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親友

「あら、張本くん。逸に会ったのね。来てくれてありがとう」

「こんにちは。お久しぶりです」

 お母さんとこーちゃんが挨拶を交わす。


「おじさんも、久しぶりです」

「ああ、久しぶり」

 こーちゃんはお母さんたちの前だからか、さっきよりフンイキがやわらかくなった。いい子ぶっているんだ。


「逸、座りなさい。張本くんはこちらの椅子でいいかしら?」

 お母さんにベッドへと座るよううながされる。

 ぼくはぴょんとベッドに飛び乗った。そのとなりの丸イスにこーちゃんが座る。


「早速だけど、大学での逸のこととかを逸に教えてあげてほしいの。確か、逸と張本くんは同じところでアルバイトもしているのよね? そのこともくわしく教えてあげてほしいの。この子、聞いたら思い出すかもしれないから」

 お願いします、と言いながらお母さんが頭を下げる。続いてお父さんが頭を下げた。

「そんな、頭上げてください。雑談程度にしかできないっすけど、できる範囲で話していきます」

「ありがとう。よろしくね」

 頭を上げてお母さんは再び丸イスに座った。そんなお母さんの肩をお父さんはとんとんと触る。

「おい、俺たちは出ていくぞ」

「どうして? 一緒に聞きましょう」

「大学生の男だぞ。親に聞かせるような話がたくさんあったら困る」

「どういうこと?」

「子供らだけで話す方が、たくさん話せるはずだろう。俺たちは邪魔だ」

「でも……」

「でも、じゃねぇ。まだ昼食もとってないから食いに行くぞ。・・・・・・逸。お前は張本くんから聞いた話をちゃんとメモしておけ。わかったな」

 お父さんはするどい目つきでぼくをにらんでから、指をさしてきた。怒られないように素早くたてにうなずく。

 

 納得していない表情のお母さんを連れて、お父さんは外へと消えていった。



 こーちゃんは二人がいなくなったことで緊張がとけたのか、姿勢をくずしながら話し出した。

「はぁー。じゃあ、何から話すか。俺らの出会いからでいいか?」

「それは覚えてるよ」

「覚えてんのかい」


 小学校に入って最初に話したのがこーちゃんだ。

 最初の授業で、「となりの人に自己紹介をしましょう」というものがあり、そのときのとなりの席がこーちゃんだった。明確に覚えている。あのときのこーちゃんの目つきは最悪だった。光の飛ぶような目つきで、ぼくをにらんできていた。


「俺らは小中高一貫校だったっていうのはわかってるか?」

「いっかんこう?」

「小学校、中学校、高校とつながっている学校のことだ。俺らは小学校受験をしたから高校までは受験なしで上がってきた。そのあと俺らは同じ大学を受験して、また同じクラスになったんだよ」

「へー。よくわかんないけど、ぼくたちはずっと一緒にいたの?」

「クラスが一緒だったのは、小一、小四、小五、中二、高三のとき。でも、部活が一緒だったからずっと一緒だったな。毎日一緒に帰ってた」

「なんの部活?」

「バトミントン」


 バトミントン。


 お父さんと何度も遊んだことがある。でもぼくはへたくそだったはずだ。なかなか思ったところに飛ばないし、すぐ空ぶりしていた。


「ぼく上手だった?」

「いいや、俺の方が何倍もうまかったわ」

 こーちゃんは得意げな顔をした。

 当たり前だ。

 こーちゃんの方が足も速いし、サッカーもうまいし、遠くまでボールを投げられる。

 ぼくは体育の時間がきらいだ。運動するのは好きだけれど、なかなか記録を出せないし、大なわやドッチボールではみんなの足を引っ張ることしかできない。だから、本を読める国語の方が好きだ。

 

 次の質問を考えていると、こーちゃんはいきなり「あー」と話を止めてきた。


「あー、いやー、ごめん。今嘘ついたわ」

「え?」


 こーちゃんは下を向きながらモゴモゴとしている。さっきまでぼくの方を見ていたのに、こちらを見ようとしない。今の話のどこに嘘があったのだろう。

 こーちゃんは床と話しているかのように、ずっと下を向いている。


「お前の方がうまかったよ」

「え?」

「俺が中学のときに無理やりお前をバトミントン部に入れたんだよ。一人で入る勇気なくてお前を連れ込んだ。最初は俺の方がうまかったけど、お前は周りに負けないように毎日走りこんだり筋トレしたりして体力をつけていって、中三の総体で県大会までいった。高校でも県大会のトップ8まで食い込んだのは学校でお前だけだったよ。俺はサボってばっかりだったからすぐに負けたんだ」


 こーちゃんが、ほら、とスマホの画面を見せてくる。

 スマホの画面には『滋賀県 高校総体 バトミントン 結果』が表示されていた。

 

 そこには、『純浦 逸』とぼくの名前があった。

 

