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第4話 伝統の極み vs 革新の挑戦

 王太子アレクサンドルが学院を訪れるという話題は、わずか数日のうちに城下町全体にまで広がっていった。もともと王族の視察はそれほど珍しい行事ではなかったが、今回ばかりは様子が違う。何しろ、アレクサンドルは単なる次期国王候補であるだけではなく、この国随一のラーメン愛好家として広く知られているからだ。


「今度は一体、どんな企画を立ち上げるつもりなのだろう」

「さぞかし面白い催しになるだろうな」


 城下町の人々はそんな言葉を交わしながら、期待に胸を膨らませる。特に料理人や商人たちは、アレクサンドルが絡むイベントほど儲かる機会は滅多にないと見て、さっそく新しい屋台の準備や限定レシピの研究に乗り出しているらしかった。


 アレクサンドル本人はと言えば、まだ正式な場で公言してはいないものの、「レティシアとマリアが激突するラーメン勝負を、学院だけでやらせるのはもったいない」という思いを抱いている。貴族派と庶民派、伝統と革新――そんな対立構図があるからこそ、これを大きなイベントに仕立て上げれば、国中を沸かせることができると確信しているのだ。


「ラーメンこそ、この国が持つ最高の文化だ。もっと多くの人にその魅力を知ってもらいたいじゃないか」


 アレクサンドルがそう力説すると、側近たちは苦笑いを浮かべる。いくら王太子とはいえ、ラーメンにかける熱意がここまで突出している姿は、周囲にとっては少々奇妙に映るのかもしれない。だが、彼はどんな批判も気にしない。どれだけ真面目な会議の席でも、ラーメンの話題がひとたび出れば身を乗り出し、まるで子どものような笑みをこぼしてしまうのである。


 学院に(おもむ)くと決めたのも、ただの視察という名目だけが目的ではない。レティシアとマリアが近く再戦をするという話を小耳にはさみ、その様子を直接確かめたいという動機がかなり大きかった。噂に聞く限りでは、公爵家の誇りを背負うレティシアのスープはまさに伝統の結晶と言える完成度を誇り、一方でマリアは自由な発想で新たな境地を切り開こうとしている。両者が真剣勝負をすれば、きっと素晴らしいラーメンが生まれるに違いない――アレクサンドルはそう信じて疑わなかった。


 そして、学院に到着した王太子は、教師やギルドのメンバーたちから二人の対立と、その後の展開を詳しく聞き出していく。マリアがうっかりレティシアのスープを台無しにしてしまったこと、そこから二人の確執が生まれたこと、やがて正々堂々とラーメン対決で決着をつける運びとなったこと。それらをひと通り聞くと、アレクサンドルの瞳は一段と輝きを増した。


「それならば、この学院の枠を越えて、もっと大きな場で二人に勝負してもらおうじゃないか。せっかくだから、国中から職人や商人を呼び寄せて、盛大に祭りを開きたい。名付けて『ラーメンフェス』だ!」


 この提案に、教師たちは一瞬戸惑いの表情を見せる。さすがに国規模の祭典を学院の対立から派生させるとなると、相応の準備や費用が必要だ。だが、アレクサンドルにかかれば王宮やギルドとの連携も容易であり、実現に向けての障害は多くない。ギルド側も「新たなレシピや素材を発掘する絶好のチャンスだ」と大乗り気で、次々と具体的な案が飛び出した。


 こうして、本来なら学内でひっそり(とは言えないほど注目度は高かったが)行われるはずだったレティシアとマリアのラーメン対決は、一気に国中を巻き込む大騒ぎへと発展することになる。


 王太子の協力のもと、ラーメンフェスの準備が急ピッチで進められると聞いて、学院の生徒たちはもちろん、街の住民たちも大いに盛り上がった。すでに町の広場では、大会当日に屋台を出店しようとする料理人や商人が場所取りの相談を始めており、さまざまな具材やスープを乗せた荷馬車が行き交うようになっている。


 フェスの目玉は何と言っても「学院を代表するレティシアとマリアの直接対決」だが、それ以外にも多数の料理人が参加して腕を競い合うため、単なる一対一の勝負にとどまらない大スケールの祭りになる見込みだった。屋台から高級料理店のシェフまで、誰もが自慢のラーメンを持ち寄り、そこで評価を得ることができれば商売繁盛は間違いなし。そうして思惑が渦巻く中、ラーメンギルドが主体となり、フェスの競技形式や審査基準が細かく練られていく。


