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第5話 激突!ラーメンフェス

 ラーメンフェス当日の朝は、王都の空がどこか凛々しく晴れ渡っていた。夜明け前から(にぎ)やかな人々の声が広場に響き、次々と運び込まれる屋台や調理器具の数々が、祭りの幕開けを告げている。珍しい食材を乗せた荷車や、華やかな装飾を施した行商の列が王城通りを埋め尽くし、まさに国中がラーメン一色に染まる光景がそこにあった。


 王太子アレクサンドルの肝いりで開催が決まったこのイベントには、貴族や大商家の関係者はもちろん、地方の小さな集落から来たという旅の客までもが詰めかけている。何しろ、屋台から高級店まで、それこそ数えきれないほどの店が一同に集結しているのだ。


 もちろん、全ての注目はメインイベントであるレティシアとマリアの対決へと集まっている。広場の中央に設けられたステージ風の特設会場では、ラーメンギルドの面々や学院の教師たちが審査員として控え、いつ訪れてもおかしくない二人の登場を今か今かと待ち構えていた。そこには、王太子アレクサンドルの姿もある。彼は早くから会場に現れては、すでに周辺の屋台を次々と試食し、関係者から「いよいよですね」「さすがに張り切っていらっしゃる」と口々に(ささや)かれていた。


「フェスにふさわしい晴天だ。さあ、最高の一杯を見せてもらおうじゃないか!」


 アレクサンドルはそう言って、上機嫌な笑みを浮かべながらステージ上の椅子に腰を下ろす。まるでまぶしい光のもと、国中のラーメンが自分を讃えてくれるかのような堂々たる態度だ。


 一方、レティシアとマリアは別々の場所で最後の準備を整えていた。人目を引くステージの真裏には広い調理スペースが設けられ、二人はそれぞれの器具や食材を持ち込み、すぐさま仕上げに取りかかる。


 レティシアは緊張を感じさせない端正な表情で、しかし手元だけは常に慎重な動きを見せている。か細い指で鍋の火加減を調整し、アクを取るタイミングを見計らい、丁寧に味を確かめる。並べられた数々の香辛料と高級な素材、それに加え、普段は使わない庶民的なアイテムが少量ながら取り揃えられていた。


「伝統に泥を塗るわけにはいかない。けれど、新しい風も取り入れる必要がある。あの子のような自由な発想を意識しているわけではないけれど……こうでもしないと、あの品評会のときみたいに足元をすくわれる可能性があるものね」


 そう小声でつぶやいたレティシアの瞳には、かすかに闘志が宿っている。これが公爵家の名を背負う最後の勝負――そのくらいの覚悟を胸に秘めているのだろう。


 一方で、マリアは香味野菜や海藻、山で採れる茸のような豊富な具材を次々と調理しながら、湯気の立ち上る大きな寸胴とにらめっこをしていた。鍋のそばには、打ち立ての麺が用意されている。彼女なりに練り上げた配合を駆使して作った麺は、ほどよい弾力と透明感を持ち、見た目にも美しい。


「ここまで来たら、あとは自分を信じて全力を出すだけ。みんなに笑顔になってほしいから……レティシア様にも、わたしの味をちゃんと届けたい」


 マリアはそう心中で決意を固め、ぐつぐつと煮え立つスープをかき混ぜる。(かす)かな磯の香りと、干物の旨みを上手に掛け合わせた味わいが、やがて口の中を満たすであろう一杯の完成を告げていた。


 やがて、アナウンスを務めるギルドの一員が大声で開会宣言を放つ。


「皆さま、お待ちかねでございます! 王太子アレクサンドル殿下のご後援により開催されましたラーメンフェスも、いよいよメインステージを迎えます! 学院にて高貴なる伝統を継承するレティシア・フォン・ローゼンベルク殿と、自由な発想で未来を切り開く奨学生マリア・ブランシェ殿! 両者の対決、どうぞご期待くださいませ!」


 広場いっぱいに集まった観客から、大きな歓声と拍手が湧き上がる。貴族の子弟たちはレティシアの名を呼び、庶民の若者たちはマリアを応援する声を上げる。そこに、様々な地方から集まった料理人たちの好奇の目も加わって、熱気はもはや最高潮だ。


