5-9 新魔王騒動と、妹の「正しさ」
「ど、どういうことですかっ!?」
聖女が慌てて立ち上がる。
「魔王が変わるなんて、世界の終わりじゃないですか! いえ、今の時点でも十分危ないんですけど!」
「詳しい情報を。内容によっては、ここでリリスを処分するわ」
「は、はい!」
総務ゴブリンが震える手で書類を広げながら。
「辺境区・第七防衛領にて、リリス様を“新たな魔王”として擁立しようとする動きが——」
「待ってください」
その張本人が、小さく手を上げた。
「私は、そんなことを望んでいません。世界が正しくあることを望みますが、私が治めることに正しさがあるとは思っていません」
リリスの真っ直ぐな瞳には、嘘も邪心も見えない。
「私が提案したのは、“今の魔王様の負担を減らすための統治案”だけです。確かに具体的な情報も渡してはありますが——」
「でも、兵たちの間では違う解釈が広まっておりまして」
総務ゴブリンが続ける。
「“今の魔王様は感情的すぎる”」
「“世界の理を理解しているリリス様こそ真の支配者だ”」
「“はたらけどはたらけど 猶わがくらし楽に……”」
「最後のは何なんだよ。魔王軍は砂でも握ってんのか」
(ぐだぐだすぎて、勝手に魔王軍滅ぶんじゃないか?)
「しかし、魔王の人気がねぇんだな」
「ちゃんとあるわよ。でも、ほらリリスってマメだし、細かいとこまできちんとしてるし」
(お前もきちんとやれよ)
「つまりこういうことよね——」
魔王が右手の人差し指を振ると、空中に簡単な図が浮かんだ。
旧魔王(圧政&超ブラック。英雄に敗北)
↓
反乱&改革(私が即位。ブラックのまま適当に)
↓
現場
「なんかこの魔王、私情が多くない?」
「妹の方が安定しそうじゃね?」
↓
「よし、次の魔王、妹でいこう!」
(リリスの正しさが現場の希望になっちまってる!)
「あーあ、ほんと面倒くさいわ。ユウトじゃないけど」
「そこは正しい使い方だと思うけどな……」
魔王の発言に対して、リリスが神妙な面持ちで俯いていた。
「抑圧された現場から、“正しさ”を希望として担ぎ上げる動きという訳ですが、リリス様の理想主義も行き過ぎかと」
リサが冷静に分析していく。
「英雄も“本物に戻すべき”って理念が乗ってくると、そりゃ盛り上がっちゃいますよ——だって魔王は英雄と対立するのが当たり前なんですから」
そこで一旦、視線が俺に集まった。
「また、俺のせいなのかよ——」
「原因ではありませんが、すごく便利に使われてますよね」
リサが口角を上げながら答えていた。
◇
「で、実際どうなってるの?」
魔王が総務ゴブリンを見る。
「はい! リリス様を新魔王にという旗とキャップを掲げながら、『魔王軍の威厳を取り戻すんだ』と」
「そして、"英雄の魂を世界のために正しく葬ろう”という機運が高まりつつあります……」
総務ゴブリンが少し間を置いてから。
「彼らの士気を特に高めているのは、MAKE MAOU GREAT AGAIN! というスローガンです!」
(なんか聞いたことあるんだが……)
「既に、一部将校が紋章を勝手に変え始めており、魔王軍は分断されかけています!」
「紋章から変えちゃうタイプか……これはマジだな」
「どうしましょうか。全部ぶっ壊しちゃう?」
魔王が総務ゴブリンにそう言うと、姫がすかさず割って入る。
「やっちゃおう! 反乱はぶっ壊せ!」
「気が合うじゃない。同盟でも結ぶ?」
「やめんか! そんな軽いノリで世界のパワーバランスを変えるんじゃない!」
(骨が言うのもなんだが、ギロチンには気をつけてくれよ)
「やはり、あの提案は控えるべきでしたか——」
リリスは額に手を当てていた。
「“魔王様が感情で決めざるを得ない部分を、私たちの制度で支えましょう”と——“魔王様が倒れても回る仕組み”を、とも」
「あー、それは駄目だろ。現場からすれば“魔王いなくても良いじゃん”ってなっちゃうやつだな」
リリスが唇を噛み締める。
「先代の魔王のことを、私たちはよく知らないのです。正しさは屈折して伝わり、また別の正しさが生まれてしまう」
「まあ、余計なことには首突っこまない方がいいぜ。面倒だし」
「これは私が間違っていたと思います」
「別に良いんじゃねえの。知らなかったってことでさ」
(俺だって、先代英雄のことなんて全然知らないしな)




