5-15 双翼を広げて
「そんな奴だからこそ、頼んでる」
俺は、頭蓋骨をポリポリとかきながら言う。
「魔王の肩を持てとか、リリスを止めろとかじゃない」
「“境界”を知る奴の仕事としてさ、お互いの正義の線で、戦場を真っ二つにするのを、一回止めてきてほしい」
ルシフェリアが不満そうに俺を見つめていた。
「命令のつもり?」
「頼みだよ。この世界じゃなくて、“世界の外から来ちまった、ただの骨”からのな——」
◇
ルシフェリアは、しばらく何も言わなかった。
白黒の翼が、ゆっくりとたたまれる。
彼女は一度、深く息を吐いた。
「本当に面倒くさいわね。あんたも、この世界も——」
「気が合ってるな。同感だぜ」
「うるさいわよ。消されたいの?」
ルシフェリアが冷たく言い捨ててから。
「でも、そうね」
「“正しさ”と“感情”が、どっちも境界を踏み越え始めてるなら、それをぶっ叩くのは、境界の天使——いや、悪魔の仕事かもしれない」
両翼が大きく広がった。
ルシフェリアの透き通った瞳が輝き始める。
「分かったわ。行きましょうか、骨」
「正義の戦争に、“境界線”を一つだけ引きに行く」
魔王よりも力は無いはずだが、なんだかとても頼もしい姿に見えていた。
「やっぱりお前、魔王より魔王だろ」
「うるさい。一気に飛ぶわよ」
(って、あんな速度で骨を引っ張ってくのか!?)
ルシフェリアに連れられて、戦場へと舞い戻るのだった——
◇
「着地するわよ、骨」
「はいよ。どうせまた落ちるんだろ……?」
(戦場のど真ん中に着地するぞ、これ!)
「ちょっと戦況を把握するわ」
ルシフェリアが淡々と高度を調整しながら、ぐるぐると飛行していく。
辺境の砦は、先ほどよりも壊滅的な被害を受けていた。外壁のほとんどが崩れ落ちて、あちらこちらで煙が上がっている。
新魔王派の将校たちは防戦一方で、戦場には倒れた兵士たちが無数に転がっている。
その中心で——
「リリス様が止めてもこの被害……」
「もう、玉砕覚悟で進むしかないのか」
「陣形も戦術もまるで機能していない」
そんな様子を見ながら、魔王は余裕そうな顔で、黒い魔力を指先で弄んでいたが、リリスはギリギリの顔で結界を維持していた。
「お姉様! もう十分です!」
「これ以上は——!」
「だったら、あなたが選びなさい、リリス」
魔王が笑っていた。正しさの行方を弄びながら。
「……っ!」
そこに——
「お待たせ。ちょっとやりすぎじゃない?」
境界の天使が舞い降りていく。
ルシフェリアが、魔王と砦の中央の間に立っていた。
(俺はクソ雑に落とされたけどな!)
「だいたい貴女の力なら、こんな反乱放っておいても問題ないじゃない」
「この後の物語に、なんの影響も与えないでしょ?」
両翼が黒と白の境界線のように広がる。
「何のつもり?」
「久々に境界線の確認かしら。だいぶ昔の仕事だから、勝手を忘れてるけど」
ルシフェリアは淡々と続けていく。
その最中、一度だけ俺を見た。
「連れてこられたのよ、こいつに」
(うおっ、戦場での視線が痛い……)
「ルシフェリア。貴女、こいつらの味方するってこと?」
「どちらの味方でもないわ。ただ誰にも"この境界は越えさせない”」
ルシフェリアは新魔王派の将校を見る。
「覚悟しなさい」
無彩色の翼が、左右に広がっていく。
次の瞬間——
バチィッ、と空間が裂けたような音がした。
「っ……体が……」
魔王側に向かって突撃しようとしていた兵士たちが、途中でぴたりと足を止める。
「足が進まない……!? 魔力の流れも、全部乱されて……!」
「どっちも今以上は越えさせない。魔王も、兵も、世界の理も」
ルシフェリアが淡々と告げる。
「な、何のつもりですか、ルシフェリア様!」
「我々は正しい魔王軍の未来のために——」
新魔王派の将校の一人が、腕で空間を切り裂くようにしながら叫んだ。
「私の目の前でやるなら、両方ぶっ叩くわよ」
魔王の放った魔弾も、いくつかの方向へそらしていく。
リリスが必死に張っていた防御結界も、知らない内に、ルシフェリアの術式と同化していた。
「ルシフェリア様は、どちらの味方をしているつもりなのだ。もし、魔王に加担するのであれば——」
「だから、どちらの味方でもないって言ったでしょう」
「この現場で、二つの均衡が崩れないよう——」
ルシフェリアが、中央で防御結界の詠唱を始めた瞬間。
——空が、綺麗に割れたのだった。




