4-1 骨、出発前の憂鬱
翌朝。宿屋にて。
俺はいつものように棺桶で待機していたのだが。
(面倒くせぇなぁ。永眠しよう)
あえて「寝たふり」をしていた。
理由は、今日の予定にあった。
「英雄様ー! 朝のお清めの時間です!」
聖女の甲高い声。
ガンガンと棺桶が叩かれる。今日も元気に拷問から始まるのだ。
「今日は休ませろ。どうせもう終わりだよ。聖女なら聖水だけじゃなくて、静かにお祈りしとけ」
「魔王との交渉前に、私が英雄様を清めて差し上げます!」
ガコンッと蓋がこじ開けられる。
(まったく聞いてねぇ!)
「うぎゃああっ!」
聖水スプレーが顔面——いや、頭蓋骨に浸透する。
「あっちぃ! やめろ! 魔王の前に跡形もなくなるだろ!」
「これくらいで消えません! 愛があれば——」
「清められるんだろ、はいはい」
(何回目だよ、その台詞)
「ああ、なんかどうでも良くなってくるぜ」
骨から薄く蒸気みたいなものが上がる。
浄化というよりも、ただのダメージだった。
「聖女、そろそろ時間です」
リサが帳簿を抱えて入ってきた。
それをパタンと机に置いてから、静かな椅子に座った。
「魔王との交渉、一日といえど“実質レンタル”になりますから、契約内容とリスク注記の方を。こちらですね」
「俺の冒険、契約書と注記の人生かよ」
「正確には人生ではなく、死後に運用となってます。“アフターライフ資産運用”ですが、英雄様に合わせた、超合理的なのに全て無駄という——ああ、興奮する。あり得ないことが目の前で起きてる」
リサが小声で呟きながら、アバカスを弾く。
(変態すぎるだろ。大丈夫か、こいつら)
「魔王との接触によるリターン:
・世界滅亡リスク:特大
・世界平和化の可能性:微小
・英雄様のメンタル悪化:∞」
「最後のだけ、やけに断定的だな」
「しかもこれ、インフィニティじゃん」
「だって魔王、元カノなんでしょう?」
「関係性が無駄だったと考えると、とても興奮します——費やしたお金も時間も戻ってこない」
リサが興奮してしまいます、と。
「人によっては深刻なダメージを受けるからな、それ」
(骨だからって、さらっと言うんじゃねぇ)
「あの元カノって何ですか? 聞いたことがありません」
「はい、元カノとは……」
「せ、聖女には教えなくていい!」
「怪しい。魔王との淫らで邪悪な関係が——」
「ない! 断じてないからな!」
(思い出されるのは、異常な束縛と睡眠不足、LINE地獄。可愛かったのは最初だけ)
突如、廊下から爆音。
「はい、どっかーん!」
「うわっ、天井が! 壁も崩落してるぞ!」
姫が、なぜか周りを吹き飛ばして登場した。
「英雄様〜! お見送りの爆破〜!」
「お見送りに爆破すんなよ。また弁償だぞ」
「だってさ、なんか一回ぶっ壊してから出発したくならない?」
「分かんねぇよ!」
「このまま魔王軍に向かって、どーん!」
執事が慌てて姫を止める。
「ひ、姫様! 魔王領への砲撃は、正式な宣戦布告になりかねませんよ!」
「民が勝手にやったのならまだしも、姫様直々に攻撃なんて前代未聞です!」
「いいじゃん。どうせそのうちぶっ壊すんでしょ?」
「そうですけど! 順序ってものがあります!」
「えー、先に壊した方がいいのにー!」
そんなカオスな朝の光景の真ん中で、俺はぼんやりと天井の穴たちと向き合っていた。
(消滅はいいんだけど、現世での記憶と向き合うのかよ)
とりあえず一日だけの交渉。
立場や役割が違うのに、昔交わした約束を思い出してしまう——約束なんて、あって無いようなもんだったけど。
「英雄様。私、待ってますからね」
聖女が真剣な顔で近づいてくる。
「帰ってきたら、ちゃんと全部、お清めしますから」
「“全部”って何を想定してるんだよ」
「魔王の痕跡の全てです。穢れは持ちこませません」
即答。怖い。
(結局、どっちも重いんだよな……)
既視感に対する俺の憂鬱をよそに、時を知らせる鐘が鳴った。
——魔王との、地獄みたいな一日がスタート。




