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5-1 ブラック魔王城見学

 妙に居心地のいい魔王城。

 俺は棺桶で、涅槃を楽しんでいた。

(やばいな、これ。永眠しちまう)

 寝てはいない。

 死体だから、そもそも睡眠なんて必要ない。


 しかし——


(この棺桶、やっぱり寝心地がいいんだよな……)

 棺桶の蓋には、防音と消臭と簡易結界。

 最も安心して「何もしない」ができる場所と言っていい。


「起きてるの、ユウト君?」

 外から、魔王の声がする。

「開けてもいいの?」

「よくねぇよ。対面窓を開けるから待っとけ」

 カチャリと音を立てて、鍵を開ける。

 窓を開けると、魔王の顔がひょいっと覗きこんできていた。


「あ、ちゃんと骨、揃ってる」

「当たり前だろ。きちんと安置されてたわ」

「半分くらい欠けてても、再構成できるのかなって」

「やめろ。バラバラになると、面倒くさいんだよ」


「蓋も開けてよ。連れて行きたいところがあるの」

 棺桶をコツコツと何度も鳴らすので、俺は仕方なく内側から蓋を少しずらしたのだった。

 すぐに蓋が外されると、魔王が腕の骨を引き上げる。

「じゃあ、行きましょうか。魔王城デート」

「一日レンタル権、最大限楽しませてもらわないと」

 強制的に棺桶から引きずり出されると、俺は城の廊下を、骨格模型のように連行されていく。

「ここが魔王軍の総務部。何でも屋さんみたいなところかしらね」

「総務部? お前、そんなもん俺に見せていいのかよ」

「大丈夫じゃない? あなたたちじゃ、どうせここまで攻めてこれないし」

(敵城視察というわけか。まあなんかの役に立つかもしれない)


 案内されたのは、書類の山と、くたびれた魔族たちがひしめいている広い部屋。

「休暇申請の受付と、残業時間の集計と、魂の管理と、人間界への偽装派遣とか……色々やってるみたいね」

「ブラック感がすげえな。絶対に働きたくねえ」

「魔王軍、組織としてはかなりホワイトよ? だって、トップの私が何も言わないから」

「その気になれば、凄い権限が沢山あるらしいけど、誰も教えてくれないのよ」

(だからブラックになってんだよ! 手遅れになってから報告受けるんじゃ遅いんです!)


 近くのデスクでは、ゴブリンが机に突っ伏していた。

「ホワイト(休憩60分/拘束17時間)……」

「ホワイトの定義が狂ってるぞ。仕事のために生まれてきてるな、コイツら」

「英雄様、ヒドいですよ……」

 ゴブリンが顔を上げる。目の下にでっかいクマ。魔界の栄養ドリンクが山のように積まれている。

「昔は残業代出なかったんですから。今はちゃんと出るんですよ……? 魔王様のおかげで……」


「ほらね? この栄養ドリンクだって、私が用意したんだから」

「魔王領には滋養強壮に効く、謎の生物がたくさん棲みついてるし」

 魔王は胸を張っていたが、ゴブリンたちのほとんどがこちらを見る気力さえ残していなかった。

(このままほっとけば、勝手に弱体化していきそうだな)


「私、意外と改革派なのよ。先代との違いに皆、びっくりしたみたい」

「改革の前がどれだけ地獄だったのか察したくないな」

(今も十分終わってるけどな)

「魔王様ー! 昨日のサービス残業分の申請、まだ承認いただいてなくて……!」

「あー、あとで見るわ」

「三ヶ月前からそうおっしゃってますよ……」

 魔王が手をひらひら。魔族の悲嘆はまるで無視だった。

「今は時間が貴重なのよ。英雄レンタルの後でね」

「また後回しだぁ……俺たちの時間も大切にして欲しいです……」

 ゴブリンが項垂れる。

(うん。やっぱりここ、地獄だわ)

「次はここ。兵站部〜」

 長い廊下を抜けた先に、倉庫部屋がいくつも並んでいる。

 食料、武器、魔導資材など。

 魔族たちが慌ただしく出入りしながら、伝票を交わしていた。


「魔王軍も、本能で戦うだけじゃ生きていけないのよ。ご飯とお給料と出さなきゃ、もう誰も命懸けてくれないもの」

「まさかお前も『愛があれば生きていける』とか言ってないよな?」


 兵站部のリーダーらしきオークが、こちらに頭を下げてきた。

「魔王様。あの時は、その——」

「いいのよ。愛は通貨にはならないって分かったから」

(言ってたのかよ! なんで重い女は皆、愛を中心に置きたがるんだよ!)

「いえ、愛もありがたいんですが、換金レートが——」

(金の話は都合が悪いな。棺桶に引っこむか)


「じゃ、休憩がてら、中庭でも散歩しましょうか」

 話がひと段落したところで、魔王が立ち上がる。

「外の空気吸ってから、次に進みましょうか。大事な話もあるし」

「何の話だよ」


「“天使の妹”と、“世界のルール”の話よ」

「重要そうなことをサラッと言うな」

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