 その頃、レティシアとマリアは、それぞれ複雑な思いを抱えながらフェスに向けて準備を始めていた。


 レティシアは、公爵家の令嬢としての名を汚さぬよう、伝統的なレシピをさらに磨き上げる必要性を感じている。ふだんなら自分の研究だけで満足していたかもしれないが、今回は学院という舞台を越え、多くの職人が注目する場となるのだ。そうなれば、中途半端な味では到底受け入れられない。もはやスープの再現だけではなく、新しいアレンジや素材の取り込みが必要だろうと、内心で葛藤していた。


「だけど、あまりにも奇抜な方向に走るわけにはいかない。公爵家の味という矜持(きょうじ)は、けっして譲れない部分なのだから…」


 彼女はこう自分に言い聞かせながら、昔から伝わるレシピの書物を再度読み返す。そこには高級食材の数々が記されているが、最近では王都の市場に出回る新しい香辛料や、マリアがよく使っているような庶民的な素材も気になる。持ち前の探究心とプライドがせめぎ合いながら、どこまで革新を取り入れるべきか、レティシアなりに思い悩んでいる様子だった。


 一方、マリアはといえば、フェスに参加するとなれば、今以上に厳しい目で評価されることは明白だとわかっている。いくら自分が努力を重ねたところで、庶民出身の学生が国を代表する料理人たちに混ざって勝負するなど、無謀とも思われかねない。しかし、彼女は今回こそ「多くの人を笑顔にするラーメン」を証明できるチャンスだと捉えていた。


「もしわたしのラーメンがみんなに喜んでもらえるなら、それ以上の幸せはない。平民だとか貴族だとか、そんな垣根を越えて、ラーメンは誰にでも楽しめるものだって証明してみせたい……!」


 以前から研究していた様々な食材やダシの組み合わせをさらに突き詰め、手打ち麺の改良にも取り組む。貴族向けに華やかなトッピングを施すことだけがラーメンではない。たとえ安価な素材でも工夫次第で極上の味を引き出せる――そう信じるマリアにとって、フェスへの挑戦はむしろ大きな希望となっていた。


 そんな彼女たちの姿をよそに、学院では早くもレティシア派とマリア派が盛り上がり、互いの“推し”を応援する生徒同士でにぎやかな会話が弾んでいた。


「レティシア様の気高さと麺づくりへのこだわりは素晴らしい。絶対に貴族の頂点としてふさわしい味を作り上げてくれるに違いないわ」

「いやいや、マリアのほうが幅広い発想でいろんな人を惹きつける力を持っている。庶民派こそ、ラーメンの未来を切り開くんだ」


 こうしたやり取りは講堂や食堂でも絶えず交わされ、ちょっとした応援合戦が白熱している。


 やがて学院だけでなく街の住民たちも巻き込む形で、チラシが作成され、王都の広場や市場に貼り出されるようになった。そのチラシには、王太子アレクサンドルの後援のもと開催される「ラーメンフェス」の概要が記されており、レティシアとマリアの対決がメインアクトとして紹介されている。


 まだ開催日や細かな競技内容は調整中だが、それでも市井の人々は「平民出身の奨学生が公爵家令嬢に挑むらしい」「その二人、学院ですでに大騒ぎになっているそうだ」という噂を聞きつけ、フェスの話題をあちこちで口にするようになる。やがて周辺の領地からも、「自分たちの店を売り込むために参加したい」という料理人が続々と名乗りを上げ、ラーメンギルドは受付窓口として大忙しとなった。


 もちろん、アレクサンドルはそんな盛り上がりを知って、気分は最高潮だ。


「見ろよ、この出店予定の数。市民の屋台だけでなく、あの老舗料理店や各地方の特産物を扱う商人まで参加したいと申し出ている。何て素晴らしい光景なんだ!」


 彼はまるで子どものように声を弾ませ、係の者を困惑させるほどに期待を膨らませている。その一方で、公務の合間にふらりと学院を訪れ、レティシアやマリアの様子をそっと見て回ることも忘れない。彼らがどう素材を集め、どんなスープを試しているのか、気になって仕方がないのだ。


