」
「あるわよ。ていうか、貴女にしか無理」
ルシフェリアはあっさりと言った。
「あなたは、“魔王の妹”。魔王と“同じルーツ”から分裂して、ここにいる存在だから——」
◇
「英雄様。手を握ってもいいですか」
「いいけどよ。俺の手、骨だぞ」
「分かっています。確認したいことがありますので」
そこまで言って、リリスが黙る。
しばらくしてから、細い指で俺の指骨をそっとつかんだ。
(何が始まるんだ、一体。ルシフェリアも何か唱え始めてるし)
「二人の存在の境界に干渉。介入準備」
ルシフェリアが、魔王の額に手をかざす。
同時に、リリスの胸元にも、もう片方の手を置いた。
「よし。境界を再接続——」
「魔王とリリスの関係を境界より観測開始」
白と黒の光が、煙のようにリリスの身体から立ち上っていく。それがぼんやりと空気の束のようになっていき、魔王の器へと浸透していった。
(魔力が流れてんのか、これ?)
「やっぱりね。リリス。あなたの魂、元々は一つの霊魂から分割されてるわ」
「貴女の魂と魔王の器の同期レベルが、単純な姉妹としての性質を超えてる」
ルシフェリアが小さく笑う。
「同じ……霊魂」
「そもそも、あなたの“器”のベースは"天使"——」
ルシフェリアの声が、少しだけ低くなる。
「天界が“魔王”の存在を安定させるために用意した、高位の天使の同位格体——要するに、魔王の妹はただの仮面で、堕天以外に用意された、天界の保険ってこと」
「私の本質は天使だった、と?」
リリスが驚いたように、ルシフェリアを見る。
「堕天って、天界にも叛逆のリスクがあるし。私みたいに下位の天使なら、無視できるレベルだろうけど」
「さすがに魔王と釣り合わせるためには、高位の天使じゃないと——」
ルシフェリアがかざしていた手を外していく。
「世界は、何度も魔王と英雄の対立を起こすことで、健全な循環が起きていた。でも、先代魔王が“枠組み”を超えてしまった」
「だから、その後の魔王は正統なんかじゃなくて——現実に合わせて、性質を再構成されるだけの魔王となった」
(要は物語に用意された、ただの敵役としての魔王ってことか。敵対することじゃなくて、敵対してる理由だけでも、魔王が用意されてしまう、ってわけだろ?)
「だったら、私の存在となんの関係が」
「だから、“魂を割って”転移させたのよ」
ルシフェリアが、魔王とリリスを交互に見る。
「一つは——“魔王”の性質。これは“好きなもののためなら世界をぶっ壊せる部分”」
「もう一つは、“正しさと、自己犠牲”。まるで"天使"のような性質で、世界と役割のために、自分を削ることを厭わないところ」
(ってことは、まさか)
「——貴女たちは、同じ異世界の魂をルーツとしている。世界の目的に合わせて、それぞれが違う器に収められた」
「“あやまち“としての側面と、“正しさ”としての側面にね」
ルシフェリアが、再び壁へともたれた。
「今回の物語からすれば、最も都合の良い配置だったということ」
◇
「つまり——」
俺は、言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。
「魔王も、リリスも。元々は“レイナ”だったってことか」
「はい、そうなりますね。私の方はまったく覚えていませんが」
リリスが、遠くを見つめるように俺を見ていた。
その瞳に、色々な記憶が一度に浮かんできた。現世での驚き、不安、怒り、納得、全部ごちゃ混ぜだ。
(だからデジャヴのように重なりあっていたんだな)
クラスメイトたちからは、「天使」と呼ばれていた、あいつ。
誰にでも優しくて、空気読んで、学級委員で、クラスの空気まとめて、先生にも気を遣って。全部、自分の中に抱えこんで、「正しくあろう」としてた。
(どんな試練だよ、まったく)
「もっと早く気づけたら、良かったのかもな」
それが今のリリスの雰囲気に近い。
一方で——
俺の前でだけ見せてた、もっと"悪魔"のような顔。
「誰にも渡さない」とか、「世界よりあんたが大事」とか。
あの執着と感情の塊が、魔王の方に全部詰めこまれてる。
(ほんと面倒くせぇ世界だな。俺が勇者で、彼女は魔王、ってか)
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