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5-7 骨争奪・四者会談

 魔王城の広い会議室。中央には大きな円卓がある。中庭で『英雄争奪・四者会談やりましょう』と魔王が宣言してからの流れが、恐ろしく早かった。

 円卓の大きさに対して、椅子は四つ——いや、棺桶用には立派な台が追加されていた。

(もはや火葬前の棺の気持ちです)


「はい、議長席はここ」

 魔王が一番奥の椅子に座る。

 聖女、リリスがそれぞれ横に。

 リサと姫はオブザーバー席らしく、壁際の椅子に座った。


 四体目の俺はというと——


「はい、ここ。英雄様席」

「台じゃなくて、祭壇じゃねぇか」

 入り口側に、円卓と同じ高さの祭壇。そこには、棺桶がしっかり安置できる。

 誰がどう見ても、会談っていうよりお通夜だけど。


「お供え物はいるかしら? 確かコンソメ味のスナック菓子が好きだったわよね」

「生前はな。って、俺を死体ギャグに巻きこむな!」

 お前もこっち側だろと思いつつ、会議の始まりを待つ。

「では、開会します」

 魔王がパン、と手を叩いた。

「議題:

 『英雄(仮)ユウトを、今後どう扱うか』について」

「(仮)って何だよ」

「だって本物の英雄の魂じゃないし。ユウト君じゃ分からないでしょ」

(それはそうだけど)


「議長提案により、本日は

 1.各陣営の“英雄利用方針”の表明

 2.英雄本人の希望の聴取

 3.暫定合意案の決定

 ……の三部構成とします」


「おお、なんか会議っぽいですね」

 リサが感心しながら、資料を机の上にまとめていく。

「議事録は私が取っておきます。心の動きまで数値化してみます」

「感情フローチャート……ああ、素敵。手の中で全てが分かってしまう……」

「ではまず、私たちから」

 魔王が椅子にもたれながら、脚を組んだ。

「方針は簡単よ。英雄は私のそばで、永遠に生きる」

「異議ありっ! すでに俺は死んでいる!」

 キメ台詞を吐いたが、誰も聞いていなかった。


「・世界は私が何とかする。魔王軍の統治も、戦争も、政治も、税制も。英雄はそれを横目に、棺桶で昼寝してていい……」

「なんだそれ、最高じゃねぇか」

 魔王のプランでは、理想の永眠級の"何もしない"が保証されていた。

「でしょ?」

「待て待て。そんな上手い話があるかよ」

 疑う俺に対して、聖女がヘッドバンギング並みの肯定を見せていた。


「魔王ですからね! どうせ後出しの条件が——」

「あるわよ。当たり前じゃない」

 あっさりと認めた魔王に対して、聖女が拍子抜けしていた。

「ただし、逃げないこと。私が話したい時は常に話を聞いてくれること。英雄が嫌だと言ったら、ほんの少しだけ聞き入れること」

「ほんの少しだけって言ったよな」

「聞き入れはするから。従うとは言ってないけど」

「それが束縛っていうんだよ!」

 そもそもの基準が終わっているので、普通のラインになかなかたどり着いてくれない。


「前より成長してるでしょ?」

「昔はね、“嫌だ”って言われる前に、全部握り潰してたから——」

 魔王が微笑みながら、祭壇を眺めていた。

(開き直りがすごいな)

「補足すると——私の案は、“英雄の自由意志”を認めるけど、“英雄の居場所”は魔王城に固定、ということね」

(やっぱり束縛じゃねぇか!)


「要するに、世界の外で迷子になるなら、私の横で一生、手を繋いでなさい」


「一周回ってロマンチックに聞こえなくもないけど、普通に怖すぎるからな」

 まるで遠回しの告白のようだが、全然有り難くなかった。

「次、聖女陣営」

「はいっ! 私もたくさんありますからっ!」

 勢いよく立ち上がった聖女。

「私がご提案するのは——」

「英雄様の“正しく何もしない”の実現です!」

「だからそのフレーズ何なんだよ」

(なんか会談っていうか、プレゼン発表みたいになってきてるんだが)


「英雄様は、本来休んでいて良い存在です。墓から呼び戻したのは私たちなのですが……」

 聖女が胸に手を当てて、祈るようなポーズ。


「英雄としての役目は果たされている。過去には世界を救い、人々を導き、今でも篤い信仰の対象です——」


「最近は皆をビビらせてばっかりだけど」

「細かいことは置いときます。何だっていいんです」

(置くな。何だって良くない)


「ですから、英雄様には——」

「教会の聖堂で、静かに、尊く、何もしないでいていただく。世界は神が何とかします。英雄様は、私のそばに居るだけで良いのです」


「こんな骨を、わざわざ聖堂に置いとくのか」

「違います! 聖躯です!」

 聖女が続ける。


「魔王や魔族との接触は厳禁です。危険な思想に触れて、英雄様が堕落してしまうと大変なので。浮気も厳禁です。元カノとの精神的なつながりも清めます」


「あとは不謹慎な本も禁止です。聖女ものは清めてから判断します——」


「なんか魔王よりヤバいんだけど」

 俺は棺桶の中でドン引きしていた。

「あと、私が毎朝、聖水でお清めします」

「出たよ。死後の拷問」

「安心してください。最近は適量を把握してきましたから!」

(たまに溶けかけるけどな!)


