5-6 骨、やはり巻きこまれる
「まあ、いいでしょう」
パンッと、魔王が軽く手を叩いた。
「英雄は、今のところちゃんと“何もしない”でここにいる」
「それをわざわざ“何かさせるため”に連れ戻しに来るだなんて——」
赤い瞳が、じっと聖女を射抜いた。
「一番、英雄の何もしない権利を侵害してるの、誰かしら?」
「当然、私ですっ!」
聖女が即答した。一歩も引く様子がない。
「自覚あったのかよ!」
「でも! 英雄様に“正しく何もしない”でいただくためには、常に私が、全ての誘惑からお守りしなければなりません!」
「束縛の言い換えやめろ。刺された痕が痛む」
(どうしてお前らは、同じロジックで動くんだ)
「魔王や偽物の聖女に惑わされて、間違った“何もしない”に堕ちてしまったら大変です!」
「“何もしない”に正解不正解があるのかよ。"そっとしとく"って選択肢も忘れてるぞ!」
俺がツッコんだところで、双翼の影が差した。
◇
「偽物の聖女、とはまた失礼な。聖女じゃなくて、元天使なんだけど——」
回廊の方から、鈴の音とともに声がする。
振り向くと、無彩色の羽根を揺らしながらルシフェリアが。その隣には、リリスも立っていた。
「王国側の聖女様。お会いできて光栄です」
「そっちの白い人は知りませんが、あっちは私と英雄様の夜を邪魔した女——」
「誤解を招く発言はやめなさい」
ルシフェリアが、さらっと言った。
しかし一瞬、魔王の眉間に皺が寄ったのを、俺は見逃さなかった。
(危なすぎるだろ。地雷原を颯爽と走り抜けていく)
「私は元天使として、“正しさ”と“堕落”の両方を見てきた——あなたは“片側だけ”に寄り過ぎている」
「何ですって! 英雄様への冒涜は許しませんっ!」
聖女が杖を構えなおす。
(批判されてるのお前だぞ、聖女)
「私の愛は純粋です! 英雄様を正しい道に導くために、私は全てを犠牲にする覚悟で——」
「そういうところが危ないって話をしてるんだけど。元天使としては見てらんないってこと」
ルシフェリアがため息をつく。指先の小さな魔弾を軽く弾くと、聖女の杖が宙を舞って、地面に突き刺さった。
「な、なんて強さなの——まるで悪魔のような強さです」
「はぁ? 喧嘩売ってんの?」
ルシフェリアが聖女の"悪口"に反応した。
——彼女の周辺を、闇と光の渦が包みはじめる。
「る、ルシフェリアさん! 今はそんなことしてる場合じゃありませんよ!」
リリスが慌てて止めて、何とか収まったが。ルシフェリアは不満そうな顔をしながら、そのまま聖女を睨んでいた。
「一同が揃ったって感じかしら。魔王としてはとても面白いところだわ」
「英雄としては、何とも言えないけどな——」
魔王、聖女、リリス。
それぞれの視線が、骨に突き刺さる。
(背骨がゾワっとしてる。何なんだよ、こいつらの覇気は)
「ここに、“世界の運命と一人の骸骨の今後”を決めるメンバーが揃ったわね」
「私と、聖女とリリス。そして商会代表に、バカ姫」
「バカ姫って可愛いあだ名。なんかぶっ壊したくなるかもー!」
どこからともなく砲台が現れる。
「はい、どーん!」
今度は、中庭を中心とした被害が。
「うわーっ! もうやめてくれー!」
「オレたちの洗濯物がー! 腰布が無くなっちまう!」
(めちゃくちゃ燃えてるのオークの腰布かよ! このままじゃ、魔王城がヌーディスト魔王城に!)
「せっかくだし、この場で一旦——」
魔王が、何かを思い立ったかのように。
「英雄争奪・四者会談でも開きましょうか——」
「会談?」
俺の背骨がざわつき始める。
「魔王と聖女とリリスと——それから英雄」
「それぞれが、“彼をどう扱うつもりか”と、“彼に何を望むのか”を語ってもらう」
「議長は?」
「もちろん、この私である魔王よ——」
(絶対、ロクな会議にならないだろ……)
「英雄様!」
聖女が力強く宣言する。
「安心してください! 邪悪な案は私が全て否決しますからっ!」
「会議がめちゃくちゃ長引くだろ!」
リリスが小さく息を吸った。
「私は——」
「世界の理を守りつつ、あなたの魂が無駄にならない道を提示します——“正しさ”と“安らぎ”の両方を叶える、唯一の案を。そのためなら、私も手段は選びません」
(一番危険なこと言ってないか、この子)
「私は議事録と分析を担当しますね。英雄様の心の変動を、定量化してみせます」
「やめろ。メンタルをアクティブに数値化するな」
(本来の俺は、メンタルの方が近い存在なのかもしれない)
「私はー?」
姫が手を挙げる。
「何も決まりそうになかったら、議場をぶっ壊す役ー?」
「最後の手段が物騒すぎるからな。映画のラストシーンとかじゃないんだよ」
そんなわけで——現世で話し合いを避けて死んだはずの俺は、異世界の魔王城で、どこにも逃げられず、クソ重い女たちの話し合い地獄に巻きこまれることとなった。
(マジで何の罰ゲームだよ、これ。ほんと面倒だな)




