表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/65

5-13 境界の元天使

「うおっと!」

 やっぱり落ちた。細かい骨が周りに散らばっている。

「ありゃ、抜けねぇな」

 どうやら俺は魔王城のどこかの床に埋まっているようだ。衝撃の影響で、あちこちの骨が、絶妙な角度でずれている。

(やっぱりこうなるよな……)


「英雄、様……?」

 見上げると、総務ゴブリンだった。

 残業申請書の束を抱えたまま、口をぱくぱくさせている。

「どうして、また空から……」

「現場からの帰りだよ。忘れ物しちまってな」


 雑に答えながら、骨を引き抜いていると——


「……報告にあった通りですね。魔王様が前線に出ている今こそ、“異物”を正しく処理する好機であると」

 背後から、冷たい声がしている。


「はい?」

 振り向くと、魔族兵たちが数人。砦で見たのと同じ、新魔王派の紋章を身につけていた。

「英雄の器を、本来あるべき状態に戻す。世界の理から外れた魂を、この場で切り離す」

 その手には、禍々しい刻印が輝いている。

(うわ、あいつら、魔王城にも別働隊を送ってたのかよ……)

「おい、お前ら。辺境区がボロボロだぞ」

「そうでしょうね。しかし英雄が正しい姿に戻れば、何も問題がありません」

「うわー、話通じねぇ……」


 魔王不在の魔王城。

 残ってるのは過労死寸前の総務と、腰布干してる兵と、そして——ただの骨。

(城の守りが手薄過ぎるだろ)


「では、始めましょうか」

 魔力による黒と白の刃が、骨の俺を切り裂こうと——

「危ねぇ!」

 間一髪で避ける。仮に食らっても、元の姿に戻る時間が必要になるくらいのダメージだが。

(今はそんな場合じゃねえんだよ)


「おい、お前ら。やめ……」

 次の瞬間、俺の目の前で、魔力の刃が“消滅”した。

「なっ——」

 魔族の一人が驚く間もなく、刃のように形を持っていた魔力は消滅して、空中に霧散していく。

「魔王様から、城の防衛を命じられているの」

 騒動に現れたのは、無彩色の双翼——元天使ルシフェリアだった。

「くだらない事をしてないで、あなたたちは元の仕事に戻りなさい」

 淡々と言いながらも、その背中にははっきりとした殺気が宿っていた。

(助かった……のか?)

「ルシフェリアさん!? なぜ、私たちの邪魔を——!」

「邪魔なんてしてないわ。呆れてるだけ」

 ルシフェリアは足元の転移陣を見下ろした。

「……あなたたち、今、自分たちが何をやろうとしているか分かっている?」

「“世界のため”を勝手に翻訳して、境界の外側にまで、正しさを伸ばそうとしている」

(知ってたのか、こいつ)


「しかし、この骨は——」


「ええ。“本来ここにいるべきじゃない存在"」

「でも、その“間違い”を正しいという魔王がいるのも、また事実」

 ルシフェリアの言葉に、新魔王派の魔族たちが悔しそうに俯いていた。


「魔王は感情で境界を変える。リリスは正しさで境界を引き戻す——結局、あなたたちも板挟みなのよね」


「ルシフェリア様……」

 自嘲気味に呟いたルシフェリアの視線が、ゴミを見るかのように俺へと向いた。


「……で、あなた。なんで戦場から逃げてきたのよ」

「逃げてねぇよ! むしろ立ち向かった側だわ」

「なんか床に刺さってるし。好きなの、それ?」

 俺は床に刺さったまま、反論する。


「好きなわけあるか! “面倒くさくなりそうだから、その前に手を打ちに来た”んだよ」

「ふーん、そう。私を呼びに来たってわけね」

 ルシフェリアが何かを察したのか、盛大にため息をついた。


「ルシフェリア。お前に頼みがある」

 俺は、骨をぱきぱきとはめ直しながら、真正面から彼女を見る。


「嫌よ。断るわ」

「まだ何も言ってねぇだろ!」

「私にだって、面倒くさいって言う自由があるし」

 ルシフェリアは翼を小さく揺らしながら、壁にもたれた。


「どうせ、“魔王を止めてほしい”とか、“リリスを説得してほしい”とかでしょ?」

「そんなの英雄のあんたがやりなさいよ。大体、私にそこまでの力はないわ」


「違う」

 俺は頭蓋骨を横に振る。

「魔王の肩を持てとも、新魔王派に味方しろとも言ってない」

「お前は“境界”を守る、元天使なんだろ」


「何が言いたいの?」

 ルシフェリアが横目で俺を見る。


「戦場の境界は、感情の魔王と、正義の新魔王派——その真ん中で、現実と世界がまとめて押し潰されかけている」

「お前が見てきた境界ってのは、そんな単純なものだったのか?」


 好きか嫌いか。正しいか正しくないか。そんな綺麗に分けられるなら、白と黒の羽を持つ元天使なんているはずがない。

「“単純だったら良かった”って話なら、いくらでもしてあげるわ」

 何を言ってるのよ、とルシフェリアは小さく鼻で笑った。


 ため息と一緒に、彼女の視線が遠くへ外れていく。

 ——ずっと昔。まだ彼女の羽が“純白”だった頃。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