5-7 骨争奪・四者会談
魔王城の広い会議室。中央には大きな円卓がある。中庭で『英雄争奪・四者会談やりましょう』と魔王が宣言してからの流れが、恐ろしく早かった。
円卓の大きさに対して、椅子は四つ——いや、棺桶用には立派な台が追加されていた。
(もはや火葬前の棺の気持ちです)
「はい、議長席はここ」
魔王が一番奥の椅子に座る。
聖女、リリスがそれぞれ横に。
リサと姫はオブザーバー席らしく、壁際の椅子に座った。
四体目の俺はというと——
「はい、ここ。英雄様席」
「台じゃなくて、祭壇じゃねぇか」
入り口側に、円卓と同じ高さの祭壇。そこには、棺桶がしっかり安置できる。
誰がどう見ても、会談っていうよりお通夜だけど。
「お供え物はいるかしら? 確かコンソメ味のスナック菓子が好きだったわよね」
「生前はな。って、俺を死体ギャグに巻きこむな!」
お前もこっち側だろと思いつつ、会議の始まりを待つ。
◇
「では、開会します」
魔王がパン、と手を叩いた。
「議題:
『英雄(仮)ユウトを、今後どう扱うか』について」
「(仮)って何だよ」
「だって本物の英雄の魂じゃないし。ユウト君じゃ分からないでしょ」
(それはそうだけど)
「議長提案により、本日は
1.各陣営の“英雄利用方針”の表明
2.英雄本人の希望の聴取
3.暫定合意案の決定
……の三部構成とします」
「おお、なんか会議っぽいですね」
リサが感心しながら、資料を机の上にまとめていく。
「議事録は私が取っておきます。心の動きまで数値化してみます」
「感情フローチャート……ああ、素敵。手の中で全てが分かってしまう……」
◇
「ではまず、私たちから」
魔王が椅子にもたれながら、脚を組んだ。
「方針は簡単よ。英雄は私のそばで、永遠に生きる」
「異議ありっ! すでに俺は死んでいる!」
キメ台詞を吐いたが、誰も聞いていなかった。
「・世界は私が何とかする。魔王軍の統治も、戦争も、政治も、税制も。英雄はそれを横目に、棺桶で昼寝してていい……」
「なんだそれ、最高じゃねぇか」
魔王のプランでは、理想の永眠級の"何もしない"が保証されていた。
「でしょ?」
「待て待て。そんな上手い話があるかよ」
疑う俺に対して、聖女がヘッドバンギング並みの肯定を見せていた。
「魔王ですからね! どうせ後出しの条件が——」
「あるわよ。当たり前じゃない」
あっさりと認めた魔王に対して、聖女が拍子抜けしていた。
「ただし、逃げないこと。私が話したい時は常に話を聞いてくれること。英雄が嫌だと言ったら、ほんの少しだけ聞き入れること」
「ほんの少しだけって言ったよな」
「聞き入れはするから。従うとは言ってないけど」
「それが束縛っていうんだよ!」
そもそもの基準が終わっているので、普通のラインになかなかたどり着いてくれない。
「前より成長してるでしょ?」
「昔はね、“嫌だ”って言われる前に、全部握り潰してたから——」
魔王が微笑みながら、祭壇を眺めていた。
(開き直りがすごいな)
「補足すると——私の案は、“英雄の自由意志”を認めるけど、“英雄の居場所”は魔王城に固定、ということね」
(やっぱり束縛じゃねぇか!)
「要するに、世界の外で迷子になるなら、私の横で一生、手を繋いでなさい」
「一周回ってロマンチックに聞こえなくもないけど、普通に怖すぎるからな」
まるで遠回しの告白のようだが、全然有り難くなかった。
◇
「次、聖女陣営」
「はいっ! 私もたくさんありますからっ!」
勢いよく立ち上がった聖女。
「私がご提案するのは——」
「英雄様の“正しく何もしない”の実現です!」
「だからそのフレーズ何なんだよ」
(なんか会談っていうか、プレゼン発表みたいになってきてるんだが)
「英雄様は、本来休んでいて良い存在です。墓から呼び戻したのは私たちなのですが……」
聖女が胸に手を当てて、祈るようなポーズ。
「英雄としての役目は果たされている。過去には世界を救い、人々を導き、今でも篤い信仰の対象です——」
「最近は皆をビビらせてばっかりだけど」
「細かいことは置いときます。何だっていいんです」
(置くな。何だって良くない)
「ですから、英雄様には——」
「教会の聖堂で、静かに、尊く、何もしないでいていただく。世界は神が何とかします。英雄様は、私のそばに居るだけで良いのです」
「こんな骨を、わざわざ聖堂に置いとくのか」
「違います! 聖躯です!」
聖女が続ける。
「魔王や魔族との接触は厳禁です。危険な思想に触れて、英雄様が堕落してしまうと大変なので。浮気も厳禁です。元カノとの精神的なつながりも清めます」
「あとは不謹慎な本も禁止です。聖女ものは清めてから判断します——」
「なんか魔王よりヤバいんだけど」
俺は棺桶の中でドン引きしていた。
「あと、私が毎朝、聖水でお清めします」
「出たよ。死後の拷問」
「安心してください。最近は適量を把握してきましたから!」
(たまに溶けかけるけどな!)
