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3-5 骨、演説する

「ま、待て、魔王!」

 俺は棺桶の蓋を蹴り飛ばした。

 バキィンッ、と派手な音を立てて開く。骨は脆い癖に、こういう時には派手な音が出る。


 会場の視線が、一斉に骸骨へと向いた。


「いいか、お前ら!」

 骨だけの身体で台の上に立ち上がる。

 誰がどう見ても怪物だが、俺は一応、英雄なんだ。

「冷静になれ。よく考えろ——」

「英雄様?」

 聖女が潤んだ目で見上げてくる。

 リサは興奮気味にアバカスを握りしめ、姫はポップコーンを食べながら完全に見物モードだ。


「まず一つ。俺は死体だ」

「見れば分かるだろ!」

 会場からツッコミが入る。

「違う! そうだけど、そうじゃねぇっ!」

「聖躯です!」

「うるせぇ、今は死体でいい!」

 聖女のツッコミを手で制す。どっかの骨が一個落ちた。でも、そんなことはもうどうでもいいのだ。


「そんな死体を一日レンタルする権利に、一億だの百億だの言ってる時点で、このオークション、正気じゃない」

「それはそうだ」

 王が同意していた。

 ジャックは「耳が痛い」とでも言いたげな顔をしていた。


「二つ目。通貨ってのはな、信じる人間がいるから価値が出るんだろ?」

 偉そうに言っているが、俺は偽札よりも価値を持たない肖像でもある。

 ——説得力はないが、それでも英雄としての務めは果たすべきだ。

「いまこの会場で起きてるのは、『価値』の競りじゃねぇ」

 ゆっくりと周囲を見渡す。


 ——皆の視線が、俺の眼窩に集まっていく。


「教会の面子と」

 聖女の方を指す。


「商会のロマンと」

 リサのアバカスを指す。


「そして魔王の執念と」

 札束の渦の中心に立つ魔王の方を指差す。

 蠱惑的な笑みで、俺を見ていた。


「こんなのは欲望でも信用でもない——ただ自由と可能性を奪う独占だろ」

(あーあ、言っちまったよ。ただの面倒くさがりなんだけどな)

「そういうのは、もううんざりなんだよ」

 腹に残っているかもしれない、いつかの痛みが幻のように蘇ってくる。

「元の世界でも、俺は所有物みたいに死んだんだ」

「自由になっても、自由なんてなかった——」


 誰も本当の意味は分かっていない。

 でも魔王だけは、一瞬だけ表情を曇らせていた。


「『誰にも渡さない』って言われて、腹刺されて、それでもう解放されたと思ったら——」

 骨の胸を軽く叩く。

「今度は異世界で、骨だけの英雄にされて、一億掛けて俺をどう扱うかなんて、皆、頭おかしいだろ」


「でも——」

 聖女がゆっくりと口を開く。

「英雄様は、世界の希望で、皆の理想で」

「私を救ってくれた、唯一の光——」


「じゃあ、誰のもんでもねぇよ」

 思わず語気が強くなった。

「希望は持とうとするもんじゃないだろ。抱えるもんだろ」

 俺がそんなこと言えるのか、というツッコミ。すぐにそれを払拭する。

 今は、とにかく勢いが大事だ。

「だから——」

 俺はジャックの方を振り向いた。


「英雄として命じてやる。このオークション、今すぐ無効にしろ」

「えっ! しかし、英雄様。ルールというものが」

「だから、俺が英雄として命令する」

「……」

 王が目を伏せる。

 リサが小さく頷き、聖女は唇を噛み締めた。

 そして——


「仕方がないかもしれませんね」

 リサが、静かに口を開いた。

「このまま入札を続ければ、通貨の絶対量も不足します」

「通貨流通が止まってしまう。セレス札が決済で使えなくなれば、信用は簡単に失われる」

「英雄信用どころか、国と教会と商会、全部まとめて巻き添えです。あまりにも価値と乖離した価格を掲示すれば、信用はいずれ価値へと隷属してしまう——」


「そ、そんな……」

 聖女が青ざめる。

「つまり、このオークションはもはや成立不可能ということです」

(うまく話をまとめてくれた)

 ジャックが苦い顔で頷く。

「王よ。ここは、競札は十分に行われた、ということにして——」

「落札者なしということ、か」

 王が深く息を吐いた。


 ——まるで信用が保証されたことへの安堵かのように。

「英雄レンタルオークションは——」


「ちょっと待ちなさいよ?」

 そこで、魔王が口を挟んだ。

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