「まとめると——」

 魔王が指を折る。

「教会案:英雄は教会に安置され、世界のために“象徴”となり何もしない。毎朝、聖女の聖水による定期点検がついてくる」

「これは宗教と独占欲が高レベルで融合してますね」

 リサが感心していた。

「では、リリス陣営——」

 呼ばれたリリスは、静かに立ち上がった。

「私の提案は——英雄の魂と身体に、本来の主を戻すことです」

 部屋の空気が急に引き締まっていく。


「本来、この世界には“英雄として生きぬいた魂”がいたはずです」

「その魂が、何らかのミスで行き場を失い、世界の外側を漂ってしまっている」

「なぜか“本来この世界に属さない”はずのあなたが、英雄の器に入ってしまった」

(器か。そういうと確かにカッコいいけど、ただの骨なんだよなぁ)


「そう。だからこそ——」

 リリスが、まっすぐ俺を見た。


「正しい術式を用いて、本来の英雄の魂を呼び戻す。あなたの魂は、世界の外側に“優しく退去”していただく。これ以上、世界の理を歪めないために」

「優しく退去って何だよ。一体、どこに行くんだよ」

「痛みはありませんから。意識も、ゆっくりと優しく薄れていくだけです」

「それを怖いって言うんだよ。すでに一回経験してるけどな」

 俺の発言に、リリスが顔を曇らせていた。


「この世界に居場所を持たない魂が、無理に居続けてしまう方が、ずっと苦しいことになると私は思います」

「世界の外側で、静かに安らいでいただきたいというわけだな」

「はい。それが英雄様の為でもあり、この世界の正しいあり方です——」

 リリスが議長である姉をまっすぐに見つめていた。


「私の案は、“世界の修復”と“英雄の復活”を同時に満たす、最も正しい案です」

「俺の魂は外に行っちまうんだけどな」

(要するに、この世界での生者の永眠と同じだよな。それって俺が願っていたことなのでは?)


「サラッとそういうこと言わないの。あなたに自由なんてないし」

「説得力がありすぎるんだよ!」

「リリスの思い通りになんてさせない。この世界は魔王のものなんだから——」

 魔王が議長席から俺を睨んでいた。

(まさか世界ごと束縛するつもりか?)

「で、最後。ユウト」

「お前、それは現世での名前だよ!」

 魔王の視線が、こちらに向いた。

 聖女も興味津々と言った様子だが、今は無視して進める。


「あなたの、第一希望は?」

「そりゃ、もちろん永眠。次に何もしない自由」

「却下。私のお喋りに付き合ってもらうから」

「絶対ダメですっ! 私の隣にいるという義務がありますっ!」

「尊重して差し上げたいところですが。それなら、なおさら本物の魂に器を渡していただかないと」

 三者の意見がほぼ同時に。頭蓋骨に声がじんじん響いていた。


「全会一致で否決されましたね」

「びっくりするほど即決だったな。オークションが嘘みたいだ」

 円卓が静まったのを見てから、魔王が告げる。


「はい、じゃあ第二希望」

「誰の所有物にもならない。LINEも即レスはしない」

 はっきり言ってやる。俺の権利を守るために。


「魔王のものでも、教会の聖躯でも、世界の均衡の為でもない——ただ“英雄の身体に入ったユウト”として、自己決定権を主張する」


「もはやプロテスタントですね——」

 リサが何やらメモを取っていた。

「自らの意志を重視。責任は取りたくない。やっぱり勝手に消されるのは嫌——人間味に溢れてるだろ。骨だけどな」


「第三希望は?」

 魔王が、身を乗り出してくる。

「“何もしない”って、具体的にどういう状態なのよ」

「泰然自若とでも、言いたいところだが——」

 俺はしばらく考える。

(本当に面倒くさい。しかし何も考えないで放っておくと、俺の未来が勝手に決められてしまう)


(それが一番、腹立つんだよな。俺がいる意味ねぇじゃん、って)


「誰かの“正しさ”のために犠牲にならない。誰かの“愛”のために刺されない。誰かの“信仰”のための犠牲にされない。誰かの“制度”のために利用されない」


「凄いですね。全てにノーを突きつけている」


「こいつが、骨倫理宣言だ——」


 リサが再びメモを取り始める。


「“面倒だ”って言えること。“面倒”を、ちゃんと尊重すること。選ばなかった責任を、一人が全部引き受けないこと」


 しん、と部屋が静かになった。三人が顔を見合わせている。

「それ、って——」

 最初に言葉を発したのはリリスだった。

「“普通の人間らしく扱ってほしい”ってことですか?」

「まぁ、そうかもしれん」


 英雄でも、聖躯でも、不具合でもなく。

 ただの、面倒くさがりの一人として。


「英雄じゃない魂だしさ、俺——身体だけ英雄って、めちゃくちゃ面倒なんだよ」

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