5-10 骨、何もしないを守りたい
「さすがに放っておくわけにはいかないか」
魔王が椅子から立ち上がる。
「ユウトとじゃなくて、まさか僕と戦うことになるとはね。私的にはなんでも良いんだけど」
「あの、お姉様。彼らを攻めるのは——」
「何を甘いこと言ってんのよ。正しさってね、必ずどこかでぶつかり合うものなのよ」
魔王の視線が、一瞬だけ俺に向いた。
「……昔の私ならすぐにぶっ刺してたけど。一応、彼らの話も聞いてあげる」
「はい! お願いします、お姉様!」
「私もなんとかしてみます。駄目だったら、責任を取って、この身を滅ぼすつもりです」
「それは駄目。だったら辺境区を滅ぼすわ」
魔王が真剣な目でリリスを見つめる。その圧に負けたのか、リリスが渋々と言った様子で口を開いた。
「分かりました。でも罰を与えてほしいです」
「うるさい。そんなの私が決めるのよ」
魔王が相手にもしないといった様子で。
「じゃあ、行きましょうか。反乱の現場に」
「待て。なんで俺もセットなんだよ」
魔王が当たり前かのように、棺桶を運んでいく。俺は嫌な予感がしていた。
「目の前で英雄と魔王が直接対決してれば、彼らもきっと満足するでしょ?」
「負けるに決まってんだろ! 現世でも負けてるんだぞ!」
(こっちはただの骨でしかねぇ!)
「あれは私の負け。ユウトの言葉に負けたんだから」
「こっちでもそんなこと言われちゃったら、どうしようかしら」
魔王が何かに期待するかのように、俺を見ていた。
(無いからな。絶対に無いからな)
「英雄様、危険ですっ! 穢れてしまいますよ!」
その様子を聖女が睨むように見ていた。
◇
「同行メンバーは——」
「私とリリス、英雄と愉快な御一行かしら?」
魔王が俺たちを一人ずつ見ていく。
「愉快な御一行ってどういうことですかっ! とっても不愉快なんですけどっ!」
信じられない、といった様子で聖女が抗議する。
(もはや、ツッコミきれない)
「でもよ、俺たちと魔王が一緒に行動してて良いのか? 魔王の信用がなくなっちまいそうだが」
「英雄と魔王は遅かれ早かれ出会うんだし。先に出会ってようと、後で出会おうと大差ないわよ」
(冒険や旅という過程をすっ飛ばすな)
「どうします? 王国に正式な通告を——」
リサが帳簿の間から、姫の顔を確認しながら、何かを取り出そうとしていたが。
「要らないわよ。魔王に攫われたとでも言っときなさい」
魔王が面倒くさそうに手を振っていた。
「神の名のもとに同行します!」
「英雄様がどんな不当な扱いを受けているか、この目で確かめ、清め、正してみせますっ!」
聖女が杖を掲げながら、物騒な未来を語っている。
「まだ何もされてないからな?」
「予防清めです! 戦闘前に身を清めなくてはっ!」
(弱体化しちまうわ!)
「私は——」
リリスが、少しだけ躊躇ってから口を開く。
「行くに決まってるでしょう。その方が面白いし」
「あなた抜きで“あなたを担ぎ上げる反乱”について話す方が大変なことになると思うんだけど——」
「多分、そうですよね」
リリスが、苦笑いを浮かべた。
◇
そんなこんなで——
「いや、ちょっと待て。状況によっては、全滅の可能性もあるんじゃ」
俺は棺桶から手を上げる。
「お前らに聞くんだが、“行かない”って選択肢は?」
「ありません。英雄には仲間と愛人が必要だと思いますっ!」
「ドヤ顔してるけど、それ愛の人って意味じゃないからな」
「愛よりも、まずは恋からよ。ユウトは私の恋人なんだから——」
(なんか、独占欲復活してないか?)
「英雄様。お話があります」
聖女が、真剣な顔で近づいてきた。
「これは、きっと英雄様の“何もしない権利”を守るための戦い——もし戦わなければ、きっと何もしないことすら、許されなくなってしまいます」
「戦いって面倒くさいじゃん。刃物見ると、古傷が痛むし」
「最低限の行動で、最大限の休息を得る投資だと思ってください」
リサが、俺好みの説得を試みる。
「それならやるよ。どうせ棺桶で寝てればいいしな」
「はい、英雄様の決定を歓迎します——」
◇
そして結論。全員参加だった。
(……面倒だけどな)
「嫌になるぜ、ほんと」
骨の肩を落とす。
「お前ら、これだけは忘れんなよ——」
全員の視線が俺に集まる。
「俺を旗印にして話を進めるなよ。その場で“嫌”って言ったら、一回止まれ」
さっきの条件の再確認だった。こいつらはすぐに忘れるからな。
「当然でしょ」
魔王が頷く。
「神に誓って」
聖女も胸に手を当てる。
「はい、その方が正しいかと」
リリスも、小さく頷いた。
「契約書と報告書作っときますね」
「始末書の可能性も。ああっ、こ、これだけ良い展開で、良い感じに進んでたのに、全部無駄になるってこと!」
リサが、身体をくねらせながら羊皮紙を広げていた。
(相変わらずヤバい奴だよな)
「これは“英雄様のノー・ミーンズ・ノー条項”ッ!——」
恍惚とした表情で、リサが宣言していた。
(もはや危険人物だろ、こいつ)
◇
こうして——
俺は棺桶ごと戦場に運ばれることになった。
今度は、“世界のため”でも、“魔王のため”でもなく——俺の“何もしない権利”を守るために。
いや、やっぱりおかしくないか?
(まあ、いいか。どうせ死んでるしな)




