モッフモフなドラゴンだと!?
「なんだ、お前は!」
『人間にはポメラニアンと呼ばれる種類の犬だな。中身はお前が倒したドラゴンさ』
「ドラゴンが、ポメラニアンだと……?」
『小さくて小回りが利くので、とても気に入っている』
影がチョコチョコと動く。犬のポメラニアンは知っている。賜った屋敷の使用人が飼っていて、犬好きの親が連れて来てと頼んで庭で遊んでいたことがある。
そりゃあもうモッフモフの毛玉みたいな犬だった。超高速でクルクルと回るあの足さばきが羨ましいと思ったものだ。いや俺は回らないが、あれだけ早く動けるのが凄いと素直に思ったものだ。
「何故ドラゴンがポメラニアンなんだ? いや、それ以前に何故ここにいる!」
『ちょっと長い話になるが、聞いてくれ』
そういってドラゴンが話し始めたのは驚愕の出来事だった。
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『俺は山の中で平和に暮らしていた、2,000歳ほどの若いドラゴンさ』
「二千歳。それが若いのか?」
『俺の親は4千年だからな。ともかく、俺は若い方なんだ』
ドラゴンは普段、魔素というものを食べているらしい。魔素とはこの地上に漂っている空気のようなもので、人間には感知できないし取り込めないが、魔物やドラゴンはこれを吸収することが出来るという。
魔素は非常にエネルギーが高く、これを取り込んでおけばいわゆる食事は必要ないのだという。
「ドラゴンは霞を食べて生きている、と聞いたことがあるが、本当だったのだな」
『その言葉、あまりいい意味じゃなかったと記憶しているぞ!』
「ほう、人間の言い回しが分かるのか」
『俺たちは人間の言葉も学ぶからな!』
「ああ、時間が有り余ってヒマなんだろう?」
『いちいちむかつく言い方するな! まあいい、俺たちは通常は食べ物を採らないが、それでも食べる事は出来るし、好物もある』
「なるほど?」
『山に生えている人間でいうところの果物があってな、小さいが甘い。その上に魔素も含んでいるから好んで食べるんだ』
「人間も食べる果物か?」
『いや、魔素は人には毒になるから食べない。だからこそ邪魔されずに食べられるんだ』
それは普通なら人間の頭ほどの大きさほどの果物らしい。そんな大きい物があるのかと思ったが、スイカとか瓜類はそのくらいになるからあり得るのかもしれない。
それでもドラゴンにしてみたら、人間でいうところのサクランボ程度の大きさらしい。
『それがな、人間サイズのデカい実を一つだけ見つけたんだ。通常のものよりも色が違っていたが、通常サイズも一緒に生えていたから、突然変異かと思って、喜んで食べた』
「……ほう」
『だが中身がスカスカだった。妙に繊維質だったし』
「言いにくいが、それは虫が食った後だったのでは?」
『ちょっと違う』
大きな実は、どうやら虫が入り込んだために外側が大きくなっただけらしい。虫がいたから外見は大きいが中身は少ない状態で、誰かが食べるのを待っていたらしい。
「もしかして、それがお前に入り込んだという寄生虫だったのか?」
『結論から言えば、そうだ』
一口で食べたのが悪かった。一応咀嚼はしたが、口の中でつぶした程度で飲み込んでしまったそうだ。
しかし特段異常はなかった。アレはハズレの実だと周りに教えまわって、見かけるたびに恨みを込めて潰して回った。
そしてそんなことも忘れた頃だった。
『手足が自分の意志ではなく動くようになったんだ。例えば実を採ろうとしているのに、その実を薙ぎ払うとか』
「ほう」
『最初は何だろう、くらいにしか思わなかったのだが、だんだんと回数が増えていった』
そのうちに目指す方向ではない方角に歩き始めたり、他のドラゴンに勝手に体当たりするまでになった。さすがにおかしいと医療に詳しいドラゴンに診てもらったらしい。
「医療に詳しいドラゴン?」
『俺たちは魔素を取り込んでいるといっただろう? 使い方で、体の中を透視したり、治療魔法を使えるものがいるんだ』
医者が言うには、彼の頭の中と脊髄に、見たこともない寄生虫が入り込んでいたという。
『医者も初めて見たといっていた。頭の中のは取り除ける可能性があるが、脊髄に入り込んでいるのは無理だと言われたんだ』
その頃には彼が気が付かなかっただけで、言動がすでにおかしくなっていたそうだ。そして脊髄の神経と血管に虫が絡みついていて、虫を殺すのも危険だと言われた。
