4-2 魔王のお迎えと、ブラック企業の臭い
「時間ね。誰かさんと違って、私は遅刻なんてしないわ」
空気が、一瞬で冷える。
というよりも、俺の無い肝が冷える。
(あれは付き合ってから、だいぶ経ってたからで……)
魔王の圧が、宿の周囲を包みこんでいた。
黒い霧が地面から立ち上り、中央で渦を巻く。
「現世よりも綺麗でしょ、私——」
やがて、その中心から黒いドレスの女が徐々に現れた。
「久しぶり、ユウト君」
俺の名前を、現世と同じイントネーションで呼ぶ。
——胸骨のあたりが、少しだけざわついていた。
「……魔王」
「元カノで魔王。肩書きが増えるたびに強くなれる気がするわ」
「恐ろしい限りだよ。怨霊かよ、お前」
魔王が指を軽く弾く。
黒い霧が形を変えて、棺桶の下に車輪付きの台座が生えた。
「何だよ、これ」
「魔王特製、地獄の馬車。馬はいないけどね」
「もしかして、姫と王子って感じかしら——」
(おい、流石にキツすぎるだろ!)
「どちらかといえば、地獄行きの霊柩車ってところだな」
「死んでるんだから、別に間違ってないでしょう」
(事実すぎて、何も言い返せねぇ)
聖女が前に出る。
「魔王! 英雄様を傷付けるような真似をしたら——」
「したら?」
「私が……、私が絶対に許しませんっ!」
杖を構えながら、睨みつける聖女。
——魔王は、ふっと目を細めた。
「なんかその顔、昔の私に似てるかもね——」
「は?」
「何でもないわ」
魔王は鋭い視線を外すと、今度はリサを見る。
「あなた、商会の女ね」
「え、ええ」
「——変態の素質があるでしょ? 魔王軍は優秀な変態を歓迎するわ」
「ほ、褒められてますか、それ。あれ、もしかして勧誘されてる?」
「多分」
(多分じゃねぇよ。なんか上機嫌だな、こいつ)
「ねぇ、魔王。あたしもついてっていい?」
「とりあえず魔王領をぶっ壊す!」
「ひ、姫様! 貴女にはそれなりの影響力があるんですよ!
執事が真っ青になりながら、口を抑えて魔王を見ていた。
「えー、ぶっ壊した方が早いのにー!」
「だめよ。この世界を壊すのは私なんだから——」
「魔王城に、対魔王用の秘密兵器を撃ちこみたい」
「それがダメだって言ってるの。それを誰が許可すんのよ」
訳分からないと言った様子で、魔王が額に手を当てていた。
「どうしてこう、破壊衝動が素直なのかしら」
「魔王がそれ言うか?」
思わず、ツッコんでしまった。
「じゃあ、行きましょうか、ユウト君」
「やめろ、その呼び方」
「どうして? 最初にそう呼んでって言ったの、貴方じゃない」
「それはその、昔の話だろ——」
「昔? 私の中ではまだ終わってないんだけど」
——思い出の指輪が赤く光っていた。
俺にとっては消したい思い出だが、レイナにとっては残したい思い出。
(はぁ、やっぱり面倒だよな)
「聖女、リサ、姫——爆破も聖水もアバカスも封印して、とりあえず大人しく待ってろ」
「でも! 英雄様は、私の元にいるという試練を神から与えられているというのに」
「神がそこまで具体的な試練を与えねえだろ」
「戻ってくるって、契約書に書いてありますから」
リサが慌てて紙束をめくる。
「原則として一日以内に返却されることが望ましい”——延滞料金については……」
「望ましい、かぁ」
「ちゃんと返却しないと、次に俺を借りたいやつが困っちゃうしな!」
「きっと返してくれるし、帰ってこられるさ!」
まるで、何かのフラグのような発言。
「——ちゃんと返すわよ。いずれ」
(なんか雲行きが怪しいな)
「あのっ!」
棺桶の縁を、聖女の手が掴む。
「絶対に、絶対に帰ってきてください。魔王に何を吹きこまれても、私が全部清めますから!」
「帰ってこなかったら、私が助けに行きますからっ!」
「清める前提やめろ。もし帰ってこなかったら、写真でも飾って毎日祈ってくれ」
(完全にアウトな構図なのでは?)
