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5-12 正しさと感情と、その真ん中で

 一行がやってきたのは、辺境区の防衛本部。

「開けなさい。私よ」

「はっ、魔王様!」

 すぐに砦の門が開いた。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

 中から数人の幹部魔族が姿を現す。

 黒と赤の装束に、新しい紋章——先程ゴブリンが報告していた“新魔王派”のもの。

「ああ、これは魔王様。リリス様もよくぞいらっしゃいました」

 一番前に立っている、長い角の生えた人型魔族が一礼した。


「すでに情報が届いておりましたか」

「あなたたちに、ここまで大きな“誤解”があるとは、思っていませんでした」

 リリスが静かに言う。

「誤解、などではありません——」

「我々はただ、魔王軍の未来と、この世界の正しさを憂いているだけです」


 人型魔族が、派手に装飾された鎧を鳴らしながら、英雄の棺桶に近づいてくる。


「そして——世界の理をねじ曲げる“異物”を、正しい姿に戻すべきだと」


 彼の視線が、本当なら、英雄であったはずの棺桶へと向いた。


「まったく。異物って便利な言葉だよな」

 俺は棺桶から上体を起こす。

「お前らも、まさか英雄がこんなんだとは思わなかっただろ」

(中途半端な願いってのは、時に歪な結果を生むもんだ)

「確認したいのだけれど——」

 魔王が前に出る。

「あなたたちは、私が“感情的”だから、リリスを新魔王に担ぎ上げたい、のよね」

「はい。物事を単純化しすぎるのも魔王様の悪癖ですがね」

(超分かる。なのに、人の話は全然聞かないんだよ)

 魔族が淡々と答えた。俺も心の中で同意していた。


「あなたは、個人的に持ちこんだ感情で、魔王軍と世界の正しさを弄んでいる」

「ええ、そうよ。私が魔王だからね」

 魔王本人もあっさり認めた。


「魔王とは、本来“魔族ファーストのリーダー”であるべきです」

 将校の言葉には、どこか確信があった。


「この世界では、正しく魔王と英雄が対立していなくてはならない——」


「あなたがその立場を利用して、力なき英雄に個人的な感情で執着し続けていることを、私たちは黙って見過ごすことはできません」

 すでに覚悟は決まっているのだ、と彼の表情が語っていた。


「正論だよな。こいつらの言い分はよく分かる」

 俺が小声で呟くと、リリスが複雑そうな顔をしていた。

(まぁ、そう言われても仕方ないよな。俺のために一億とか言い出した女だし)


「ふーん。要するに、あんたたちは私が嫌いってことよね」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 魔王の発言に、将校が困惑していた。

「じゃあ、もしかして嫉妬してるの? 私が英雄を愛してるから」


「あのっ、お姉様! さすがにそういう問題ではないような。ここは正しいか、正しくないかが重要で——」

 見かねたリリスが、将校に助け舟を出した。


「好きか嫌いかでは、組織の公平も均衡も保てません——だからこそリリス様は、私たちに手を差し伸べた」

「この世界と、魔王軍の未来を守るために」

(なんかリリスの正しさが救世主みたいになっちゃってるぞ)


 将校たちが、リリスを見る目は完全に“新しい王”へと向けられたもの。

 リリスは居心地悪そうに視線を落とした。


「そんなつもりでは、なかったのですが」


「私はただ、魔王軍が“正しく”続く仕組みを——」


「正しい仕組みを作ったら、魔王がいらなくなっちゃったじゃない」

「“感情的で単純な魔王”の代わりに、“賢くて正しい妹”を立てましょう、って?」

「いい度胸してるわよね、ほんと」

 魔王が退屈そうに将校たちを眺めていた。


「は、反乱などと——!」

「我々は、魔王軍の改革を理念に……!」

「それこそ、MAKE MAOU GREAT AGAIN!」

「馬鹿ね、あんたたち。さすが私の(しもべ)って感じだわ」

 魔王が笑った。しかし熱は収まらない。


「好きと嫌い。そんな単純な感情でも——それだけで世界を回してる私と」


「正しいか間違ってるか——って、リリスを犠牲にしようとしてるあんたたち」


「どっちも、そんなに大差ないと思わない?」

 挑発的な笑みで、魔王は将校たちに問いかけた。


「……魔王様の“気分”で振り回される現場は、もううんざりなんです」

「残業申請も、戦線の維持も、兵站も——全て『気が乗らないから』で後回しにされていく」

「それならまだしも、英雄との戦いですら、気が乗らないからと、魔王城に引きこもる始末……」


「仕方ないでしょ。魔王は気軽に遊びにも行けないのよ」

(都市で遊んでる魔王とか前代未聞だが。ここにカジノで全財産擦った英雄ならいるけど)


