7-2 信じていた正しさ
「リリス。それ、前から知ってたのか?」
俺が聞くと、リリスは小さく首を振った。
「英魂再臨の儀が危険で、魔王軍全体に影響するほどの力を持っていることは、リリスとして目覚めた時から、ぼんやりと知っていました。ですが——」
「“約束”という形で、ここまで具体的に、世界のあり方が“設計”されているとは思っていませんでした」
リリスが羊皮紙を物憂げに眺めてから、小さく俯いた。
「私が信じていた“正しさ”は、世界の正しさなんかじゃなかった——むしろ私たちの自己崩壊を狙った、物語の筋書きでしかなかった」
リリスの声が震えている。それでも言葉を止めなかった。
「英雄と魔王は必ず対立し、どちらかが終わりを迎えること。勝利の栄光は信用の基盤としてどちらかが運用すべきこと」
「対立の過程が循環の営みであり、停滞とは、死よりも重い罪であること」
「全部、“世界のために正しい”とされてきたことは、ただの——」
リリスの言葉を遮るように。
「——あっち側の都合だった、と?」
ルシフェリアが、いつの間にか壁際にもたれていた。
「少し前までの私なら、きっとこう思っていたはずです」
「嫌でも、誰かが正しさを守らなくてはならない。正しさを守れなくても、正しさに近づこうとしなければいけない」
「だから、英魂再臨の儀を正しく行い、英雄の魂を元に戻して、お姉様のような“魔王”さえも、きっといつかは"正しさ"に戻るべきなんだろうと」
リリスが、首を横に振ってから、はっきりと顔を上げた。
「でも今は、そう思えない——」
「英雄様が“嫌だ”と言ったこと。お姉様が“世界より私の好きなものを守る”と言ったこと」
「それを切り捨ててしまうために、私は正しさを守ろうとしたわけじゃない……はずです」
「はず、って言うなよ」
リリスが再び俯いてしまった。
「そこは、“じゃない”って言い切ろうぜ」
「正しいことのために、正しく間違えまくるのが人間ってもんだ」
(浮気した俺が言うかって話だけどな)
リリスが、ぽかんと俺を見る。
聖女の笑顔とは対照的に、ルシフェリアは小さく鼻で笑った。
◇
「リリス。お前さ——」
俺は、棺桶に腰をかける。
「今まで、“正しくいなきゃ”って、自分を縛ってきたんだろ——そうしないと、お前自身がここにいる意味を見失っちまうから」
「どうしてそれが分かるかって。俺はそんなレイナに惚れてたからだよ」
「全部のことに、正しく向き合おうって誠実なあいつの姿にな」
リリスが顔を上げながら、俺の眼窩を見つめていた。
「蓋を開けてみれば、とんでもなく不安症で、正しさにすら依存しちまうクソ重い女だったけど」
棺桶の蓋を開けながら、俺はリリスに戯けてみせた。なぜか聖女が激しく頷きながら、微笑んでいたが。
(選ばなきゃならねぇんだよな、どうせ)
物語の正しさのために、退場させられるのか。
魔王を取り戻すために、世界そのものに喧嘩を売りにいくのか。
それとも——別の選択肢を探すのか。
「世界の正しさが“物語”だってなら、そんなもんは俺たちの“反骨心“で書きかえてやろうってんだよ」
「上手いことでも言ったつもり? そういうのってほんとクソ」
壁にもたれていたルシフェリアが、視線を軽く俺に向けた後、冷たく微笑んだ。
「具体的にどうするのよ。理想論だけ語っても、現実のあなたはただの骨。悪魔には戦力では到底及ばないし」
「理想に溺れて行動すれば、それ相応の代償を支払うものだって、いい加減学んだ方がいいと思うけれど」
(確かにそうなんだが。相変わらず厳しいな、ルシフェリアは)
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