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5-8 骨、自由を主張する

「議長として整理すると」

 魔王が指を鳴らすと、空中に簡易な図が浮かび上がった。


「・魔王案:

 ・英雄は魔王城に安置。

 ・魔王のそばで“何もしない”が、魔王の感情を考慮。

 ・ユウトの自由<魔王の気分」


「最後おかしくない? 駄目な図式だったはずだよね、それ」

(現世でのトラウマ、再び)


「・聖女案:

 ・英雄は教会に安置。

 ・象徴として“何もしない”自由を保障するが、聖水による維持管理つき。

 ・信仰>英雄の自由」


「魔王案と大差ねえだろ!」

(俺の自由よりも信仰の方が優先かい!)


「・リリス案:

 ・本物の英雄の魂を呼び戻し、器に戻す。

 ・現行の魂は世界の外へ退去。

 ・世界の安定&筋は通るが、英雄(仮)は消える」


「急に真面目なの来たな。確かに俺たちは英雄と魔王だからな」


「・英雄本人案:

 ・何の所有物でもない“自由”でいたい。

 ・存在は消さず、腐りすぎない程度に放っておいてほしい。

 ・世界も壊したくないし、責任も負いたくない」


「合ってる、確かに合ってるんだけどさ。ただのクズの主張にしか聞こえねぇ!」

 なぜか魔王が俺を見ながら、微笑んでいた。

「さて、と。ここからが本番よ」

「“英雄の条件”を、各陣営とどこまで折り合わせるかのフェーズね」

「交渉の本番だな。俺の主張を通そう」

(完全に無視かよ!)


 誰からも返事はなかった。


 しかし、話し合いから逃げて消された俺が、今度は話し合わないと消される立場になってるってのも、皮肉な話だよな。


「じゃあまず——魔王案。“英雄は魔王のそばで何もしない”」

 俺は頭蓋骨を抱えながら続ける。


「俺がお前の側で何もしないってことは、世界と俺の精神にとってマイナスだから」

「大体、常にお前といて、俺が俺らしくいられると思うか?」

「思うけど」

 魔王が即答した。


「嫌と言われたら、ちゃんと話し合うわ。世界の外に追い出す儀式なんかしないし、英雄の魂なんてどうでもいい。外の世界に行きたいって言ったら、監視はつけるけど、止めたりはしない」

「聞き分けが良すぎて、逆に怖いんだが」

「だって、そうしないとあなた残ってくれないでしょ? また浮気されるくらいなら、こっちの方がいいじゃない」

「それに——」

 魔王が小さく笑う。


「私が束縛して刺し殺しちゃったのに、こうやって世界の果てでも一緒になれたんだから」

「今度は、ちゃんと一緒にいられる方法を試してみたいのよ」

 議場の空気が、一瞬だけ柔らかくなる。

 聖女もリリスも、何も言わずに黙っていた。

「教会側は?」

 魔王が聖女を見る。

「英雄の条件をどこまで——」


「全部飲みますっ!」

 聖女がすぐに被せていく。

「世界の外に追い出す儀式は絶対に反対です!」

「魔王城への安置は大反対ですが、英雄様ご本人が望まれるなら、一時的な滞在は認めますっ!」

(まあ、今と同じだな。その度に来られても困るんだが)

「聖水の量もちょっとだけ減らしますっ!」

「そこは譲れないんだな」

 俺が肩の骨を落としながら聖女を見ると、まだ終わってませんよ、といった様子で続けていく。


「所有物だなんて言いません。英雄様は神のものであって、一応、私のものではありませんから」

(分かってたんかい!)

「その代わり——英雄様が帰る場所が“ここ”なんだと、信じさせてください」

 聖女が胸に手を当てながら、祈るように呟いた。

「私と、私の信じる神の元に。英雄様は私たちの希望ですから」


「神と私の慈悲を英雄様に——」


 聖女の祈祷で、議場はまるで礼拝所のように。祈りの言葉が続いたら、そのまま俺の冥福さえ祈られてしまいそうだった。

「リリスは?」

 魔王が最後に問いかける。

「英雄の条件、“世界の外に追い出さないこと”。これ、飲めるの?」

「飲んでもらわないと、私と全面対決になるんだけど」

(言われてみればそうだよな。こいつらが対立したら、魔王軍が考え方の違いでも分断するだろう)


「……」

 リリスの手が、膝の上でそっと握られる。

 しばらく沈黙に包まれてから——

「“完全に捨てない”形なら。本来の英雄の魂を戻して、あなたの魂を“完全消去”ではなく、別の器へと移す」

「英雄の身体は世界と接続されすぎています。あなたが入っていると世界がおかしくなってしまう」

「なので——」

 リリスが俺を真剣に見つめる。


「英雄の身体は本当の英雄に返すこと。あなたの魂は、“世界の外ではなく”、別の“安全な容れ物”へ移すこと。そこで“何もしない”でいていただくつもりです」

(真っ当な選択だな。容れ物ってのが気になるが)


「と、いうことは——」

 リサが何かに頷いている。

「位牌に移す、ということですか。何か違う選択肢があるのでしょうか」

「嫌だな、それマジで。何もしないっていうか、もはや何も出来ねぇじゃん」

 宗教担当の聖女の反応がなかった。


「そうですね」

 リリスが真顔で頷く。

「安全で、誰にも侵されない、世界の外でも中でもない、境界の箱——そこに、あなたを“保管”させていただく」

「俺をそんなところにしまうな! 魂をストレージに移しちゃうのかよ!」

(永遠の不自由だろ)


「違います。世界のどこにも属さない“聖域”ですから」

「正しく魂がいられる場所です。どうか安らかに収納されてください」

「なんか一番やべえ案来たな」

 世界のためでもあり、本来の英雄のためでもある。そして、一応、俺を完全消去はしない。

(良いのか、これは?)

