表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/65

6-1 割れていく空

 空一面に、見たことのない紋様が幾重にも描かれていく。

 リリスの結界や術式でもなく、魔王の破壊的な魔力でもない。ルシフェリアの術式による、物質に干渉するタイプの力とも性質が違っていた。


「天頂方向から、高密度の……属性が判別不能です!」

 リリスが真剣な顔で、彼方を見た。


 空の裂け目から、闇が降りてくる。

『——世界観測プロセス、再構築。英雄と魔王の関係性に重大な逸脱を確認』

『すぐに、干渉を開始します』


「おい、なんかとんでもないことになってないか!」

(とんでもなく面倒なことになってるだろ!)

「こ、この声……教会の大聖堂上空から聞こえる啓示と同じです! でも、今日のはもっと冷たい……」


「……ふざけんじゃないわよ。壊すことは良いっていうの?」

 ルシフェリアが空の裂け目を睨んだ。


「英雄と魔王が敵対しない世界なんておかしい。だから、奴らは新しい“英雄譚”を作り直そうってわけ」

「新しい……英雄譚?」

 俺が思わず聞き返すと、リリスが小さく頷いた。


「英雄と魔王は必ず対立して、どちらか一方が終わりを迎える。破壊と創造のプロセスが、英雄への信用と魔王の復讐心を生み続けていく」

「魔王様と英雄様が、馴れ合いを続けている今の状態は——少なくとも、彼らには“停滞”に見えるはずです」


「マンネリ化したバカップルってか?」

「喧嘩することが前提ならまだしも、それじゃ関係が必ず終わってしまいますよ」

(現実の俺らはそうだったがな!)


 空の紋様が、妖しく輝き始める。

 意味は読み取れなかったが、まるで何かに警告を発しているかのような。


『御使いの一柱、天界より地上へ』

『英雄譚への強制介入開始』


(なんかやべえ感じしてきたな)

 ぞわぞわと背骨が冷える。

 同時に、ルシフェリアの翼が怒りに合わせて、一度だけ羽ばたいた。

「おい、ルシフェリア。今のって——」


「私とは別の“高位の天使”。ただの観測じゃなくて、物語の記録と編纂側」

「——強いの堕とされるわよ。世界の都合でね」

 光が帯のように、空に幕を作り出す。

 空の裂け目から現れたのは、天使ではなく悪魔だった。


「堕天ですって……? こんな強制的な——」


 光と闇が混ざった瘴気が、白い影を焼くようにして、黒い紋様を浮かび上がらせていく。


『先代魔王の魂、回収開始』

 最後の宣言が降った瞬間——

 黒い閃光と共に、辺境区へと悪魔が降臨した。

(これが先代の魔王なのか? レイナとは違って、邪気と復讐心に満ち溢れている)


「が、ああああああああああああ!!!」

 戦場が咆哮と瘴気で揺れる。

 地響きのような残響が収束すると、ゆっくりと悪魔が立ち上がる。背中には、半分だけ残った白い翼と、黒く変質した翼が入り混じって生えていた。

(何なんだよ、あいつ……)


「……悪趣味ね。私への当てつけかしら」

 ルシフェリアが小さく呟いた。


「ここが俺の世界、か——」

 悪魔は、ゆっくりと目を開いた。

 その瞳は、金と深い紅が混ざり合っている。


「英雄の怠惰。魔王の嫉妬。教会の強欲。王国の虚栄……ずいぶんと自由な世界だ」

 感情の無い声。しかし、その寧静さの裏には、憤怒と傲慢が両在している。


「誰だ、お前は」

 俺が問いかけると、悪魔が静かに答えた。

「我は、天界の意志により堕とされた。これから、先代魔王の座を、正統として受け継ぐ者」

 男が黒い腕輪に指で触れる。


「ただの悪魔、にしておこうか。もう一度、魔王の座を取り返すまではな」

 黒い炎が、その身を包む。


「悪魔ねぇ。なんか弱そう」

 魔王がつまらないわ、と言った様子で答える。

(悪魔って、ルシフェリアとは違うのか?)


