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3-4 魔王の切り札

「5000万! 教会の全財産ですっ!」

 聖女がぶっ飛んだ額を宣言すると、会場が騒然としていた。

「教会がそこまでの資産を保有していたなんて」

「英雄って、そんなに価値があるのかよ」

「うふふっ、全て売っちゃいますよー。教会の権利のすべて——英雄様、私と新しい世界を創りましょうね?」

 棺桶の中で、骨に謎の寒気が走った。

 鳥肌は立たないが、骨肌がいつもよりブツブツしている気がする。

(ただのレンタルであって、俺のオークションではないはずだが)


「別に大したことなんてないけど、下級魔族に略奪とかさせないとかしら」

 聖女の演技か、入札額になのかは分からないが、魔王が少し慌てている。


 ——本当に、演技でいいんだよな?


「ルシフェリアに、部下をもっとこき使うように命令しようかしら?」

 世界が治安悪化と秩序崩壊の危機。

 これはまさに、英雄がもたらした災厄。

「英雄様だけいれば良いのです。他には何も必要ありません」

(うっ! 痛むはずがないのに、頭蓋骨に痛みが!)

 幻痛。なんだか骨盤の上の方が痛んできた。


「ああ、駄目です。黙って見ていましたが、これほどの額を英雄様に費やすのは愛でしかない——8000万」

 リサがアバカスをパンと弾くと、もはや聞いたことのない額を宣言した。


「は、8000万だって!? 商会は気でも狂ったのか?」

「そんな大金があったら、街が一つ出来てしまう」

「いや、小規模な都市クラスかもな!」

 観客がざわついている。

(こいつら目がマジだけど、俺の一日レンタル権だからな?)

「全然大したことないわ」

 周囲に浮かぶ札束の渦が、魔王の小さなジェスチャーに呼応するように、空気と接触していく。

「じゃあ、そうね——」

 射抜くような視線が、俺の棺桶を貫く。

「一億。一億よ、一億!」

「あっはっはっは! もう誰もついてこれないでしょう?」

 魔王の高らかな笑いと対比するかのように、会場が沈黙に包まれる。


「「「い、い、いちおくぅぅぅ!?」」」


 観客に熱狂と驚嘆が波及していく。

 聖女はその場に崩れ落ち、リサはアバカスを落として固まり、姫は純粋な目で言った。

「ねぇ、一億って何が買えるの?」

「小さな国が一つですよ……」

 執事が唖然とした様子で。

「あっはっはっは! この世界は金と力なのよ!」

「愛だって、金と力がなければ、ただの迷惑な依存心にしかならないわ!」

(うわぁ、桁が変わっちまったよ)

 俺は棺桶の中で頭蓋骨を抱える。

 抱えたところで、思考も感情も別のところにあるっぽいのだが。


「ど、どうしましょうか……」

 ジャックが引きつった笑顔で王に囁く。

「正直、灰商会の枠を完全に超えています。もはや国家間での決済レベルの話で——通貨量も足りるかどうか」

「だが、やはりオークションはオークションだ。ルールに則らねば——」

 王が渋い顔をしていた。

(そりゃ、そうだろうな)

 骨を一日レンタルするために、通貨の信用を揺らがす事態が起きかけていた。

 こんなものに高額の決済が発生しては、社会の価値基準そのものを毀損してしまう——


「さあ、どうするのかしら? 聖女さん」

 魔王が口元に笑みを浮かべる。

 さあ、さあ、さあ、と迫るかのように。

「信仰心で勝てるなら、どうぞ一億一万でも入札してみなさい?」

「私は執念であなたの信仰を打ち砕いてみせるわ」

「くっ……!」

 聖女の唇が震える。

 手は祈るように強く組まれていたが、その指先は白くなるほど力がこもっていた。

「英雄様の価値は、まだこれよりも——」

「私たちがいなくても、英雄様さえ居てくれれば」


「もう、やめてくれよ」

 棺桶から思わず声が漏れた。

「バカみたいに俺の値段、釣り上げなくていいからな。どう考えても、一億の価値なんてねーよ、俺に」


「あります!」

 即答だった。

 ——信仰心よりも、もっと強い純粋な願い。

「英雄様は十億でも百億でも足りませんっ!」

 聖女の言葉を聞くと、魔王は嬉しそうに目を細めた。

「そうねぇ、百億でもいいかしら」

「魔王って、失うものがないのよ。あなたたちと違ってね」


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