4-3 魔王の執務室と、二人きりのカウンセリング
「さぁ、こっちよ」
俺は棺桶ごと引きずられ、城の奥へと連れていかれる。
案内されたのは執務室らしき部屋だった。
(こんな普通に仕事してんのか)
巨大な机。山積みの書類。
壁には地図と、あちこちに注釈。
そして——
「おい、何でだよ」
「さすがに気づいたみたいね」
「壁一面に俺の肖像画を貼るな」
勇ましい英雄姿の俺。もちろんイメージ図だ。
骸骨姿。正直、他の骨と区別がつかないが、頭蓋骨の形状が似てる。
現世での懐かしい姿。俺もちょっと忘れかけてた。
(レイナからの愛が重すぎる!)
一面全部、俺。
これなら確かに執務の時でも忘れられない。
「モチベーションボードよ。士気向上というわけ」
「骨見ても、モチベーション上がらないだろ」
「上がるわよ。本当はずっと手元に置いておきたいんだから——」
「やめろよな。普通に恐ろしいだろ」
魔王は椅子に腰掛けると、指輪を撫でながら俺をじっと見つめた。
「じゃあ、始めましょうか」
「何をだよ」
「ちょっとした雑談——貴方と、この世界と、昔の私の話」
魔王が足を組み直してから、再び話を始めた。
「雑談にしては、ちょっと空気が重くないか」
「聖女に商会の女に、一応、姫。相変わらずモテてるわよね、ユウト君は」
「別にモテてねぇよ。勝手に寄ってくるだけだ」
「それ、“たまたま楽な方に流れただけ”よね」
魔王が射抜くような視線でこちらを見た。
「ねぇ、どうして、私を裏切ったの——」
直球な質問だった。覚えている範囲で答えることにする。
「裏切った。それはレイナの側の捉え方で」
「何、違うの? 浮気したのに?」
「違わないけど。あれも浮気っていうか」
はぁ、とため息をついた。どこまでいっても、同じようなことが続いている。
「——お前が重すぎたんだよ」
「気づかないわけないでしょう? で、その頃にはもう——私からは、心が離れていたのよね」
魔王が、わざとらしく首を傾げた。
「だから私、常にあなたが何をしているのか、いつも不安で不安で」
(一緒にいたいという感情がデカすぎて、もはや監視の段階に)
「LINEの既読タイミングで分析してた。途中から未読スルーされてたみたいだけど——」
「でも、“重いの嫌い”ってちゃんと言われたことなかったし、まだあなたも私を好きだと思ってたから」
魔王の目が、少し伏せられたような気がした。
「——ユウト君。本当に私のことを好きだったんだよね」
「……」
言葉に詰まる。最初は確かに好きだった。
でも、その後はどうだったんだろう。
(異世界に来て、英雄としての仕事がこれかよ)
最初は確かにそうだった。
クラスの天使が、自分の彼女になったってだけで舞い上がって、一緒に会うだけでドキドキして、既読がつくことすらも楽しみで。
でも、段々と息苦しくなってしまった。
「分からん。今となっては——」
「何よ、はっきりと言いなさいよ」
魔王の指輪が、かすかに赤く光る。
「——私なんかじゃなくて、他の子の方が、“楽で、可愛くて、気が利いてた”んでしょう?」
「……」
「ねぇ、ユウト君。本当は最初から、私の“中身”なんてどうでもよかったんじゃないの?」
全身の骨が軋む。
もう何も誤魔化せそうになかった。
「俺が好きだったのは、俺の知らないお前で——ただの"天使"が好きだっただけだよ」
魔王の瞳から、光が一瞬抜け落ちる。
しかし、すぐに力強く俺を捉えなおした。
「天使が俺の彼女っていう事実が欲しかっただけ——あれだけ可愛くて真面目なら、中身も天使だと思うだろ」
「天使か。嫌なあだ名だったな」
魔王が苦々しげに微笑んだ。
「こんな面倒だって最初から知ってたら、付き合ってねぇよ」