俺は苦笑しながら、その手を軽く振り払った。
「一日だけ、また地獄を見てくるよ——」
そう言った瞬間、黒い霧が棺桶を包み込んだ。
◇
情報が遮断される。
次に現れたのは、空中だった。
「ちょっ——」
霊柩車ごと、空の上。
眼下には、どす黒い森と鋭い山脈たち。
邪悪なオーラ……というより、仕事終わりのビル街みたいな、どこか疲れた光景だった。
「落下速度がヤバすぎなんだが——」
「良いでしょ。別に落ちても死なないでしょう?」
「細かい骨を集めるのが大変なんだよ!」
「大丈夫よ。ちょっとくらい無くなったって」
着地寸前。黒い霧がふわりと俺たちを包んで、そのまま滑るように移動していく。
——空中出棺ライド。まるでアトラクションのようだった。
「……相変わらずなのね」
「何がだよ。こっちは神経がすり減ってるんだが」
(神経なんて無いけどな!)
「怖がり方よ。ジェットコースターもホラー映画も、“死なないけど怖い”って文句言ってたじゃない」
「死ぬと思ったのは、お前が選んだB級ホラーの時か」
「上映に間に合わなかったのは、貴方が遅れたからでしょ?」
「それは、まあそうだけどよ」
(30分寝坊した俺も悪いが。ホラーよりもホラーだったな、あれは……)
「その頃にはもう何人かいたのよね。私以外の“楽な子”候補」
「本当はあの遅刻だって——いいえ、何でもないわ」
魔王がわざとらしく、ため息をついてみせた。
「ファミレスで二人きりで過ごせる子とか、LINEで“無理しなくていいんだよ”って言ってくれる優しい子——だって、ユウト君のスマホの通知、全部知ってたし」
(監視されてた自覚はあったが)
そんな懐かしくも恐ろしい会話をしていると、間もなく巨大な城が現れた。
黒い石造りの城。しかし、よく見ると——
「なんだ、あの塔。仲間意識が芽生えそうだが」
城の一角だけデザインが浮いている——
尖塔のてっぺんに、骸骨を模した巨大なオブジェ。その目の部分には、指輪と同じ赤い宝石がはめこまれていた。
「英雄様の墓標よ。魔王城の象徴」
「どこの英雄だよ。過去にも英雄がいたってのか」
「もちろん、貴方に決まってるじゃないの」
「本当に俺だったのかよ! まだ生きてるってのに!」
(いや生きてはいないな。骨だし)
相変わらずといったレイナの様子に、俺は頭蓋骨を抱える。今はやはり魔王だ、と言うべきなのだろうか——
「私の気持ちを表したの。いつでも一緒に居られるわね」
「やめろ。気色が悪い」
魔王が楽しそうに微笑んでいた。
(まずいな。俺のビジュアルのせいで、痛々しい中学生みたいになってしまう)
城の中庭に降り立つと、魔族たちが大挙して迎え入れてくれる。
「魔王様〜!」
「おかえりなさいまし!」
「今日は“例の方”を連れていると聞きまして——」
ゴブリン、インプ、短い角の生えたオークたち。偽札工房で見たような魔族たちも混ざっている。
「あ、英雄様だ!」
「わぁ、本物の死体だ!」
「きゃー、臭い〜!」
魔族たちがきゃっきゃと騒いでいた。
(なんでちょっと嬉しそうなんだ、こいつら)
「はい、静かに。私からの命令よ」
すぐに全員が黙る。
さすが魔王の威厳。やる時はやる——
「今日一日、この骸骨は私のもの。変なことしたら、給料からぜんぶ引くわよ」
「「「は、はいぃぃ!」」」