 レティシアとマリアがそれぞれの鍋を運び込み、ステージ上に用意された調理台に並んだ瞬間、会場の熱狂はさらに膨れ上がった。周囲を取り囲むように並んだ審査員席には、王太子アレクサンドルのほか、ラーメンギルドの重鎮や学院の教師たち、そして招待客の貴族や商人の姿もある。


「では、早速ラーメンの調理を始めていただきましょう!」


 司会が宣言すると同時に、レティシアは最後の仕上げに入った。鍋のスープはすでに火を止め、絶妙な温度が保たれている。別の小鍋では特製ソースが加熱されており、それを麺の上にほんの少量だけかけることで味に深みを持たせるのが狙いらしい。実際に器へスープを注げば、濃厚な鶏の旨みの中に、どことなく香味野菜やスパイスの複雑さが感じられる――まさに伝統と革新を兼ね備えた「ハイブリッドラーメン」が姿を現そうとしていた。


 一方、マリアのほうは軽やかに麺を湯切り、素早く器に盛りつける。そこへ合わせるのは、あらかじめ煮込んでおいた、複数の干物と海藻、山菜から引き出したダシ。濃厚とは言えないが、じわりと舌を包み込むような優しい風味が特徴だ。加えて、具材にもキノコや色鮮やかな野菜を添え、自然の恵みを一杯に凝縮した「海と山のラーメン」が完成しつつある。


 やがて、両者はほぼ同時に「できました」と声を上げ、それぞれの器を審査員のもとへ運んだ。その場に立ちこめる香りに、観客席から思わず歓声がこぼれる。アレクサンドルをはじめとする審査員たちは目を輝かせながら、一口ずつ味わっていく。


 レティシアのラーメンは、濃厚な肉の旨みと野菜の甘みがしっかり溶け合い、後からじんわりとスパイスの刺激が追いかけてくる。見た目には高貴な雰囲気がありながら、どこか温かな余韻も感じられるという、独特のバランスが絶妙だ。


「ほう、この奥深さ……伝統的な鶏ガラの味わいを核にしながら、新しい風を吹き込んでいるな。これぞハイブリッドか!」


 ギルドの重鎮が唸りながらつぶやく。アレクサンドルも勢いよく麺を啜り、一目瞭然の喜びを表情に浮かべた。


「これは……旨い! 伝統がただの古いものにならず、ちゃんと今の時代に合わせて進化している。さすがレティシア殿だ!」


 一方のマリアのラーメンを口にした審査員たちは、思わず目を丸くする。力強いインパクトこそ少ないものの、噛むほどに素材の味わいが(にじ)み出てくるのだ。あっさりとしているのに、実に奥行きが深い。何より、山菜や海藻の風味が絶妙に溶け合い、舌の上をさまざまな味が踊るように通り過ぎていく。


「なんという優しいコクだ。最初は物足りなく感じるかと思えば、あとから次々と旨みが押し寄せてくる……まるで大地と海が一度に広がっているようだな」


 王太子が感嘆の息を漏らす。ギルドの面々もその新鮮さに目を見張っている。庶民的な素材ばかり集めたはずなのに、これほどの味を作り出すとは誰も想像していなかったのだ。


 やがて、審査員と観客たちの目の前に並べられた二つのラーメンを改めて見比べながら、意見が飛び交う。どちらが優れているか、簡単には決められない。それほどに両者の方向性が異なり、かつ完成度が高いということだろう。


 そして、ステージの中央に立つ司会が、場を落ち着かせるように大きく手を広げた。


「さあ、皆さま。お待たせいたしました。いよいよ勝負の行方を決める瞬間です! 果たして、勝利を手にするのはどちらか……審査員席の判定をお願いします!」


 拍手とどよめきの中、審査員の一人ひとりが手元の札を挙げる。赤がレティシア、青がマリア。それぞれに一票ずつが入り交じり、最後の札が挙がった時点で、会場から大きな息が漏れた。数えてみれば、わずかにレティシアが上回ったようにも見えるし、同数のようにも見える。隣の審査員はマリアの札を掲げている。一瞬、審査員同士で互いの札を見比べ、混乱が広がる。


「これは……ほぼ互角だ。どうやら勝敗を明確につけるのは難しいぞ」


 司会が思わず言うと、アレクサンドルが椅子から立ち上がり、やや大げさな動作で場を仕切った。


「皆の者、焦ることはない。私も両者のラーメンを味わったが、どちらも素晴らしすぎて、言葉が出ないほどだ。これを単純な勝敗だけで終わらせていいものか……いや、むしろ両方とも最高だと言うほかない!」