 どうやらこーちゃんの言っていることは本当らしい。


「へぇー。ぼく、こーちゃんよりすごかったんだ」

 自分で思っているよりぼくはすごいみたいだ。うれしい。


「お前そのこーちゃんってのやめろよ」

 ぺらり。

 こーちゃんの声とともに、頭の中でなにかがめくれる音がする。脳内に、中学生のこーちゃんの姿が一瞬あらわれる。


 ぼくは頭をおさえた。ビデオがうまく映らなかったときのノイズ音のようなものが頭に走った。

なんだ。なんだこれ。

 

 こーちゃんが「どうした?」と聞いてくる。


「こーちゃん」

「なんだよ」

「さっきのもう一回言って?」

「は? だから、お前。こーちゃんていうの恥ずかしいからやめろって」


 あ。


 ノイズ音がピタリと止まる。


 そうだ。


 全く同じことを言われたことがある。

 中学に入学してすぐのときだ。こーちゃんと言うのは恥ずかしいからやめろ、と怒られた。

 それで、ぼくはこーちゃんをなんとよぶことにしたんだっけ。

 張本。

 光太郎。

 こう。たろう。

 

 あっ。


「こた?」

「何。思い出した?」

「そうだ! こただ!」


 ぼくの頭の中で、中学時代のこたの姿が浮かび上がる。そして当時のぼくの姿や声まで浮かび上がる。

 あのとき、ぼくはまだこたより声が高かったし、身長も小さかった。今では声はさほど変わらない高さだし、身長は圧倒的にぼくの方が大きい。十五センチくらいの差だろうか。


「ぼく、こたってよんでた。ぼくが『こたってよぶね』って言ったらこた、それならいいかなっていう顔してた。ちょっといやそうだったけど」

 こたはケラケラと笑い出した。

「いや、張本とか光太郎とかでよかったのに、お前また新しいあだ名つけるからさ」

 頭の中のこたの姿が、少しだけ今目の前にいるこたの姿に近づく。

 気持ちがいい。テレビ台の下に落としてしまったものを拾えたときみたいに気持ちがいい。忘れてしまったことを思い出すというのはこんなにも気持ちいいことらしい。

 

 もっと知りたい。

 もっと自分のことを知りたい。

 

 ベッドから身を乗り出して、こたに肩を近づける。

「あとは? どうしてぼくたちは同じ大学へ行くことになったの? 大学で何を勉強してたの? お母さんが言ってたアルバイトって何?」

 こたは近づくぼくを手で押さえるようにしてのけぞった。

「お前質問多いな。なぜなぜ期の子供かよ」

「なぜなぜ期って何?」

 ぼくがたずねると、こたがぼりぼりと乱暴に頭をかきながらため息をついた。

「あぁ、もう。話そらすなバカ・・・・・・。えっと・・・・・・、まずは、どうして同じ大学に行ったのか、だっけ。それは二個目の質問と被るな。俺らは体育教員になるため教育学部のある兵庫の大学へ進学したんだ。それで実家のある滋賀からは遠いから、俺たちは二人とも一人暮らしすることになった。あとバイトはファミレスだ。お前は接客で俺はキッチン」


 情報が一気に入ってきて頭の中がぐちゃぐちゃになる。ぼくはスマホを取り出して、こたが答えてくれたことを一つ一つメモしていった。

 

 教員になるための大学へ行っている。

 一人暮らしをしている。

 ファミレスでアルバイト。


「こたも一人で住んでるの?」

 ぼくの質問を、こたは鼻で笑いとばした。

「そうだよ。まぁお前に関しては、彼女が頻繁に家に来てたから実質同棲だったけどな」

 ふーんと相づちをうったけれど、さらっと大事なことを言われたのをぼくは聞き逃さなかった。


「えっ? 彼女? それってこの人!?」

 

 昨日お母さんたちと見ていた、おっぱいの大きい女の人の写真をこたに見せる。

「あぁ、その人その人。確か三歳年上の大学院生ってお前が言ってた気がするわ……。というかそれも忘れてんのかよ!?」

 それはやばいだろ、と言うこた。


「大学院生って何? 大学生と何がちがうの?」

「大学卒業して、さらに勉強したい人が通うところだよ」

「そこにぼくの彼女いる!?」

「いるだろそりゃ」

「会いたい!」

「いや、俺に言うなって。お前連絡先持ってるだろ。探してみろよ」


 こたに言われて急いでスマホでラインを開いた。名前を見ても何もわからないから、一つ一つのプロフィール写真をタップしていく。

 

 女の人はみんな後ろ姿や加工された写真ばかりで、どれかわからない。順番に出てくる人のプロフィールをタッチして二本指で大きくして見るも、おっぱいの大きいお姉さんはどこにもいない。

「連絡来てねぇの?」

 こたがぼくのスマホをのぞき込んでくる。

「名前わかんないから連絡来てるかどうかわかんない」

「はぁ? お前、彼女の名前も覚えてねぇの? じゃあなんで俺の名前覚えてたんだよ」

「きっとそのくらいこたが好きだったんだよ」


 そう言うとすぐにこたの盛大なため息が聞こえた。


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