7-1 魔王のいない世界で
魔王の魂が抜かれてから——世界は、魔王の必要性を示すかのように、均衡を破壊しはじめていた。
◇
「辺境第七防衛領、魔王様の“威圧フィールド”消滅確認!」
「森の奥の災厄級魔獣が、こちらに進出してきています!」
「魔王様は軽くあしらっていたというのに——」
辺境区の砦では、魔族たちが忙しなく走り回っている。やはり魔王不在の影響が随所に現れているようだった。
(内乱どころの騒ぎじゃなくなっちまったな)
魔王領の地図を広げると、あちこちに赤い印があった。
古代竜、瘴気渦、未分類の魔物——世界の偏りによって生じた問題がリストアップされていく。
◇
「セレス札。前回の暴落から、さらに信用低下——」
「魔物や災厄による被害が甚大です。復旧のための予算も組めません」
「王都が混乱しています。匿名の噂と、公式発表との食い違いが、民衆たちの不信を増大させています!」
王城内。謁見の間。
王は臣下たちの報告に頭を抱えていた。
「教会も神の試練という言葉を民衆に繰り返しておりますが、効果は現れず」
「このままでは民衆の不満が、王国に直接向かう可能性も——」
◇
そんな混乱の最中。
聖女と俺は、魔王城の一室で静かに向かい合っていた。
「英雄様がこの世界を救うこと。それは私たちにとっての常識です」
「しかし魔王側にも、私たちと同じように常識があって。英雄譚を夢見る私も、今では魔族を助けている——一体、英雄の物語はどこに向かうのでしょうか……」
(いつになく真剣な顔してんな、聖女)
今、魔王の身体は別室でリリスが看ている。骨の姿の俺は、暖かい飲み物に口をつける聖女のそばに立っていた。
「おかしいんです。神様の“声”が、前よりずっと、遠くて冷たくて。今までの祈りとは違う」
「それ、もしかして“神様の担当”が変わったんじゃねえの?」
(魔王城もブラック企業みたいだったし、案外、天界もそんなもんなんじゃね)
「そんなことあります!?」
「多分。英雄も骨だし、割と何でもありな気がするけど」
「とにかく、司祭様に直接聞いてみます!」
聖女は勢いよく立ち上がると、厳重に封蝋されている書類の束を手に取った。
◇
「それ、何の書類だ?」
「“英魂再臨の儀”に関する、持ち出し厳禁の資料です」
「なんで気軽に持ち出してんだよ!」
「あっ、まぁ……思い立ったら即行動と言いますか……」
聖女は、気まずそうに視線をそらす。
「ちょっと、がんばって、あちこち清めて、鍵を清めて、書庫番を清めて、授けていただきました!」
「清めてとか言ってるけど、普通にアウトなんだが!」
「細かいことはいいんですよ! 世界の危機なんですから!」
封蝋には、教会の紋章と、「閲覧には神託における二重の許認可が必要」と恐ろしい文字が刻まれていた。
「英雄様のためなら、多少のルール違反など——」
「あんまり無茶すんなよ」
(でも正直、今はそんなこと言ってる場合じゃねえってのも分かる)
「私、ずっと違和感があったんです」
聖女が、封蝋を剥がしながら続ける。
「“英魂再臨の儀”の本当の目的は何だったんでしょうか。私たちは英雄様の復活を祝福すべきものとだけ教わっていましたが——」
「あれだけ危険な儀式を、300年間の平和と安定を破壊してまで進めた理由を知るべきだと思っています」
(俺とレイナがこの世界に現れる前には、英雄も魔王も居なくなってたわけだからな)
中から、古い羊皮紙が何枚も現れる。
儀式の手順。陣の構造。
そして——端っこの方に、小さく書かれた追記。
「“代償としての遡及性”——」
(なんか嫌な単語出てきたな)
◇
聖女がゆっくりと読み上げていく。
「『本儀式は、英雄の魂を召喚し、その器へと転移させると同時に』」
「『英雄譚に基づいた世界線の因果にまで、遡及させる性質を持つ』」
「『仮に英雄の器に、真なる魂以外が紛れこんだ場合』」
「『当該異世界魂を世界外へと排出しようと、相対化された特異点として、天界による修正プロセスが生じる可能性……』」
読み進めるほどに、頭蓋骨が痛くなる文言ばかりだ。
「つまり——」
「英魂再臨の儀の“本当の”目的は、物語を書きかえること。もしも私たちの都合で失敗した場合には、そこに至るまでの過程を“なかったこと”にする契約だった」
(最初から消される運命だったのかよ。ふざけやがって)
「そして、そのために——」
「“世界の正しさ”を、私たち自身で証明させられていた」
扉の前に、沈痛な面持ちのリリスが立っていた。
姉——魔王の器を看ていたはずだが、聞き耳を立てていたのか、居ても立っても居られないようだった。
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