5-8 骨、自由を主張する
「議長として整理すると」
魔王が指を鳴らすと、空中に簡易な図が浮かび上がった。
「・魔王案:
・英雄は魔王城に安置。
・魔王のそばで“何もしない”が、魔王の感情を考慮。
・ユウトの自由<魔王の気分」
「最後おかしくない? 駄目な図式だったはずだよね、それ」
(現世でのトラウマ、再び)
「・聖女案:
・英雄は教会に安置。
・象徴として“何もしない”自由を保障するが、聖水による維持管理つき。
・信仰>英雄の自由」
「魔王案と大差ねえだろ!」
(俺の自由よりも信仰の方が優先かい!)
「・リリス案:
・本物の英雄の魂を呼び戻し、器に戻す。
・現行の魂は世界の外へ退去。
・世界の安定&筋は通るが、英雄(仮)は消える」
「急に真面目なの来たな。確かに俺たちは英雄と魔王だからな」
「・英雄本人案:
・何の所有物でもない“自由”でいたい。
・存在は消さず、腐りすぎない程度に放っておいてほしい。
・世界も壊したくないし、責任も負いたくない」
「合ってる、確かに合ってるんだけどさ。ただのクズの主張にしか聞こえねぇ!」
なぜか魔王が俺を見ながら、微笑んでいた。
◇
「さて、と。ここからが本番よ」
「“英雄の条件”を、各陣営とどこまで折り合わせるかのフェーズね」
「交渉の本番だな。俺の主張を通そう」
(完全に無視かよ!)
誰からも返事はなかった。
しかし、話し合いから逃げて消された俺が、今度は話し合わないと消される立場になってるってのも、皮肉な話だよな。
「じゃあまず——魔王案。“英雄は魔王のそばで何もしない”」
俺は頭蓋骨を抱えながら続ける。
「俺がお前の側で何もしないってことは、世界と俺の精神にとってマイナスだから」
「大体、常にお前といて、俺が俺らしくいられると思うか?」
「思うけど」
魔王が即答した。
「嫌と言われたら、ちゃんと話し合うわ。世界の外に追い出す儀式なんかしないし、英雄の魂なんてどうでもいい。外の世界に行きたいって言ったら、監視はつけるけど、止めたりはしない」
「聞き分けが良すぎて、逆に怖いんだが」
「だって、そうしないとあなた残ってくれないでしょ? また浮気されるくらいなら、こっちの方がいいじゃない」
「それに——」
魔王が小さく笑う。
「私が束縛して刺し殺しちゃったのに、こうやって世界の果てでも一緒になれたんだから」
「今度は、ちゃんと一緒にいられる方法を試してみたいのよ」
議場の空気が、一瞬だけ柔らかくなる。
聖女もリリスも、何も言わずに黙っていた。
◇
「教会側は?」
魔王が聖女を見る。
「英雄の条件をどこまで——」
「全部飲みますっ!」
聖女がすぐに被せていく。
「世界の外に追い出す儀式は絶対に反対です!」
「魔王城への安置は大反対ですが、英雄様ご本人が望まれるなら、一時的な滞在は認めますっ!」
(まあ、今と同じだな。その度に来られても困るんだが)
「聖水の量もちょっとだけ減らしますっ!」
「そこは譲れないんだな」
俺が肩の骨を落としながら聖女を見ると、まだ終わってませんよ、といった様子で続けていく。
「所有物だなんて言いません。英雄様は神のものであって、一応、私のものではありませんから」
(分かってたんかい!)
「その代わり——英雄様が帰る場所が“ここ”なんだと、信じさせてください」
聖女が胸に手を当てながら、祈るように呟いた。
「私と、私の信じる神の元に。英雄様は私たちの希望ですから」
「神と私の慈悲を英雄様に——」
聖女の祈祷で、議場はまるで礼拝所のように。祈りの言葉が続いたら、そのまま俺の冥福さえ祈られてしまいそうだった。
◇
「リリスは?」
魔王が最後に問いかける。
「英雄の条件、“世界の外に追い出さないこと”。これ、飲めるの?」
「飲んでもらわないと、私と全面対決になるんだけど」
(言われてみればそうだよな。こいつらが対立したら、魔王軍が考え方の違いでも分断するだろう)
「……」
リリスの手が、膝の上でそっと握られる。
しばらく沈黙に包まれてから——
「“完全に捨てない”形なら。本来の英雄の魂を戻して、あなたの魂を“完全消去”ではなく、別の器へと移す」
「英雄の身体は世界と接続されすぎています。あなたが入っていると世界がおかしくなってしまう」
「なので——」
リリスが俺を真剣に見つめる。
「英雄の身体は本当の英雄に返すこと。あなたの魂は、“世界の外ではなく”、別の“安全な容れ物”へ移すこと。そこで“何もしない”でいていただくつもりです」
(真っ当な選択だな。容れ物ってのが気になるが)
「と、いうことは——」
リサが何かに頷いている。
「位牌に移す、ということですか。何か違う選択肢があるのでしょうか」
「嫌だな、それマジで。何もしないっていうか、もはや何も出来ねぇじゃん」
宗教担当の聖女の反応がなかった。
「そうですね」
リリスが真顔で頷く。
「安全で、誰にも侵されない、世界の外でも中でもない、境界の箱——そこに、あなたを“保管”させていただく」
「俺をそんなところにしまうな! 魂をストレージに移しちゃうのかよ!」
(永遠の不自由だろ)
「違います。世界のどこにも属さない“聖域”ですから」
「正しく魂がいられる場所です。どうか安らかに収納されてください」
「なんか一番やべえ案来たな」
世界のためでもあり、本来の英雄のためでもある。そして、一応、俺を完全消去はしない。
(良いのか、これは?)