(俺はどうせ骨なんだ。あの頃みたいに、失うもんなんて、もうないからな)
「そう——」
魔王が、ゆっくりと瞬きをした。
「駅前でのこと、覚えてる?」
「“もう無理だ”って言ったあの日。“なかったことにしてくれ”って」
指輪が、静かに赤く輝いた。
「あの一言でね、ユウト君。私の世界は全部壊れちゃった」
「せっかく一緒になれたのに、本当の姿も見せたのに——」
レイナは不思議と力強かった。あの時のように憔悴もしていない。
「——だから、今度はこっちの番」
魔王が、楽しそうに笑った。
まるで壊れた何かを、もう一度、拾い上げるかのように——
「人間のユウト君と、ただのレイナとしては——出会わない方がよかったのかもしれない」
「でも英雄と魔王としては、もう手遅れよ」
魔王が、ゆっくりと笑った。
「“誰にも渡さない”って刺したから、二度と浮気はできないだろうし」
「思い出させるなよ。死んでからもトラウマなんだぞ、あれは」
「私も追いかけたの。とっても痛かった」
(さらっと地獄みたいなこと言うな)
「“世界の外側”へと、小さな光が向かっていたから」
「死と生の境界で私は言ったの。“せめてこの魂と一緒に連れてって”って——」
「本当なら天国とかに行くはずだよな。あるいは輪廻とかさ」
「でもね。魔王になってくれって、呼びかけられちゃった」
指輪をコツコツと机に打ち付けながら、魔王が続ける。
「世界って、思ったよりも面倒くさいのね」
「税制とか通貨発行とか、軍の給料とか、勝手にすればって言ったら、皆にめちゃくちゃ怒られたし」
「流石に駄目だろ」
(英雄の俺も人のことは言えないが)
「あまりにも放置してたら、偽札まで刷り始めたのよ」
「一体、何があったのかしらね。末端のことなんて全然分かんない」
「やっぱりお前のせいだったのかよ!」
あの社畜魔族たちの悲しそうな顔が浮かんできた。
「ねぇ、ユウト君。魔王としても、私としても聞きたい」
魔王が真っ直ぐに俺を見た。
「貴方は、この世界で何がしたいのかしら?」
「もちろん永眠。骨は骨らしく、墓で眠ってる方が良いんだよ」
「馬鹿。却下」
魔王が不満そうに問い直す。
「じゃあ、何もしない」
「うん。他には?」
「いい加減、自由にしてくれ。俺はこの世界から——」
(確かに解放されたい、んだけど)
現実から解放されたくて
束縛から解放されたくて
やっと死んで、この世界に落ちてきた——
(嫌かと言われると、そんなに悪くもない)
でも、この世界でも、
聖女、リサ、姫、魔族たち、
——勝手に俺に期待してたり、投資したり、搾取されてたり。敵も味方も沢山。
(俺が嫌いなのは、“何かを押し付けられること”で——)
「分かんねぇよ」
正直に答えると、魔王は目を細めた。
レイナが嬉しそうな時にしていた顔にそっくりだった。
「嘘じゃないのよね」
「骨になった今じゃ、嘘つく元気もねぇよ」
「いいわ。じゃあ——」
魔王は、靴音を立てて近づいてくる。
机を回りこみ、俺の棺桶の縁へと腰掛けた。
「一日かけて、決めましょう」
「魔王と英雄のルール——この世界で、どう“何もしない”で済むのかを」
魔王の指が、俺の頬骨に触れる。
「私も聖女たちも、皆、貴方の“何もしない権利”を侵害してしまっている」
「だから交渉しましょう。英雄と魔王の境界線を、ひとつずつ確認していく」
「急に真面目な話っぽくなってきたな」
(ビジュアルとしては、悪の会議だけどな!)
「壊すことはいつだって簡単に出来るから」
「お前が言うと、冗談に聞こえないけど」
魔王が、ほんの少しだけ優しく笑った。
「だからまず、“魔王が英雄にしてはいけないこと”から決めましょう——それがきっと、この世界の“第一条”になる」
「言葉にしないで壊すことは、もう嫌だから——」