「だからこそ、感情ではなく、“世界の理”を理解しているリリス様こそが——」


「はいはい。まとめるとこういうことよね」

 魔王が指を鳴らすと、空中にまた図が出てきた。


「『好き・嫌いで決める魔王』VS『正しい・正しくないで決める新魔王派』」


「で、あんたたちは、『好き嫌い』ではなく、『正しさ』を中心にしたい、と」

 魔王が説明を終えると、将校は頷いた。


「好悪で運営される組織は不安定です。私情で英雄を囲いこむ魔王様ではなく、世界のあり方と、魔王軍の将来を“正しく”考えられるリリス様こそ——」

「正しく、ねぇ……」

 魔王が不満そうに将校を眺めていたが、リリスがすかさず口を挟んだ。


「やめてください。私は魔王様の代わりになる気はありません——私が望んでいるのは、“正しさ”で魔王様を支えることだけです」

「その"正しさ"が、こいつらにとっての"正義"を作りだしちゃったってわけね」

 魔王の鋭い視線が、リリスと将校、そして砦全体に向けられる。


「見過ごすつもりなんてないわ。あなたたちもその覚悟でしょう?」

 空気がびりっと張りつめた。


 砦の内外で睨み合う魔王軍の兵たち。魔王派と新魔王派の両方が、今にも衝突寸前の気配を見せている。

(これ、絶対にめんどくさいやつだろ。本当なら、俺があいつらを相手にしてた可能性が……)


「……リリス」

 魔王が、優しく静かな声を出した。

「私は別に、魔王の座にしがみつきたいわけじゃないわ」

「世界がどうなろうと、英雄がここにいてくれればいいし」

 魔王が、愛おしそうに棺桶を眺めている。


「でもね。あんたの正しさが、私を間違いと突きつけてしまうのなら——そいつらは、まとめてぶっ刺すしかないのよ」


「お姉様、それは——」

「正しさ同士は必ずどこかでぶつかるって、さっきも言ったでしょ?」

 魔王が笑う。その笑顔は、今までで一番“魔王”らしかった。

「私は魔王よ。感情的で、身勝手で、英雄に執着してて、現場の声もよく聞いてないけど」

「外から来た“正しさ”よりも、私が好きなものを守るの」

 魔王の背中から、黒い魔力が立ち上る。


「さっさとこっちに来なさい、リリス——あなたに新魔王の立場は、ちょっと重すぎるかな、って思うわ」

「……っ」

 リリスの表情が固まる。

 その両側で、兵たちが一斉に声を上げた。


「リリス様! こちらへ!」

「魔王軍の未来は、あなたにかかっている!」

 新魔王派の魔族たちが武器を取る。

「リリス様! 号令を!」

「一声あれば、この身を差し出す覚悟が出来ています!」

 新魔王派の反乱が更なる膨張の様相を見せ始める。将校は師団を統率し、御旗の元に士気を一様に集めた。


「リリス様! この辺境区から、魔王軍の誇りよ、もう一度!」

「MAKE MAOU GREAT AGAIN! MAKE MAOU GREAT AGAIN!」

 歓喜と熱狂と共に、辺境区防衛軍が組織されていく。防衛の職務は、反乱の機運に上書きされていった。

(おいおいおい。易々と内戦始めようとするな)


 そして——最初に動いたのは将校だった。


「我ら、新魔王派は——」

 彼は、リリスを一瞥してから、魔王を正面から見据えた。

「リリス様の正しさに従い、『英雄を本来あるべき姿に戻す』ことも誓う——そして、魔王軍を“感情”ではなく、“世界の理”に基づいて運営することを!」


「つまり、私を頂点から降ろす、ってことよね」

「そうだ。我らは魔王に反旗を翻す」


 刹那、砦は熱狂に包まれる——

 魔王の足元から黒い紋様が広がり、砦の防衛を命じられていた辺境領の兵たちが、魔王に向けて、一斉に武器を構えた。


「リリス——」

 魔王が、横目で妹を見る。

「最後に、あなたの口から聞きたいわ。これがあなたにとっての“正しさ”なのかしら?」


「私は——」

 リリスが唇を噛みしめた。

 兵たちはきっと彼女の一言に期待している。

「“英雄の魂を、正しく戻すべきだ”と考えています」

「でも——」


 その先が続かない。

 この世界の両方に、彼女の“正しさ”が刺さってしまっていた。

(ガチバトルだな。どうすんだ、俺)

 俺は棺桶の中で、蓋の裏地を眺めていた。


「時間をかけても、事態は変わらないわ——その間に被害が拡大したら、もっと面倒でしょ?」

 空間を捻じ曲げるほどの威圧感。黒い魔力が本気で膨れ上がっていく。

(あ、あいつ今回はマジじゃねぇか!)


