3-6 魔王の提案と骨の不自由
「無効とか、勝手に決めないでくれる?」
魔王の周囲で、浮いていた札束がゆっくりと地に落ちていく。
「私はそんなの認められない」
魔王がゆっくりと歩いてくる。
俺との距離が、少しずつ縮まっていく。
「だったら、こうしましょうよ——最高入札者である私に、英雄との直接交渉権を認めなさい」
「あなたたちに拒否権なんてないわよ。私のしもべ達は、すでに破壊の準備を整えているし」
魔王が会場の外を指さすと、天から中級魔族たちが大量に押し寄せてきていた。
「あなたたちが一方的に無効にするなら、思い知らせてあげるわ——こんな世界、消えようとも残ろうとも、私は興味ないんだけど」
王が瞬きをする。
リサがなるほど、と呟き、ジャックも外の様子を二、三回確認していた。
「正面から英雄と会いに来るだけでも、戦争の火種に出来ちゃうんだけど——正式な合意という形があれば、話は別でしょう?」
「……確かに」
リサが頷く。
「交渉権で済ませれば、市場の信用は守られつつ、『魔王とのパイプ』という新たな価値さえ王国側に生まれる——建前のようにしか見えませんが、国家間の信用がそんなレベルで成立してしまうとは」
「認められませんっ! 人も通貨も高潔でなくてはなりません!」
聖女が発した。それは高らかな宣言だった。
「魔王との繋がりなど、穢れた鎖にしかなりません!」
「さてと、王に告げるわ」
魔王が最後の一押しをするかのように。
「私が一億を提示したという事実は消せない。ここにいる皆が知っている」
「無礼で不公平に、何もさせずに交戦するか」
「それとも、その“狂った数字”を上手く使うのか——選ばせてあげるわ。さあ、決断なさい」
会場全体が息を潜める。
王はしばらく目を閉じていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「これは、やむを得ないか。英雄レンタルオークションは——」
王が淡々と続けていく。
「落札者なしで終了する」
「しかし、最高入札者である魔王に対しては——」
「英雄と直接交渉する権利を与えよう」
その瞬間、会場にざわめきが走った。
「英雄が暗殺とかされたりとかしないよな?」
「いや、あの骸骨なら暗殺する意味なくね?」
「死ななくても、消滅する危険が」
英雄だというのに、この雑な扱い。
「いい判断」
魔王が満足げに微笑む。
「じゃあ、正式に。久しぶりね、英雄様——」
赤い瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
「今度こそ、ゆっくりちゃんと話をしましょう——魔王と英雄の関係についてじっくりとね」
その言葉は、妙に胸に刺さった。
腹じゃなくてよかった。
(……また、か)
あいつとの付き合いに嫌気がさして、他の女に浮気して、最後の話し合いからも逃げて、もうどこにも行かないでよと、刺された俺。
「英雄様!」
聖女が縋るように俺を見上げる。
「魔王と二人きりになるなんて危険です! きっと悪いことを吹きこまれて、堕落させられてしまいます!」
「英雄様が堕落したら、私が清めますから! 全力で! 聖水で!」
「大丈夫だ!」
「俺は——」
深く息を吸った。肺なんてないのに。
「誰の所有物にもならない」
「勝手に可能性が決まっちまうのは嫌だからな」
骨の首が、コキッと鳴った。
そして、俺は魔王を見る。
「一日限りの話し合いだ——契約の為に」
その瞬間、魔王の顔から、ほんの少しだけ殺気が抜けた。
「……そう」
(懐かしい表情。付き合い始めた頃のあいつ)
「ふふっ、じゃあ、デートね——」
「で、デートじゃねぇ!」
即座に全力で否定する。
会場からは笑いが漏れていた。
(また面倒ごとに巻きこまれるのかよ)
でも——
何かを守るために一日くらい、骨でも使ってやるのも悪くないのかもしれない、と。
「英雄様……」
聖女が小さく囁いた。
「帰ってきたら、きちんとお清めしますからね?」
「お清め参りですから。魔王の痕跡の全てを消します!」
「それ、ご褒美じゃなくて罰だからな?」
俺のツッコミに、魔王は優越の眼差しを向けて、リサが何か計算し、姫は「ぶっ壊せよ!」と手を振る。
(最後、おかしくね?)
こうして——
世界経済を巻きこんだ英雄オークションは、前例のない猶予とともに幕を閉じた。
そして俺は、魔王との交渉ひとり旅という、今際の際よりも命がけなイベントへと、強制的にエントリーさせられるのであった。