「なら、試してみるか」

 悪魔は、魔王を見た。

 赤い瞳と、金と紅の混ざった瞳が、空中で視線を交錯させる。

「これからお前は、英雄と共に修正される」

「それが、この世界の“正しさ”だ」

「だったら私、その正しさごと刺すわね」

(古傷が痛むけど、こういう時は頼りになる)


「あなたは……天界の意思そのもの、なのですか?」

 リリスが、震える声で口を開く。


「英雄を復活させ、魔王が再誕する——世界の正しさは、この物語を否定することで、誕生する」

「そのためならば——」

 悪魔は、ゆっくりと人差し指を掲げた。

「どんな手段でも取る。それが天界の決断なのだ」

(お前らの勝手な都合で振り回しやがって。本当に面倒くせぇ)


「ふーん、あんまり面白くなさそう」

 魔王が、退屈そうに笑った。

「世界が勝手に作った“新しい魔王さん”ってわけね」

「私よりは可愛くないけど、魔王っぽくて良いんじゃない?」

 魔王の足元で、黒い魔力が渦を巻いていた。


「英雄を渡せ。こちらで先代の英雄を復活させる」

「英雄と魔王が敵対しない物語は、ここで大きな転換点を迎えなくてはならない」


「断るわ。これは魔王と英雄のラブ&コメディなの——」

「私とユウト君が、現世で見られなかった夢の続きだから」

 魔王は、淡々と答えた。


「英雄は、私が一億オーリスで借りるつもりだし。つまんなかったら、破壊しちゃえばいいし——本当は、世界も物語もどうでも良いんだけど」

 魔王が、俺の棺桶に手を置いた。


「私は、世界よりも“私が好きなもの”を守るから」

 あまりにも、迷いのない宣言だった。

(お前って、ほんと魔王だよな……)


「だから——」

 赤い瞳が、真っ直ぐに悪魔を射抜く。


「“天界の意志”だか何だか知らないけど、つまんない世界の方をぶっ刺してしまいなさい」

「——それが、今の魔王のやり方よ」

 地鳴りと共に辺境区が揺れている。

 悪魔の周囲に、無数の魔法陣が展開された。同時に、魔王の掌にも、黒い渦が生じる。


「——来るわよ」

 ルシフェリアが、俺のすぐ横で呟いた。

「境界、保てるのか?」

「無理。あんなの相手に出来ないわ」

(どうすんだよ、マジで……頼みはレイナだが、主人公であるはずの英雄にも、何か出来ることはないのかよ)

 俺は、棺桶の縁を掴む。


(英雄と魔王が敵対しない世界が失敗だってんなら——)

(俺とあいつの間違いも、このまま失敗で終わっちまうのか?)


「ならば見せよう。世界の意志に沿った悪魔が、“正しい魔王”であることを」

 悪魔が一歩、前に出た。

「正統の魔王が、この世界に新たな混沌をもたらすのだ」

 その掌に、黒と白の光が収束していく。

 現魔王もまた、漆黒の魔力を一点に集めていく。


「ユウト君。終わったら城下でデートしましょう」

 魔王が、ちらりと俺を見た。

「喧嘩する前みたいに、楽しく過ごせそうな気がしてる」

「……嫌って言っても、どうせ連れていくんだろ」

「もちろん。だから、私があいつをぶっ刺してやるわ」

(本当に恐ろしい奴だよ。レイナは天使じゃなくて、魔王だったんだから)


 次の瞬間——

 二つの魔力が衝突した。

 辺境の空を裂いて、地平線まで届くかのような閃光。

(ほ、骨が砕けるっ!)


 そして、その光の中で——

 俺は、消滅フラグしかしない“術式の気配”を感知していた。

(あ、やべぇ。なんかが俺に向いてる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