「新魔王派、ね。リリスの方が好きっていうなら、別にそれでも良いわ」

「でもね、浮気ってやっぱり許せないものなのよ——」

 次の瞬間。砦の一角が、轟音と共に崩壊した。


「うおおおおお!?」

「防御陣が、一瞬で……!」

 魔王が軽く指を振っただけで、辺境区のあちこちが木っ端微塵に吹き飛んでいく。

(どう考えても勝ち目ないだろ)


 俺は早々に悟った。

 これは戦いなんかじゃない。一方的な“実力差の証明”だった。

(もし本物の英雄だったら、こんなんと戦ってたのかよ……)


「ひ、怯むな! 陣形を立て直せ!」

「無理です! 魔王に攻撃が届きません!」

「よっわ。何が新魔王派よ」

「間違って全滅させないようにしなきゃね」


 その後の光景は、なかなか地獄だった。

 魔王はなんとか兵を殺してはいない。そこだけはギリギリ守っている。


 しかし——


「ぎゃああああ!」

「装備が全部崩壊して……!」

 物体に魔力を強制的に干渉させて、構造や法則を強引に破断しているらしい。

「魔力が……逆流してくる!?」

「うわあああああ!!」

 砦のあちこちで、魔王の魔力が暴れ回っていた。


 攻撃魔法を放てば、魔法の軌道をねじ曲げて、味方陣地に突き刺さり、防御結界を張れば、その結界が牢獄のようになって兵たちを閉じこめていく。

(本気になったら、簡単に消し去れんのかよ)


 圧倒的な戦力差の中、唯一の希望は、リリスが必死に守護していることだった。

「そこは、下がってください!」

「お姉様、その威力は——っ」

 リリスがあちこちに瞬間転移しながら、結界を張り直して、魔王の魔力を減衰させている。


 おかげで死者は出ていない。出ていないが——


 兵たちの顔は真っ青だった。

「これが……本気を出した、魔王様……」

「リリス様が抑えて、この力……」

(反乱なんかやる前に見せとけよって感じだが。これも俺のせいなのか?)


 でも、問題はそれよりも。

 俺の視界の端で、リリスが茫然としている。


 左を見れば、傷ついて倒れる新魔王派の兵。

 右を見れば、平然と黒い嵐を操る魔王。


「お、お姉様!」

 リリスが、慌てて呼びかける。

「どうか、彼らの——」

「下がってなさい。ちゃんと手加減してるわ」

「彼らは自分で選択して、私に剣を向けたの。正義の旗を振りながらね」

 魔王が辺境塔を軽々とへし折った。


「で、ですが——」


「自分たちの“世界のために——魔王を刺してでも、新しい世界を作ることは、きっと“正しい”んでしょう?」


「…………っ」

 リリスの手が震えていた。

 目の前では、兵が必死に戦っている。彼女の掲げた正しさを信じて。

「私には、正しさを守ることしかできません……」

 もちろん魔王に剣を向けるなんて選択肢は、リリスの中にはないだろう。向けたところで、何も変えられないことは明らかだった。

(詰んでるよな、これ)


 リリスには、リリスの“正しさ”がある。

 魔王には、魔王の“感情”がある。

 ——両方とも、筋は通っている。


(英雄がいれば、こんなことにはなってなかったんだよな)


 でも、その真ん中で割を食うのは、いつだって“現実”だ。


 そしてまさに俺は——

(失われた真ん中。英雄っていう中心だったはずだよな)


 骨がきしむくらいには分かっていた——多分、このまま棺桶に引きこもっているわけにはいかないことを。


「……面倒くっせぇな、ほんと」

 俺は棺桶の縁をガタンと鳴らして、上体を起こす。


「ユウト君?」

 魔王が一瞬だけちらりとこちらを見る。


「どこに行くの。消し飛んじゃうわよ?」

「ほんとお前、おっかねぇよな。未来の面倒くささから逃げるために、今ちょっとだけ面倒なことをしに行く」

「言ってる意味が分からないんだけど」

「さあな。俺だって、分かってるようで分かってねぇよ」

 骨の脚で、ずるずると棺桶から降りる。


 砦の中枢——さっきリリスが展開していた転移陣が、まだ地面に残っていた。

(ちょっくら行ってくるか)

 リリスが“本陣と魔王城を繋ぐ非常用ルート”として描いたものだ。


「え、英雄様!? どこへ——」

 リリスが気づいて駆け寄ってくる。

「ちょっと魔王城まで。まだ強いのが一人残ってたからな」

「もしかして、ルシフェリアさんですか?」

「ルシフェリアさんでも無理です! お姉様が本気になったら、ルシフェリアさんでも絶対に止められません!」

 俺は転移陣の中心に骨を乗せる。

「待ってください! そこはさっきお姉様が——」

「座標誤差が発生するかもしれませんし、英雄様には転移先の修正も——」

「一回死んでるし、俺って不死身みたいなもんだから」

 骨の親指と人差し指を、ぱちんと鳴らす真似をして。


「英雄ってのは、無謀を美談にするもんなんだよ」

 転移陣が光った。汚い骨を光が包む。

「英雄様ぁぁぁぁ!?」

「ちょっ、勝手に使わないでください——!」

 リリスの悲鳴を背に受けながら、俺の景色は小さく圧縮されていった。

(あー、なんか落ちる予感しかしねぇ……)

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