6-4 魂の色
美しい純白の光だった。
この世界の魔王に宿っていた、レイナの“核”そのもの。
『異世界魂——摘出完了』
『回収プロセス、展開』
空の裂け目が再び開く。
そこから伸びてきた光の腕が、レイナの魂を掴んでいった。
「ルシフェリアさん、止められないんですか……! お、お姉様がっ!」
リリスが、動揺しながら叫ぶ。
「無理。これはもはや天使の仕事じゃない」
「もっと上、天界そのものの介入よ」
レイナの魂が、ゆっくりと空へと引き上げられていく。
魔王の身体は、その場に残され——
「——っ」
刻が止まった、人形のように横たわっていた。
◇
「おい! レイナ!!」
呼びかけても、返事はない。
燃えるように輝いていた赤い瞳からは、光が完全に消えている。
「器だけ、残していったってことね」
ルシフェリアが忌々しげに呟いた。
「魔王様っ!!」
「魔王様ぁぁぁ!!」
「ま、魔王様の気配が……消えてる……」
「嘘だろ……魔王様がいない世界なんて……」
魔族たちの悲鳴が続々と上がる。
兵士たちは、完全に動揺していた。
◇
——天から、また新たな声が降ってくる。
『異世界魂の回収、成功』
『もう一つの異世界魂、一時保留』
『新たな物語への移行フェーズに突入』
「お前ら、何を勝ち誇ったみたいに言ってんだよ……」
(俺だけ残ってどうすんだよ)
「魔王魂の回収完了。……想定よりも楽に進んだな」
悪魔が、静かに息を吐いた。
「英雄の魂回収は、後回しで構わん。物語はすでに、“悪役”を得た」
「魔王不在による、魔王領の災害、魔物の暴走、通貨崩壊。すべて世界の再構築に利用できる」
(何なんだよ、それ。あいつの望んだ未来の方がずっと良かっただろ)
俺は、地面に膝をつく。
目の前には、魂を抜かれて“器”だけになった魔王の身体。
さっきまでのあいつとは違って、天使みたいな人形になってしまった。
「……おい」
骨の手で、そっと肩を揺する。
「起きろよ。デートに行くんだろ」
「遅刻して不機嫌にさせるのは、馬鹿な俺の仕事だろ」
返事はない。
当たり前だ。中身がどこかに持ってかれたのだから。
「ああ、お姉様。ごめんなさい、ごめんなさい……」
リリスが、震える手で姉の頬に触れる。
「私が余計なことを思わなければ……」
◇
「魔王の魂は回収した。英雄の魂は、決戦後に回収する——物語は再び、正しい筋書きに戻っていくのだ」
悪魔が、冷酷に告げる。
「……ふざけんなよ。世界のためだか何だか知らねえけどさ」
「——勝手に人の彼女連れていって、勝手に美談にしようとすんなよ」
悪魔は俺に興味はないといった様子で、空から、この世界を我が物かのように眺めていた。
「神様……これは本当に、あなたの正しさなんですか……?」
リリスが俯いたまま、小さく呟いた。
「どうすりゃ良いんだよ、レイナ——」
俺は、目の前の“空の器”になった魔王の髪を、そっと撫でた。
(馬鹿みたいに怒ったり、笑ったりしてたのに)
返事なんてなかった。
それでも、習慣みたいに話しかけてしまう。
「世界が“正しさ”で刺してきたんだぞ。今度は、お前の魂ごと——俺一人が“嫌だ”って言ったって、どうしようもねぇのかもしれねぇけどさ」
骨の指で、ドレスの裾をぎゅっと握る。
「世界のために、お前が消える物語だけは——」
「どうしても、納得できねぇんだよ」
(……また、クソ面倒くさいことを考えなきゃならないわけだ)
ため息をつく気分だけ味わいながら、俺は悪魔を見上げた。
レイナを取り戻せるのか。
悪魔をぶん殴るのか。
それとも——物語そのものを変えちまうのか。
選択肢はいつだって、どれもこれもクソみたいに面倒くさい。
骨のどこかで、静かに何かが固まった。
「俺が本当に主人公だっていうなら、物語で世界を変えられるはずなんだ——たとえ、それがどれだけ面倒でもな」




