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5-15 双翼を広げて

「そんな奴だからこそ、頼んでる」

 俺は、頭蓋骨をポリポリとかきながら言う。


「魔王の肩を持てとか、リリスを止めろとかじゃない」

「“境界”を知る奴の仕事としてさ、お互いの正義の線で、戦場を真っ二つにするのを、一回止めてきてほしい」

 ルシフェリアが不満そうに俺を見つめていた。


「命令のつもり?」

「頼みだよ。この世界じゃなくて、“世界の外から来ちまった、ただの骨”からのな——」

 ルシフェリアは、しばらく何も言わなかった。

 白黒の翼が、ゆっくりとたたまれる。

 彼女は一度、深く息を吐いた。

「本当に面倒くさいわね。あんたも、この世界も——」

「気が合ってるな。同感だぜ」

「うるさいわよ。消されたいの?」

 ルシフェリアが冷たく言い捨ててから。


「でも、そうね」

「“正しさ”と“感情”が、どっちも境界を踏み越え始めてるなら、それをぶっ叩くのは、境界の天使——いや、悪魔の仕事かもしれない」


 両翼が大きく広がった。

 ルシフェリアの透き通った瞳が輝き始める。


「分かったわ。行きましょうか、骨」

「正義の戦争に、“境界線”を一つだけ引きに行く」

 魔王よりも力は無いはずだが、なんだかとても頼もしい姿に見えていた。


「やっぱりお前、魔王より魔王だろ」

「うるさい。一気に飛ぶわよ」

(って、あんな速度で骨を引っ張ってくのか!?)

 ルシフェリアに連れられて、戦場へと舞い戻るのだった——

「着地するわよ、骨」

「はいよ。どうせまた落ちるんだろ……?」

(戦場のど真ん中に着地するぞ、これ!)


「ちょっと戦況を把握するわ」

 ルシフェリアが淡々と高度を調整しながら、ぐるぐると飛行していく。


 辺境の砦は、先ほどよりも壊滅的な被害を受けていた。外壁のほとんどが崩れ落ちて、あちらこちらで煙が上がっている。


 新魔王派の将校たちは防戦一方で、戦場には倒れた兵士たちが無数に転がっている。


 その中心で——


「リリス様が止めてもこの被害……」

「もう、玉砕覚悟で進むしかないのか」

「陣形も戦術もまるで機能していない」


 そんな様子を見ながら、魔王は余裕そうな顔で、黒い魔力を指先で弄んでいたが、リリスはギリギリの顔で結界を維持していた。


「お姉様! もう十分です!」

「これ以上は——!」

「だったら、あなたが選びなさい、リリス」

 魔王が笑っていた。正しさの行方を弄びながら。

「……っ!」


 そこに——


「お待たせ。ちょっとやりすぎじゃない?」

 境界の天使が舞い降りていく。

 ルシフェリアが、魔王と砦の中央の間に立っていた。

(俺はクソ雑に落とされたけどな!)


「だいたい貴女の力なら、こんな反乱放っておいても問題ないじゃない」

「この後の物語に、なんの影響も与えないでしょ?」

 両翼が黒と白の境界線のように広がる。


「何のつもり?」

「久々に境界線の確認かしら。だいぶ昔の仕事だから、勝手を忘れてるけど」

 ルシフェリアは淡々と続けていく。

 その最中、一度だけ俺を見た。

「連れてこられたのよ、こいつに」

(うおっ、戦場での視線が痛い……)


「ルシフェリア。貴女、こいつらの味方するってこと?」

「どちらの味方でもないわ。ただ誰にも"この境界は越えさせない”」

 ルシフェリアは新魔王派の将校を見る。

「覚悟しなさい」

 無彩色の翼が、左右に広がっていく。

 次の瞬間——

 バチィッ、と空間が裂けたような音がした。


「っ……体が……」

 魔王側に向かって突撃しようとしていた兵士たちが、途中でぴたりと足を止める。

「足が進まない……!? 魔力の流れも、全部乱されて……!」

「どっちも今以上は越えさせない。魔王も、兵も、世界の理も」

 ルシフェリアが淡々と告げる。


「な、何のつもりですか、ルシフェリア様!」

「我々は正しい魔王軍の未来のために——」

 新魔王派の将校の一人が、腕で空間を切り裂くようにしながら叫んだ。


「私の目の前でやるなら、両方ぶっ叩くわよ」

 魔王の放った魔弾も、いくつかの方向へそらしていく。

 リリスが必死に張っていた防御結界も、知らない内に、ルシフェリアの術式と同化していた。


「ルシフェリア様は、どちらの味方をしているつもりなのだ。もし、魔王に加担するのであれば——」

「だから、どちらの味方でもないって言ったでしょう」

「この現場で、二つの均衡が崩れないよう——」


 ルシフェリアが、中央で防御結界の詠唱を始めた瞬間。

 ——空が、綺麗に割れたのだった。

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