◇
「はい、では——」
魔王が手を叩いた。
「各陣営とも、『英雄の完全消去』はなし」
「魔王案:魔王城での“愛の軟禁+境界線交渉”。聖女案:教会で放置、“逃げる場所”の要求。リリス案:本物の英雄復活+現行魂は“ストレージ”で保管」
「おかしいです! 魔王城に愛なんてあるはずがありませんっ!」
「しかも私の案だけ、変に脚色されてますっ!」
聖女が杖を握りしめながら、立ち上がる。
「大体でいいのよ、こんなもん。文句あるなら、魔王になって出直しなさい」
(相変わらず、恐ろしい奴だよな……)
背骨が戦慄していた。
「じゃあ、英雄本人の選択を聞こうかしら?」
「どの女を選ぶのかしらね、ユウト君は」
「やめろ、その言い方! 暫定的にだからな?」
「ええ、“暫定的”よ。ただし、“何も選ばない”は通用しないわ」
「選びすぎちゃうのも、ちょっと良くないけど——」
魔王が挑戦的な目で俺を見る。
(なんで面倒ごとを避けようとしたのに、こんな目に遭ってんだろうな)
逃げて、死んで、異世界でまた逃げようとしたってのに——結局、選ぶことに直面する。
(骨になった今では、良い選択なんて残っちゃいないのに——きっとそういう仕組みなんだろうな、世界って奴はさ)
「善意なんてもんで、俺をどこかに押しこめるのは絶対に無しだ。愛があっても駄目なもんは駄目だ」
現世で刺された時の「誰にも渡さない」。
異世界での「世界のため」。
聖女の「信仰のため」。
全部が“愛”のふりをしながら、俺の自由を奪ってきた。
「何を選ぶにしても——」
魔王を見て。
聖女を見て。
リリスを見て。
ついでにリサと姫も見る。
「嫌って言ったら一旦止まること。それだけは絶対条件にさせてもらう」
魔王が小さく笑った。
「“刺す前に話す”ね。嫌で簡単に止まれないから魔王なんだけど」
(簡単に刺すなよ!)
「神に誓って、英雄様の“嫌”を無視しませんっ!」
(これで聖水からは逃れられそうだな)
聖女も慌てて手を挙げる。そして何かに祈っていた。
「そうですね。私も本当に経験した訳ではありませんし……」
「世界が今の状態である以上、世界が今の状態のまま続かないとも限らない。それも一つの正しさとして、一旦退かせていただきます」
リリスも、納得はしきれないようだったが頷いてはいた。
「しかし状況が変われば、対応も変わります。その時には、英雄様にも協力していただくことになりますから」
(箱に押しこめられたくねぇ!)
「……はいはい、沢山の女と和やかムード。ちょっと気に入らないけど」
魔王が不満そうな顔をした後に、軽く笑った。
「暫定結論:
当面は魔王城に居候。教会との往復と、リリス案の“境界の箱”は、全員と本人で継続協議ってことで」
「何も変わってないよな、これ」
「世界なんてそんなものよ。話し合ったことが大事なんでしょう?」
魔王が俺に向かって、何を言ってるのよ、と。
「大事なのは、誰も“勝手に決めない”って合意ができたことね」
「……まあ、そうだな」
(なんか、すげぇ消耗したな。生前の俺が面倒くさがるわけだ)
◇
「では、本日の会談は——」
魔王が拍手で締めようとした、その時。
会議室の扉が、勢いよく開いた。
「ま、魔王様っ!!」
さっき総務部で見たゴブリンが、息を切らせながら飛びこんでくる。
「へ、辺境区からの緊急報告です!」
「忙しないわね。で、何があったの?」
「辺境師団を統率する——」
ゴブリンが、ごくりと唾を飲みこんだ。
「魔王軍の一部将校が、“新たな魔王擁立”の準備を始めているとのことです!!」
会議室の空気が、一瞬で凍りついた。
ゆっくりと、全員の視線がリリスに向く。
「裏切り、かしら。ふふっ、やるわねぇリリス……」
魔王が覇気に満ちていく。怒りというよりも、破壊衝動を伴った殺気。
「報告からすると、あり得ないことではないとは思っていましたが……」
しかしリリスは——
驚いたように目を見開き、ほんの少しだけ、苦笑に似た笑みを浮かべていた。




