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託す


 夫と共に自宅前まで迎えに来てもらったタクシーに乗り込む。

 時刻は朝八時を過ぎたところで、八時半には式場入りすることになっていた。

 

 私たちを乗せたタクシーは川沿いを走っていく。

 長い準備期間を経てやってきた結婚式当日。入籍はすでに終えているが、今日を終えたら私たちは何かが変わってしまうのだろうか。


「私さ」

「うん」

「あなたと茉梨、どちらかしか助けられない状況になったら、あなたを選べないかもしれない」


 変わっていく景色を見ながら呟く。


「大丈夫だよ。僕が君を助けるから」

「あなたのことは誰が助けるの?」


 視線を車内に戻して、夫に尋ねる。


 夫は、外を見ながら笑っていた。


「きっと誰かがいるよ。この世のどこかに一人ぐらい、僕を一番に思ってくれる人がいるよ。だから大丈夫」


 それはそれで何だか悔しいと思う自分のわがままさを隠すため、私は苦笑いしながら再び外の景色を見た。


 手に何かが触れたと思うと、夫が私の手をそっと握っていた。


「茉那」

「何?」

「そのままでいいよ」

 何が、と聞かなくても夫の言いたいことがわかった。


 私は未だに、茉梨が好きだ。茉梨が世界で一番大切だ。きっとこの先、私と夫の間に子供が生まれても、きっと私はもうこの世にいない茉梨が一番好きだ。


「ありのままの君が好きだから。僕は君の感情すべてを肯定し続けたい。どんな君の感情も僕が肯定したい」


 プロポーズを受けたときと同じ言葉を、再び言われる。


 夫はここ半年間の私をずっと見守ってくれた。茉梨のいない世界に絶望し、周りを騙した自分を呪った期間も、夫は黙って私を見守ってくれた。急にドライブへ行こうと言い出して、私を連れ出すことはあった。でも、終始無言だった。無理やり私を笑わせるようなことは言ってこなかった。


 私はそれに救われた。


「ねぇ」


 私は手持ちのバッグから一枚の手紙を取り出した。今朝書いたものだ。


「これ、あの子に渡してほしいの」

「苺花さんに?」

「そう」


 夫はこちらに手を伸ばしてきたが、手紙を受け取る前に手を引っ込めた。


「これは、茉梨から僕への頼み?」

「そりゃあ、あなたに頼んでるんだから、そうに決まってるでしょ」

 何を当たり前のことを言っているのだろうと首をかしげる。夫は、いやそうじゃなくて、と苦笑いした。


「彼女のカウンセラーである古川卓巳への頼み? それとも、夫に対する古川卓巳への頼み?」

「何それ。二択問題外したら渡してくれないの?」


 どちらにしても古川卓巳という一人の人間に違いないのだから、そこまで気にするものだろうか。

 

 夫は私の持つ手紙を見ながら、「そんなことないけど」と呟いた。

 

 そんな夫の背後に会場である背の高いホテルが見えてくる。


「じゃあどっちでもいい。とにかく渡してほしいの」

「わかった」

「ありがとう。お願いします」

 ペコリと頭を下げて、夫に手紙を渡した。



 会話が一区切り着くのを待っていたのか、運転手が「もうすぐ着くよ」と声をかけてきた。夫は私の渡した手紙をカバンにしまい、財布を取り出して中身を確認している。

 

 太陽が強く射し込んできて、私の視界を遮った。春の陽気な光ではなく、夏を感じさせる強烈な光だ。

 

 

 季節は変わっていく。

 私がどれだけ望んでも、時代は変わっていく。

 茉梨より一歳大人になった私は、茉梨から少しずつ離れていく。

 そして、この世界にあった茉梨の存在は薄れていく。新しいものが生まれるにつれ、茉梨という存在は薄くなっていく。


「じゃあ、二千百円ね」


 気付けば止まっていたタクシー。運転手は後ろを振り返り、私には見向きもせず夫の方を見た。


「はい、確かに。じゃあいい日にしなねー」


 夫からお金を受け取った運転手がそう言うと、ドアが開き、外の空気が舞い込んできた。その空気はいつもと違う世界の匂いがした。

 ありがとうございましたとお礼を言いながら、タクシーを降りる。そして、会場へ入ろうと歩いて行く。




「茉那さん!!!!!!!」


 私の名前を呼ぶ声と、走ってくる足音が背後から聞こえた。

 

 振り向くと、スーツを着た逸くんがこちらに向かって全力で走ってきていた。


 夫は前を向いたまま、「先に行ってるね」と固い表情で呟き、早足で会場内へと歩いていった。返事をする間もなく夫が去り、入れ替わりで逸くんが現れる。

 

 どうして主役の私たちより先に、逸くんがここにいるのだろう。 



「これ、渡したくて! 茉那さんに!」


 状況の飲み込めてない私に、逸くんはお構いなしに花束を差し出してきた。

 

 

 視界いっぱいに広がる花。

 


 それを見た瞬間。心臓を強く打ち付けられたような気持ちになった。まるで、胸に亀裂が入ったかの衝撃が走って、私はただ立ちすくむことしか出来なかった。


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