 しかし、レティシアもマリアも、すでに外野の騒ぎに振り回されている余裕などほとんどなかった。学院での授業の合間を縫っては、それぞれ素材集めに奔走し、レシピの改良に没頭している。


 レティシアは自室に積まれた文献や古い料理書を丹念に読み解きながら、どの食材が伝統的な味に変化をつけるのに最適かを模索していた。時にはメイドや使用人を使って遠方の市場から希少な香辛料を取り寄せることもある。


「これは少し刺激が強すぎるわね。でも、ほんのひとつまみ混ぜるだけで後味に深みが増すかもしれない……。もう一度、火加減を調整して試してみましょう」


 彼女は華やかなドレス姿のまま、スープの鍋をかき混ぜては試飲し、またかき混ぜるという作業を繰り返す。はたから見れば異様な光景だが、これも彼女にとっては当然の努力だった。


 マリアはと言えば、実家から送られてきた干物や野菜を試行錯誤で組み合わせ、独自のダシを追究している。貴族が用いる高級食材には手が届かないぶん、身近な素材の味を最大限引き出そうと考えたのだ。


「この魚の干物からとれる旨みは絶対すごいはず…けど、煮込み時間を少し短くしないと、匂いがきつくなるかも。もう一度、昆布の量も調整してみよう」


 彼女は何度も失敗を繰り返しながら、それでもへこたれずに前へ進む。周りがどれだけ騒がしくても、自分が作りたいラーメンのイメージを捨てる気はない。


 やがて、学院や城下町だけでなく、遠方の地方都市からも「ラーメンフェスに行ってみたい」との声が届くようになる。王都に商売を持つ者たちは大忙しで準備に追われ、客寄せのために独自のメニューを考案する例も続出。かくして王都全体がラーメン一色に染まっていく雰囲気が加速し始めるのだった。


 そうして、フェスの話題が最高潮に盛り上がり始めた頃、王太子アレクサンドルはついに正式な発表を行う。王宮の広間に関係者を集め、ラーメンフェスを開催する旨と、そのメインイベントとして学院の二人――レティシアとマリア――が対決をするという事実を高らかに宣言したのだ。


「ラーメンをこよなく愛する皆よ、聞いてくれ。近く、ここ王都の広場を中心に『ラーメンフェス』を開催する。誰もが自由に参加でき、新しい味を生み出すきっかけになるだろう。そこでメインを飾るのは、学院で磨かれた二人の学生の勝負だ。誇り高い伝統を守り抜くか、あるいは大胆な発想で未来を開くか――その決着を、皆の目でしかと見届けてほしい!」


 王太子の演説が終わるや否や、会場は拍手喝采に包まれた。多くの人は、彼の熱意に(あき)れつつも、心の底では大いに楽しみを感じている。まさか学生同士の争いがここまで膨れ上がるとは誰も予想していなかったが、これほどの盛り上がりを見れば、もはや一大祭典として成功することは疑いようもない。


 こうして、レティシアとマリアは否応なく国中の注目を集めることになり、ラーメンフェスに向けた準備はいよいよ本格化していく。学院では相変わらず両派の応援合戦が白熱しており、街には屋台用の器や特製食材が山積みになって運ばれてくる。まるでこの国の全てが、ラーメンという一杯に情熱を注ぎ始めたかのようだった。


 フェスの開催日が近づくたびに、レティシアとマリアの内心はさらに引き締まり、同時にさまざまな不安や期待が混ざり合う。果たして、自分の理想とする味を、この大舞台で正しく伝えられるのか。相手と戦うことだけに囚われず、ラーメンを愛する気持ちを表現しきれるのか――それぞれの胸に渦巻く思いは尽きない。


 大規模イベントの幕が上がれば、あとはもう引き返せない。王太子の強い後押しで実現したこのラーメンフェスが、レティシアとマリアにとってどのような結末をもたらすのか、誰もが固唾(かたず)を飲んで見守ろうとしていた。両者の対立はどこまでエスカレートし、どこで交差するのか――この国全体が、その行く末を期待に胸を弾ませながら待ち焦がれている。

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