 王太子の声が響き渡ると、会場からは再び拍手と歓声が湧き起こる。まさかの決着に一瞬困惑しつつも、多くの観客は納得している様子だ。どちらが勝ってもおかしくない勝負――ならば、互いに勝者と呼んでもいいのではないかという空気が生まれていた。


 こうして、判定は「僅差で決着をつけられない」という事実上の引き分けに近い形に落ち着く。レティシアは驚きながらも、どこかほっとした表情を浮かべ、マリアのほうに目を向けた。マリアも疲れ切った顔でありながら、微笑みを返す。その瞳には、悔しさではなく、清々しい達成感が漂っている。


「あなたのラーメン、すごく美味しかったわ。正直、ここまでの味とは思わなかった」

「わたしも、レティシア様のラーメンにこんなに新しい魅力があるなんて驚きました。負けないように頑張ってきたけど……正直、脱帽です」


 二人は短い言葉を交わし合い、お互いの皿を交換して少しだけ味見をする。それは、闘いのなかで生まれた敬意を示すような行為だった。レティシアはマリアのラーメンを一口すすり、まぶたを閉じる。確かに、上質な素材だけが全てではないという新しい発想が舌に染み渡っていく気がした。


 一方、マリアはレティシアのスープを改めて飲み、伝統という重みの中に柔軟な工夫が光る味を感じ取る。自分にはまだ届かない高みがある――それを再確認して、しかし不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、「もっと頑張ろう」という意欲が湧いてくる。


 そんな二人のやり取りを見届けた観客たちは、大きな拍手でステージを包み込む。ラーメンギルドのメンバーも「これぞ新時代の到来だ」と感嘆し、アレクサンドルは上機嫌で、すぐにでも祝宴を開きたいとばかりに声を上げた。


「皆、今日の二人の戦いを見ただろう! 伝統と革新が互いにぶつかり合い、そして高め合う……これこそラーメンが持つ無限の可能性だ。レティシア、マリア、どちらも勝者と呼ぶにふさわしい。今後も君たちが王国ラーメン界の双璧として、この文化を牽引してくれると信じているぞ!」


 満場の拍手が再び沸き起こる。こうして、ラーメンフェスのクライマックスは熱狂のうちに幕を下ろした。会場にはまだまだ多くの屋台や料理人たちが控えており、人々はその余韻を楽しみながら祭りを続けるつもりのようだったが、二人の最終対決は見事な形で結末を迎えたのだ。


 ステージを下りてきたレティシアとマリアの周囲には、たちまち祝福や称賛の声が集まる。学院の仲間やラーメンギルドの職人、貴族派や庶民派の生徒たちまでもが二人の健闘を素直に讃えていた。


「あなたの一杯、正直言って侮れなかったわ。次はいつかしら――またどこかで対決しましょう」

「はい、ぜひ。わたし、レティシア様に負けないくらいの味をもっと磨いていきますから」


 硬く握手を交わした二人の姿は、以前のようなぎくしゃくした雰囲気ではなく、良きライバル同士が微笑みあう、穏やかな空気が漂っていた。互いの個性を認め合い、さらに高みを目指す関係として、新たなステージに踏み出したのだろう。


 そして、二人を見送るように、観客たちの拍手はいつまでも鳴りやまなかった。王都の空を見上げれば、雲ひとつない澄み切った青が広がっている。ラーメンを愛する王太子の情熱が成し遂げた大イベントは、最高の形で成功を収めたのだ。


 しかし、物語はまだ終わらない。これを機に王国のラーメン文化は大きく動き出し、二人の名は王国ラーメン界の双璧としてさらに広まっていくことになるだろう。レティシアもマリアも、それぞれの道を歩みながら、いつかまたどこかで鍋を振るい合う日が来る。


 フェスの余韻が冷めやらぬまま、熱狂的な盛り上がりのなかで幕を下ろした伝統と革新の激突。その次の章がどんな物語を紡ぎ出すのか――人々は少しだけ名残惜しそうに屋台をまわりながら、また新しい一杯を求めて歩みを進めていく。二人の勇姿を胸に刻みながら、ここから始まるさらなる展開を心待ちにしているのだ。

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