3-4 魔王の切り札
「5000万! 教会の全財産ですっ!」
聖女がぶっ飛んだ額を宣言すると、会場が騒然としていた。
「教会がそこまでの資産を保有していたなんて」
「英雄って、そんなに価値があるのかよ」
「うふふっ、全て売っちゃいますよー。教会の権利のすべて——英雄様、私と新しい世界を創りましょうね?」
棺桶の中で、骨に謎の寒気が走った。
鳥肌は立たないが、骨肌がいつもよりブツブツしている気がする。
(ただのレンタルであって、俺のオークションではないはずだが)
「別に大したことなんてないけど、下級魔族に略奪とかさせないとかしら」
聖女の演技か、入札額になのかは分からないが、魔王が少し慌てている。
——本当に、演技でいいんだよな?
「ルシフェリアに、部下をもっとこき使うように命令しようかしら?」
世界が治安悪化と秩序崩壊の危機。
これはまさに、英雄がもたらした災厄。
「英雄様だけいれば良いのです。他には何も必要ありません」
(うっ! 痛むはずがないのに、頭蓋骨に痛みが!)
幻痛。なんだか骨盤の上の方が痛んできた。
「ああ、駄目です。黙って見ていましたが、これほどの額を英雄様に費やすのは愛でしかない——8000万」
リサがアバカスをパンと弾くと、もはや聞いたことのない額を宣言した。
「は、8000万だって!? 商会は気でも狂ったのか?」
「そんな大金があったら、街が一つ出来てしまう」
「いや、小規模な都市クラスかもな!」
観客がざわついている。
(こいつら目がマジだけど、俺の一日レンタル権だからな?)
◇
「全然大したことないわ」
周囲に浮かぶ札束の渦が、魔王の小さなジェスチャーに呼応するように、空気と接触していく。
「じゃあ、そうね——」
射抜くような視線が、俺の棺桶を貫く。
「一億。一億よ、一億!」
「あっはっはっは! もう誰もついてこれないでしょう?」
魔王の高らかな笑いと対比するかのように、会場が沈黙に包まれる。
「「「い、い、いちおくぅぅぅ!?」」」
観客に熱狂と驚嘆が波及していく。
聖女はその場に崩れ落ち、リサはアバカスを落として固まり、姫は純粋な目で言った。
「ねぇ、一億って何が買えるの?」
「小さな国が一つですよ……」
執事が唖然とした様子で。
「あっはっはっは! この世界は金と力なのよ!」
「愛だって、金と力がなければ、ただの迷惑な依存心にしかならないわ!」
(うわぁ、桁が変わっちまったよ)
俺は棺桶の中で頭蓋骨を抱える。
抱えたところで、思考も感情も別のところにあるっぽいのだが。
「ど、どうしましょうか……」
ジャックが引きつった笑顔で王に囁く。
「正直、灰商会の枠を完全に超えています。もはや国家間での決済レベルの話で——通貨量も足りるかどうか」
「だが、やはりオークションはオークションだ。ルールに則らねば——」
王が渋い顔をしていた。
(そりゃ、そうだろうな)
骨を一日レンタルするために、通貨の信用を揺らがす事態が起きかけていた。
こんなものに高額の決済が発生しては、社会の価値基準そのものを毀損してしまう——
「さあ、どうするのかしら? 聖女さん」
魔王が口元に笑みを浮かべる。
さあ、さあ、さあ、と迫るかのように。
「信仰心で勝てるなら、どうぞ一億一万でも入札してみなさい?」
「私は執念であなたの信仰を打ち砕いてみせるわ」
「くっ……!」
聖女の唇が震える。
手は祈るように強く組まれていたが、その指先は白くなるほど力がこもっていた。
「英雄様の価値は、まだこれよりも——」
「私たちがいなくても、英雄様さえ居てくれれば」
「もう、やめてくれよ」
棺桶から思わず声が漏れた。
「バカみたいに俺の値段、釣り上げなくていいからな。どう考えても、一億の価値なんてねーよ、俺に」
「あります!」
即答だった。
——信仰心よりも、もっと強い純粋な願い。
「英雄様は十億でも百億でも足りませんっ!」
聖女の言葉を聞くと、魔王は嬉しそうに目を細めた。
「そうねぇ、百億でもいいかしら」
「魔王って、失うものがないのよ。あなたたちと違ってね」




