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ぼくのスマホ!?

 それから、お母さんとお父さんは、ぼくについて教えてくれた。

 

 ぼくは大学生。二十さい。大人の仲間入りをしている。そして、お父さんとお母さんの元をはなれて、一人でくらしていたらしい。

 

 お母さんがスマホをぼくに見せてくる。

 画面の中には、ぼくの知っているぼくがいた。軍手をつけていて、おおきな泥だらけのさつまいもを持ってこちらを見ている。


「ようちえんでやったおいもほりだ!」

「そうよ。逸は大きなおいもをたくさん掘ったのよ」

 お母さんの見せるぼくのとなりには、ぼくの知っているお母さんがいた。


「これ、お母さんだ」

「そうね」

「おかーさん」

「なぁに」


 なぁに、というまあるい声が、ぼくの耳をじんわりと温かくする。


「おかーさん」

「なぁに」

「お母さん」

「なぁに、逸」


 何度もお母さんをよぶ。そのたびにお母さんは、「なぁに」と言ってくれる。


 この声は、よく知っている。こたつに入っているときみたいに心がぽかぽかする。


 ふっと笑うお母さんの口のまわりには、円をえがくかのように線ができていった。

 ぼくはそのしわをじっとながめていた。


 お母さんがスマホをすっと横にスライドしていく。


「これが、小学生の逸」


 次の写真には大きな校門の前でピースをするぼくのとなりに、お母さんとお父さんがいた。お母さんはぼくのかたに手をおいていて、お父さんは手を後ろに組んで、大きくムネを前につき出している。

 お母さんは、持っているスマホの画面をさらに左に動かした。新しい写真が出てくる。


「これはだれ?」

「真ん中にいるのが中学生の逸で、左にいるのがお母さん。右にいるのはお父さんだよ」

「ぼく?」


 写真の中のぼくはお母さんとそう変わらない大きさになっていた。さっき見ていた小学校の前でとった写真と同じように、お母さんはぼくのかたに手をおいていて、お父さんは少しぼくからはなれたところに立っていた。


「お母さん」

「なぁに」

「もっと写真が見たい。もっとぼくが見たい。ぼく、ぼくのこと知りたい」

 お母さんは、ふっと笑ってくれた。そして、これは高校生のときの逸。これは大学生の逸。お母さんが順番にぼくを見せてくれた。


 お母さんが指を動かすたびに、ぼくはだんだん大きくなっていった。となりにいるお母さんはだんだん小さくなっていって、お父さんはどんどん細くなっていった。そして、今となりにいるお母さんとお父さんと線むすびみたいにつながった。


 笑いながらお母さんとしゃべっていると、ずっとだまっていたお父さんが急に立ち上がった。


「そういえば逸のスマホはどうなっているんだ。友達に連絡はとれないのか」


 お父さんの問いかけに、お母さんが「そうだ」と思い出したようにつぶやいた。


「そういえば、看護師さんが引き出しにいれておいてくれてるって」

「すぐに確認しよう」

 お母さんとお父さんがあわてて動きだす。


 お母さんがぼくのとなりにある引き出しをすうっと開くと、一つの黒いスマホがあらわれた。お母さんはそれを手に取って、電源 をつけた。


「逸。暗証番号は?」


 さっきまでロボットのように静かだったお父さんが、急に興奮した犬のようにぼくに顔を近づけてくる。


 なんのことを言っているのだろう。

 それはだれのスマホ? ぼくはまだスマホを買ってもらっていない。

 

 横にもたてにも首をふらず、顔をななめにかたむけた。すると、お父さんは学校で一番こわい先生と同じような顔をしながら、黒いスマホを指さした。


「逸。これはお前のだ。お前のために俺が買ったやつだ」

 お父さんはそう言ってすぐ、「逸の誕生日を入れてみろ」とお母さんのかたをゆらした。

 お母さんが黒いスマホを操作し始める。


 ぼくの?

 

 ぼくのスマホ!?

 

 

 ムネがどきどきした。クリスマスのときに、お父さんに「お前にはまだ早い」と言われたスマホが、ぼくのもの!?

 

 夢中になってベッドから身を乗り出す。足はベッドのさくに固定されていてうまく動かないけれど、うでは自由に動かせたので、上半身だけをお母さんの方へ乗り出した。

 

 お母さんが『0421』と入力すると、ぱぁんとスマホが開いた。四角の形をした、いくつの箱が画面に出てくる。四角の左側には大きな数字が出ているものもあった。

 

 『88』『27』

 

