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第6話 エピローグ:新たな麺路(みち)

 ラーメンフェスが幕を閉じてからしばらく経ち、王都には平穏な日常が戻りつつあった。しかし、その空気は以前までのものとはどこか違っていた。あの大盛況だった祭りをきっかけに、ラーメンという料理が王国全体を巻き込んでさらに大きく盛り上がり始めているのだ。


 王都の大通りを歩けば、あの熱気を追いかけるように新たな屋台や食堂が次々と店を出している。フェスに参加した料理人の評判が広まり、人々が「一度はあの味を試してみたい」と列をなす光景があちこちで見られるようになった。とくに地方から訪れた旅人たちは、そこでしか味わえない独創的なラーメンを求めて、王都の地に滞在する期間を延ばしているという話まである。


 学院もまた、その活気の恩恵を受けていた。元々ラーメンづくりの教育には力を入れていたものの、フェス後はラーメンギルドとの協力がさらに強化され、新しい調理器具の導入や講義のレベルアップが進んでいる。生徒たちはみな、先輩であるレティシアとマリアの活躍を知っているだけに、いつか自分たちも王都の舞台で腕を試したいという夢を抱き始めているようだ。


 そんな学院では、相変わらずレティシアとマリアの名が話題にのぼることが多い。あのフェスで見事な勝負を繰り広げ、互いを認め合った二人――いつしか彼女たちは「王国ラーメン界の双璧」と呼ばれるようになっていた。もっとも、当の本人たちにしてみれば、その呼び名はやや大げさで恥ずかしい気もしているらしい。


 ある日の昼下がり。学院の調理室では、レティシアが静かに鍋をのぞき込んでいた。淡い湯気が立ちのぼるスープの中には、見慣れない香辛料がいくつか浮かんでおり、控えめだが独特の香りが鼻をくすぐる。


「これくらいの分量なら、肉の旨みを損なわずに辛みをアクセントにできるはず。もう少し煮詰めたら、きっと理想の味に近づくはずよ」


 彼女の横顔には、あの大舞台を経てさらに強まった自信と探究心が宿っている。フェスの直後、王太子アレクサンドルから「あなたのラーメンには伝統の重みだけでなく、革新への意欲を感じた」と評されたことが大きかったのだろう。


 公爵家に生まれた彼女は、格式を守ることに誇りを持っているが、フェスを通じて「伝統の中に新しい風を吹き込むこともまた、大切な責務」と実感したようだった。そのため、最近では庶民がよく使う調味料を積極的に取り入れたり、マリアの作る素材選びを参考にしたりしている。もちろん、レティシアなりの厳格な基準を通しているため、常に試行錯誤の連続ではあるが、それこそが彼女の研究の原動力になっているのだ。


 一方、マリアは学院の裏庭で、自分専用の小さな菜園を手入れしていた。平民出身の彼女には、高級食材を手にする機会は少ないが、その代わり自分の手で育てたものを上手に使ってラーメンを作りたいという思いがある。


「この子たちが立派に育ったら、新しいダシのバリエーションが増えそうだな。全国を回れば、ほかにも面白い素材が見つかるかもしれない」


 そう言って笑う彼女の顔は、あのフェスでの勝負を終えてからますます生き生きとしている。元々「たくさんの人を笑顔にするラーメンを作りたい」というのがマリアの願いだったが、フェスに参加した結果、その想いが一層強まっているようだ。最近では「いつか自分の店を構えて、誰もが気軽に立ち寄れる場所を作りたい」という夢を公言するようになった。


 二人は学院のどこかですれ違えば、自然と言葉を交わす間柄になっていた。かつては噂や勝負への意識が先行して、視線がぶつかり合うことすら稀だったが、今では会話を交わすたびに、互いの近況を気軽に尋ねたり、新しいレシピの話をしたりすることができるのだ。


 その姿を見ている学院の生徒たちは、不思議と微笑ましい気持ちになるという。「貴族と平民の差なんて関係なく、ラーメンへの情熱で一つになれるんだ」と感じられるからだろう。


 そんな二人に対して、ラーメンギルドの職人や研究者たちも次なる提案を期待している。フェスでの激闘をきっかけに、ギルドには新しい素材情報や、地方の風変わりなレシピが大量に集まるようになった。ギルドの代表者は、その中から興味深いものを選んではレティシアとマリアに連絡を取り、意見を求めたりもしているらしい。


「あなた方なら、どんなアレンジを思いつくかね。もし面白いアイデアが浮かんだら、ぜひギルドに協力してほしいんだよ」


 こうした誘いに対して、レティシアは「公爵家の名に恥じぬものができれば、喜んで協力しましょう」と慎重ながらも前向きに応じ、マリアは「みんなが驚くような美味しさを生み出せるなら、ぜひ!」と快諾している。二人が同じプロジェクトに携わる機会も、今後は増えていくに違いない。


 王太子アレクサンドルもまた、相変わらずラーメンのことばかり考えているようだ。城の執務室で難しい書類に目を通しては、退屈そうにため息をつき、それが終わった瞬間に「ここ最近で美味しい噂の店はないのか」と側近に問いただす。


