真実と現実
外では久しぶりの雨が降っている。
「それじゃあ苺花さん。また来週、同じ時間に来ますね」
古川さんが、ファイルに紙をしまいながら私の方に微笑みかけてきた。
「記憶が戻ったのにまだカウンセリング必要なんですか?」
「そうですね。記憶が戻った後のことも、また僕と考えましょう」
「わかりました」
舌打ちしたい気持ちを、何とか唾と一緒に呑みこんだ。
「じゃあ、日記も引き続き書くようにしてくださいね」
「わかりました」
古川さんがこちらに会釈をしてから出て行く。
古川さんに日記を書けと、カウンセリングの初日に言われたが、未だに一度も書いたことはない。
私はそっとスマホを手に取り、Tiktokを開いた。
音楽とともにいろいろな動画が流れてくる。
様々な景色の動画を組み合わせて、他人の作った音楽をつけている動画。
可愛い犬の動画。
漫画を無断転載している動画。
自殺した女子高生の顔を晒して奉るような動画。
今の時代、自殺したらニュースになる。そしてそのニュースが勝手に切り取られ、こうして音楽のついた動画にされる。全く関係のない人間たちが、ニュースの一部分だけを見て、『かわいそうだ』と語り合う。
『こうして若い子が亡くなるのは辛すぎる』
『お悔み申し上げます』
コメント欄をスライドしていく。
こういったコメントを見るたびに思う。
――お前ら誰だよ。きっしょ。
動画を見て悲しんでいるフリをしている人間も、動画投稿をして自分の再生回数稼いでいる人間も気持ち悪くて仕方ない。自分は人の死を悲しめる優しい人間ですよ、とでも言いたいのだろうか。それならば、毎日毎日死んでいく人間を拝んだらどうだろうか。
動画をスワイプして次の動画へと移る。
次に出てきたのは、最近話題になっていた小学校でのニュースを切り抜いた動画だった。
ある学校で、『いじめを受けているから死にたい』と作文に書いた児童がいた。その作文を見た担任教師は、作文に花丸を付けた。そしてそれを見た児童の親は激怒し、その先生の学校名、実名をネットに上げた。そのため、その担任教師は、まったく関係のない人間からも攻撃を受けることになった。
『あまりにもひどすぎる。消えてくれ』
『こいつは自殺を助長している』
『一回死んで児童に詫びろ』
ニュースが切り抜かれた動画のコメント欄には、未だにそんな言葉が飛び交っている。
さっきの死を悲しむ人たちはどこへ消えたのだろうか、と笑ってしまいそうになる。
目尻を指先で掻きながら、再びスマホを眺める。
この先生は本当に自殺を助長する、児童を傷つけるとわかっていて花丸を付けたのだろうか。
児童の死にたいという悲痛の叫びに、赤ペンで大きくバツをつけることが正解だとでもいうのだろうか。
そしてこれらを、善だ悪だと判断するのはまったく関係のない第三者の仕事なのだろうか。
私から見れば、安全圏から矢を投げるだけの人間の方がよっぽどひどいことをしているように感じる。私なら『死にたい』と発言したことすら認めてもらいたい。そのときの私の感情に花丸をつけてほしい。
同じように死にたいと思う私がそう思っても、ニュースになった児童は違う。児童は、自分を否定された気がしたと発言した。
受け取り手の児童が嫌だと感じたから、担任教師がしたことは最低。
これが世の現実。真実ではなく事実。
現実と事実はイコールであるが、これらと真実はイコールにはならないことがある。
現実世界では、担任教師が不適切な対応を取ったと判断された。しかし、それは本当に真実なのだろうか。
本当に担任教師の対応が不適切であったかどうかはわからない。担任教師本人にも、正しさなんてわからない。真実の知らない第三者の人間が、正しさを判断できるはずがない。
いつだって真実は人の手によって塗り替えられる。隠蔽するときには黒く、美化するときには鮮やかに、誤魔化すときはたくさんの色を織り交ぜて、人々は真実を塗りつぶしていく。私たち第三者は真実の色を知らない。当の本人が見ている世界の色が、すべての人に同じような色に見えているとは限らない。
時間が経つにつれ、人々の視界は塗りつぶされていく。現実が処理されていくと、真実は消えて行ってしまう。
私はウェブサイトを開き、同じニュースを調べた。
記事には、作文に花丸をつけた教師が多大なる誹謗中傷により自殺したことが明らかになっていた。
一度他人にナイフを刺してしまえば、どこから刺されてしまうかわからない。刺すつもりがなくても受け取り手が刺さったと喚けば、顔も名前も知らない安全圏にいる赤の他人からナイフが投げられることになるのだ。
私は報道により自殺した教師を、悪だとは思わない。そして、実際に訴えた児童を悪だとも思わない。
悪とはいったい、誰の視点で悪と判断するのだろうか。私はそれが、わからない。
こんな考えのする人間はさぞ幸せに育ったのだろう。いじめに触れない世界で、愛されて育ったのだろう。そう思われても仕方ない。実際私は、幸せに育ったのかもしれない。
実際、今ここに生きているのだから、幸せなのかもしれない。
太ももが痒い。スマホを置いてズボンの裾を上げかけたとき、足音がした。
人の気配を感じた私は、ズボンの裾を下げた。
「こんにちは。逸だよ」
来るのが当たり前、といった様子の口ぶりで逸さんが私の部屋に入ってくる。成人している大学生の男の人が、女子高生である私の部屋に通うということをこの人はおかしいと認識できないのだろうか。
「こんにちは」
挨拶を返す。いつもなら、ずかずかと入ってきて遠慮なしに椅子に座るのだが、今日はいつもと様子が違う。クラス替え初日の生徒のように、入り口の立ったままただこちらを見ている。
「あのさ、苺花ちゃん……」
「なんですか?」
様子が変だ。私はなんとなく、嫌な予感がした。そしてその予感は的中した。
「ぼくには話していいよ」
逸さんは私に対し、一方的な優しさを見せた。
「苺花ちゃん。嘘ついてるよね。本当の話、ぼくでよかったら聞くよ」
手を差し伸べるかのように逸さんは私に近づいてくる。
「花ちゃんから聞いていたこと、思い出したんですか?」
逸さんは私の質問に対し、縦に頷いた。
どうやら逸さんは記憶を取り戻したらしい。
私の嘘は、逸さんが記憶を取り戻したら終わってしまう可能性があった。私はそれをわかっていた。
だからあんまりショックは受けなかった。
「怒らないから、話してほしい」
逸さんが懇願するように私の目を見つめてくる。
「長くなりますが、いいですか」
私の言葉に逸さんは黙って頷いた。
私は自分が入院するまでの話を始めた。