 マンガでよく見る吹きだしとにている。吹きだしは赤色。


「たくさん通知が来ているわね」

 お母さんは緑色をした四角を一番に押した。すると、たくさんの文字があらわれた。漢字だったり、アルファベットだったり、『こうたろう』というひらがなだったり。


 それらを一通り見てから、お母さんは画面を最初の画面にもどした。そして次は、さっきとはちがう白い色のした四角を押した。


 すると、たくさんの写真が出てきた。さっきお母さんのスマホで見たものと同じような画面があらわれる。

 画面の中には、お母さんが『大学生の逸』と言っていた人がたくさん出てきた。そして、何度も同じ女の人があらわれた。


 おっぱいが大きくて、目がぱっちりとしたかわいいお姉さん。


「逸。これはだぁれ?」

 お母さんがぼくに問う。でも、ぼくにはわからない。左右に首をふった。


 何度も『大学生の逸』のとなりに映っているこのお姉さんはだれだろう。


 さらにお母さんが画面をスクロールしても、何度もお姉さんはあらわれた。


 この人はいったいだれだろう。


 ぼくの頭の中にあるなにかと、お姉さんがつながりそうになるも、それはあと一歩のところで切れてしまう。

 ぼくが必死にのぞいていた画面をとなりのお父さんも必死になってのぞいていた。

「これは逸の彼女か?」

 お父さんはやっぱり犬みたいに鼻息があらい。

「わからない」

「そうか」

 ポツリとつぶやいて、お父さんはしかられた犬のように顔色を暗くして再び画面を見つめた。


 お母さんもお父さんもぼくも、「うーん」とうなりながらお姉さんのことを考えた。

 でもどれだけ考えても、お姉さんがだれかわからなかった。

 

 それにしても、きれいなお姉さんだな。

 テレビでよく見るうたのお姉さんによくにている。

 お姉さん、おっぱい大きいなぁ。

 お母さんよりも、まあるくてきれいなおっぱいが写真の中のお姉さんにはついている。

 そのお姉さんのおっぱいをじっと見た。


「このお姉さん、かわいいね」


 ぼくはひたすらに画面の中に映るお姉さんを見た。

 このお姉さんがぼくの記憶の一つのカギになっているのかもしれない。でも、なにも思い出せない。そもそも、お姉さんだけじゃなく、お姉さんのとなりに映っている大学生のぼく自身のこともよくわからない。

 これが自分だと言われてもピンとこない。


「じゃあまず、張本くんに連絡してみたら?」

 お母さんがいきなり話を変えた。ぼくは聞き覚えのある友達の名前に反応した。

「はりもとくん? こーちゃんのこと?」

 

 張本(はりもと)光太郎(こうたろう)。こーちゃんは、小学校に入って仲良くなった友達だ。元気で明るくて、運動が得意な自まんの友達だ。

 

 お母さんの表情が、一気にパァッと明るくなったのがわかった。


「そうよ! 逸、張本くんのことは覚えているのね! 連絡してお話してもらいましょう。大学も同じだし、私たちの知らない逸のことを知っているはずだわ!」

「そうだな、それがいいな」

 となりにいるお父さんも少し笑ったような気がした。

 

 今までで一番お母さんたちのキゲンがよくなる。ぼくもなんだかうれしくなった。

 

 早速ぼくのスマホを使って、お母さんがこーちゃんに連絡をとった。すぐに返事が来たみたいだ。

「明日さっそく、来てくれるって!」

「こーちゃんに会える?」

 お母さんが「えぇ」と、まるでガッツポーズするかのようにつぶやいた。

 

 やったぁ。

 

 ぼくは笑って、大きく両手を上げた。

 やっとなにかがわかるかもしれない。

 もくもくのけむりの中で進めずにいる今の状態からぬけ出せるかもしれない。

 お母さんと一緒にきゃあきゃあと喜んでいた。

 そこへ、お父さんが割りこんできた。


「逸。わかっているかもしれないが、張本くんもお前と一緒で二十歳だからな」

「あ」

 晴れていた空から、いきなり雨がふってきたような気持ちになる。

 

 そっか。ぼくが二十歳ということは、こーちゃんも二十歳になっているのか。

 

 当たり前のことに言われてから気付く。

 

 大人になったこーちゃんは、どんな感じだろうか。

 身長はやっぱり今でもこーちゃんの方が大きいだろうか。


「とりあえず今日は夜も遅いしこのくらいにして、私たちは駅前のビジネスホテルにでも行きましょう。逸。明日は朝からカウンセリングがあるって言ってたから、早く寝ようね」


  お母さんが「さぁ」とカバンを持って立ち上がる。そしてぼくの頭をすりすりとなでた。


「おい。あんまり逸を子ども扱いするのはやめろ」

 そんなお母さんをお父さんはにらむように見た。

 

 お母さんはぼくに優しくしてくれるけれど、お父さんは少し怒っているように見える。どうしてだろうか。


「じゃあ逸。また明日も来るから俺たちは帰る」

 お父さんが片手を上げた。


 ぼくは病院でいつまで暮らすのだろう?

 ぼくの思い出たちはいつもどるのだろう?

 

 そう聞こうとしたけれど、すぐにお母さんたちは部屋から出て行ってしまった。


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