「はい、では——」

 魔王が手を叩いた。


「各陣営とも、『英雄の完全消去』はなし」


「魔王案:魔王城での“愛の軟禁+境界線交渉”。聖女案:教会で放置、“逃げる場所”の要求。リリス案:本物の英雄復活+現行魂は“ストレージ”で保管」


「おかしいです! 魔王城に愛なんてあるはずがありませんっ!」

「しかも私の案だけ、変に脚色されてますっ!」

 聖女が杖を握りしめながら、立ち上がる。


「大体でいいのよ、こんなもん。文句あるなら、魔王になって出直しなさい」

(相変わらず、恐ろしい奴だよな……)

 背骨が戦慄していた。


「じゃあ、英雄本人の選択を聞こうかしら?」


「どの女を選ぶのかしらね、ユウト君は」


「やめろ、その言い方! 暫定的にだからな?」

「ええ、“暫定的”よ。ただし、“何も選ばない”は通用しないわ」


「選びすぎちゃうのも、ちょっと良くないけど——」

 魔王が挑戦的な目で俺を見る。


(なんで面倒ごとを避けようとしたのに、こんな目に遭ってんだろうな)

 逃げて、死んで、異世界でまた逃げようとしたってのに——結局、選ぶことに直面する。


(骨になった今では、良い選択なんて残っちゃいないのに——きっとそういう仕組みなんだろうな、世界って奴はさ)


「善意なんてもんで、俺をどこかに押しこめるのは絶対に無しだ。愛があっても駄目なもんは駄目だ」


 現世で刺された時の「誰にも渡さない」。

 異世界での「世界のため」。

 聖女の「信仰のため」。

 全部が“愛”のふりをしながら、俺の自由を奪ってきた。


「何を選ぶにしても——」

 魔王を見て。

 聖女を見て。

 リリスを見て。

 ついでにリサと姫も見る。


「嫌って言ったら一旦止まること。それだけは絶対条件にさせてもらう」

 魔王が小さく笑った。


「“刺す前に話す”ね。嫌で簡単に止まれないから魔王なんだけど」

(簡単に刺すなよ!)


「神に誓って、英雄様の“嫌”を無視しませんっ!」

(これで聖水からは逃れられそうだな)

 聖女も慌てて手を挙げる。そして何かに祈っていた。


「そうですね。私も本当に経験した訳ではありませんし……」

「世界が今の状態である以上、世界が今の状態のまま続かないとも限らない。それも一つの正しさとして、一旦退かせていただきます」

 リリスも、納得はしきれないようだったが頷いてはいた。

「しかし状況が変われば、対応も変わります。その時には、英雄様にも協力していただくことになりますから」

(箱に押しこめられたくねぇ!)


「……はいはい、沢山の女と和やかムード。ちょっと気に入らないけど」

 魔王が不満そうな顔をした後に、軽く笑った。


「暫定結論:

 当面は魔王城に居候。教会との往復と、リリス案の“境界の箱”は、全員と本人で継続協議ってことで」


「何も変わってないよな、これ」

「世界なんてそんなものよ。話し合ったことが大事なんでしょう?」

 魔王が俺に向かって、何を言ってるのよ、と。


「大事なのは、誰も“勝手に決めない”って合意ができたことね」

「……まあ、そうだな」

(なんか、すげぇ消耗したな。生前の俺が面倒くさがるわけだ)

「では、本日の会談は——」

 魔王が拍手で締めようとした、その時。

 会議室の扉が、勢いよく開いた。


「ま、魔王様っ!!」

 さっき総務部で見たゴブリンが、息を切らせながら飛びこんでくる。

「へ、辺境区からの緊急報告です!」

「忙しないわね。で、何があったの?」


「辺境師団を統率する——」

 ゴブリンが、ごくりと唾を飲みこんだ。

「魔王軍の一部将校が、“新たな魔王擁立”の準備を始めているとのことです!!」

 会議室の空気が、一瞬で凍りついた。

 ゆっくりと、全員の視線がリリスに向く。

「裏切り、かしら。ふふっ、やるわねぇリリス……」

 魔王が覇気に満ちていく。怒りというよりも、破壊衝動を伴った殺気。


「報告からすると、あり得ないことではないとは思っていましたが……」

 しかしリリスは——

 驚いたように目を見開き、ほんの少しだけ、苦笑に似た笑みを浮かべていた。

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