「国内の紛争や経済の問題ももちろん大事だが、ラーメンだって負けず劣らず大事だからな!」


 彼なりに王族としての責務は果たしているつもりだが、趣味と実益を兼ねてラーメン文化の発展を後押しすることに一番情熱を注いでいるのは周知の事実である。フェスを成功させた実績があるだけに、次はどんな大掛かりな企画を打ち出すのか、誰もが期待と不安を抱いているらしい。


 こうして、王国全体がラーメンをめぐる新たな局面を迎えつつある。人々が口にする話題も、単なる「どの店のラーメンが美味いか」というレベルを超えて、「地域ごとの特色をどう活かすか」や「新しい素材との融合を試みるべきではないか」といった深い議論にまで発展している。学院やギルドの関係者たちは、いっそう意欲的に研究を続け、誰もが「次こそ、また歴史に名を残すような一杯を作る」と燃えているのだ。


 そして、その先頭を走るのがレティシアとマリア、二人の姿であることに疑いはない。いつしか「王国ラーメン界の双璧」と称えられるようになった彼女たちだが、その呼び名に甘んじる様子は少しも見られない。むしろ、まだまだ自分には伸びしろがあると信じ、互いの強みを認め合いながら研鑽を重ねている。


 ある夕暮れ、学院の中庭で偶然顔を合わせた二人は、何気ない世間話からやがてラーメンの話題に移っていた。マリアが思いついた新しいダシの組み合わせを口にすると、レティシアは興味深げに耳を傾ける。


「それなら、スープの温度を少し高めに設定して、素材の膨張を早めるのも面白いかもしれないわ。わたくしが試したとき、下味をつけるタイミングが早すぎて失敗しかけたことがあるから、気をつけて」

「なるほど。やっぱり実際に試した経験があると説得力が違いますね。ありがとうございます、やってみます!」


 そんな軽やかな対話が、今の二人には当たり前になっている。かつては交わす言葉すら少なかったことを思えば、これこそまさに大きな変化だと言えるだろう。


 学院の校舎の窓からは、そんな二人の様子を見つめる生徒たちの姿がある。誰もが微笑ましそうに見守り、「早く自分もあの舞台に立ちたい」「いつかは二人を超えるようなラーメンを作ってみたい」と夢を膨らませている。かくして、次世代の気鋭の麺職人が生まれる土壌が、少しずつ出来上がっていくのだ。


 夜が更けても、王都の通りには多くの行商や旅行者が行き交っている。ラーメンギルドの店先には新たな情報が張り出され、地方産の珍しい素材が紹介されると同時に、あのフェスの回想録やレティシアとマリアの名声を語る記事が人目を引いていた。


「次のラーメンフェスはいつ開かれるのか? 王太子アレクサンドルの次なる企画は?」


 そんな話題が絶え間なく飛び交い、街の空気がどこか弾んでいるようにさえ感じられる。


 やがて、夜空に月と星が明るく瞬き始め、王都は夜の帳に包まれていく。レティシアとマリアもそれぞれの部屋で静かに明日の準備を進めていることだろう。フェスの興奮はひとまず落ち着いたとはいえ、これからも彼女たちの「麺路(みち)」は続いていくに違いない。もっと高みに到達するために、もっと多くの人を笑顔にするために――それこそが、二人の真価を問われる新しいスタート地点なのだ。


 そう、王国のラーメン文化は、いまだ進化の途上である。伝統を守る者も、新たな風を呼び込む者も、それぞれの場所で鍋を煮込み、麺を打ち、少しでも理想の味に近づこうと努力を重ねている。今、彼女たちが作り上げた成果は多くの人々の心を動かし、ラーメンをめぐる熱意と好奇心を掻き立てているのだ。


 そして、きっとこの先も、二人の道は交差しながら、さらに高いステージへ向かっていくだろう。未来にはもっと素晴らしいラーメンが誕生し、想像もしなかった歓びと驚きを人々にもたらしてくれるかもしれない。レティシアとマリアは、そんな希望を胸に抱きながら、明日もまた寸胴の火をかき立てる。


 学院の夜空を見上げれば、満天の星が(きら)めいている。あのフェスから始まった新たな潮流は、やがて世界の果てにまで広がるかもしれない――そう思うだけで、胸が高鳴ってくる。


 ラーメンという一杯が繋いだ縁と、そこで交わされた情熱が、新たな麺路(みち)を切り開いていく。この物語は一段落を迎えたが、彼女たちの歩みは決して止まらない。鍋の湯が沸き立つたびに、新しい物語が芽吹き、人々を笑顔にする一杯が生まれるだろう。


「王国のラーメン文化はこれからだ」


 そんな合言葉を胸に、今日もまた二人の令嬢は、それぞれの味を追い求める旅を続けている。いつかまた大きな舞台で、その研鑽の成果を披露する日が来るに違いない。人々はその日を楽しみに待ちながら、王都の至るところに息づくラーメンの香りを存分に味わっているのである。


(完)

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