「まとめると——」
魔王が指を折る。
「教会案:英雄は教会に安置され、世界のために“象徴”となり何もしない。毎朝、聖女の聖水による定期点検がついてくる」
「これは宗教と独占欲が高レベルで融合してますね」
リサが感心していた。
◇
「では、リリス陣営——」
呼ばれたリリスは、静かに立ち上がった。
「私の提案は——英雄の魂と身体に、本来の主を戻すことです」
部屋の空気が急に引き締まっていく。
「本来、この世界には“英雄として生きぬいた魂”がいたはずです」
「その魂が、何らかのミスで行き場を失い、世界の外側を漂ってしまっている」
「なぜか“本来この世界に属さない”はずのあなたが、英雄の器に入ってしまった」
(器か。そういうと確かにカッコいいけど、ただの骨なんだよなぁ)
「そう。だからこそ——」
リリスが、まっすぐ俺を見た。
「正しい術式を用いて、本来の英雄の魂を呼び戻す。あなたの魂は、世界の外側に“優しく退去”していただく。これ以上、世界の理を歪めないために」
「優しく退去って何だよ。一体、どこに行くんだよ」
「痛みはありませんから。意識も、ゆっくりと優しく薄れていくだけです」
「それを怖いって言うんだよ。すでに一回経験してるけどな」
俺の発言に、リリスが顔を曇らせていた。
「この世界に居場所を持たない魂が、無理に居続けてしまう方が、ずっと苦しいことになると私は思います」
「世界の外側で、静かに安らいでいただきたいというわけだな」
「はい。それが英雄様の為でもあり、この世界の正しいあり方です——」
リリスが議長である姉をまっすぐに見つめていた。
「私の案は、“世界の修復”と“英雄の復活”を同時に満たす、最も正しい案です」
「俺の魂は外に行っちまうんだけどな」
(要するに、この世界での生者の永眠と同じだよな。それって俺が願っていたことなのでは?)
「サラッとそういうこと言わないの。あなたに自由なんてないし」
「説得力がありすぎるんだよ!」
「リリスの思い通りになんてさせない。この世界は魔王のものなんだから——」
魔王が議長席から俺を睨んでいた。
(まさか世界ごと束縛するつもりか?)
◇
「で、最後。ユウト」
「お前、それは現世での名前だよ!」
魔王の視線が、こちらに向いた。
聖女も興味津々と言った様子だが、今は無視して進める。
「あなたの、第一希望は?」
「そりゃ、もちろん永眠。次に何もしない自由」
「却下。私のお喋りに付き合ってもらうから」
「絶対ダメですっ! 私の隣にいるという義務がありますっ!」
「尊重して差し上げたいところですが。それなら、なおさら本物の魂に器を渡していただかないと」
三者の意見がほぼ同時に。頭蓋骨に声がじんじん響いていた。
「全会一致で否決されましたね」
「びっくりするほど即決だったな。オークションが嘘みたいだ」
円卓が静まったのを見てから、魔王が告げる。
「はい、じゃあ第二希望」
「誰の所有物にもならない。LINEも即レスはしない」
はっきり言ってやる。俺の権利を守るために。
「魔王のものでも、教会の聖躯でも、世界の均衡の為でもない——ただ“英雄の身体に入ったユウト”として、自己決定権を主張する」
「もはやプロテスタントですね——」
リサが何やらメモを取っていた。
「自らの意志を重視。責任は取りたくない。やっぱり勝手に消されるのは嫌——人間味に溢れてるだろ。骨だけどな」
「第三希望は?」
魔王が、身を乗り出してくる。
「“何もしない”って、具体的にどういう状態なのよ」
「泰然自若とでも、言いたいところだが——」
俺はしばらく考える。
(本当に面倒くさい。しかし何も考えないで放っておくと、俺の未来が勝手に決められてしまう)
(それが一番、腹立つんだよな。俺がいる意味ねぇじゃん、って)
「誰かの“正しさ”のために犠牲にならない。誰かの“愛”のために刺されない。誰かの“信仰”のための犠牲にされない。誰かの“制度”のために利用されない」
「凄いですね。全てにノーを突きつけている」
「こいつが、骨倫理宣言だ——」
リサが再びメモを取り始める。
「“面倒だ”って言えること。“面倒”を、ちゃんと尊重すること。選ばなかった責任を、一人が全部引き受けないこと」
しん、と部屋が静かになった。三人が顔を見合わせている。
「それ、って——」
最初に言葉を発したのはリリスだった。
「“普通の人間らしく扱ってほしい”ってことですか?」
「まぁ、そうかもしれん」
英雄でも、聖躯でも、不具合でもなく。
ただの、面倒くさがりの一人として。
「英雄じゃない魂だしさ、俺——身体だけ英雄って、めちゃくちゃ面倒なんだよ」