『仲間は手を尽くしてくれた。でもその頃には勝手に手足が動いて、止めようとする仲間を振り払い、俺は山を下り始めてしまった。仲間は治療法を探し続けてくれたが、何せ元凶の実は俺がつぶしてしまったからどんな虫なのか、実物も分からないし実験とかもできないしな』
「……」
『その頃から体中がかゆくて痛くて、でも自分の手足が思い通りに動かないから、掻くことも触ることもできない。一日中不快で、でも少しの間体が自由になった時、何とか不快感をなくしたくて体をあちこちに擦りつけたりもした』
「それが人里への破壊行為になったのか」
『そのようだ。その時には思考力もほとんどなかった。でも人ならばなんとかしてくれるかもしれないと思った。それで人里の方に行きたいと思ったのが虫にも伝わって、人を蹴散らす方向に体を動かしたらしい』
寄生されていた間に、虫の考えは少しだが伝わってきた。ソレは海を目指していたらしい。しかしドラゴンの考えも虫に伝わっており、ドラゴンが人に助けてもらいたい、と思ったのを「海へ行くのを人が邪魔する」と受け取ったソレは、目につく人里をワザと進路に入れ、ドラゴンが不快感を取ろうと暴れるように理性を奪った。
『正直、最後の方は体がどうなっているのかわからなかったけれど、腹はパンパンに膨れ上がって苦しいし、自分の息が信じられないほどの腐敗臭だし、皮膚もボロボロ。自分が自分の思い通りに動けないし、お前さんを見た時には、これで殺してもらえると安堵したほどだったぞ』
「その割に凄い抵抗だったと思うが?」
『仕方がないじゃないか、虫に支配されていたんだから。ヤツはお前さんたちを排除しようとしていたからな』
結果的にドラゴンとしては全く力を出せていないけれど、図体が大きくて頑丈だったために被害が大きかった。さらに俺たち人間が非常に苦労するハメになったらしい。
「それで。お前の事情は分かったが、それと俺がこの体に入り込んだのと、どういう関係があるんだ?」
『それをこれから話すところだったんだ。あの時、体はすでに死んでいるような状態で、脳をアイツに乗っ取られていて動いていただけだった。だから体を切り刻まれても動き続けてなければならなかったのだけど、俺が倒れた時にお前さんが首を切り落としてくれただろう? あれでアイツも動けなくなった。俺はようやく解放されたわけだ』
「ふむ」
『ああこれでようやく死ねる、と思った時、体内に溜まっていた腐敗ガスがいろいろな刺激で爆発し、お前さんを巻き込んでしまった。頭を切り落とされたけれどアイツがまだ生きていたおかげで、俺も意識があったから、それを見ていたんだ』
「……やはり俺は死んだのか」
爆発した時、ドラゴンの骨が肉を突き破り、その骨付き肉の塊が俺を直撃したそうだ。爆発の威力も伴って、俺の体はバラバラになってしまったらしい。
『申し訳なかった。それで俺の最後の力を振り絞って、お前さんの魂を同時刻に死んだモノの中に移動させたんだ。ついでにオレ自身も』
「お前もか!? というかお前にそんな力があったのか」
『オレが使える魔法がそれだったんだ。今まで必要もなかったから使ったこともなかったんだが』
「それで何でこの体なんだ! せめて人にしろよ!」
『オレサマの能力では50キロの範囲までしか魂を転移させられない。ちょうどその範囲でその時間、体がまだ使えるのに魂だけが抜けたか、抜けかけている状態、さらに体は大きなけがも病気もないもの、というのが、その体しかなかったんだな』
「人間に限定してくれ!」
『人間はいなかったから、犬なんだよ。ついでに言えばオレサマが生きていれば人から人への転移も可能だったんだが、死んだからな。頭脳だけで何とか入り込めるのは犬猫だけだった。それでもいい生活の犬に入れただろう?』
確かに入ったら野良犬だった、とかよりはいいかもしれないが。
「だったらお前はどうしてポメラニアンなんだ!」
『お前さんを転移させた後にオレサマも転移したんだが、寸刻の差でこの体から魂が抜けたんだ』
「せめて俺をそっちにしろ! 今からでも交換しろ!」
『今更無理。もうお前さんの魂はその犬の魂と体と同化してしまった。もう一度転移させようとしたら、お前さんの魂が消滅する』
思わずショックで落ち込む。自分が死んだという情報ももしかしたら間違いか、怪我をして意識がないからそう伝わっているだけなのではと希望を抱いていたのだが。
「それで、何故今までオレの前に現れなかったんだ?」
『まあいろいろ準備があってね』
それはおいおい説明するとのことだった。そして今日はもう時間だからまた来る、とドラポメがいう。
「聞きたいことを整理しておく。次はいつ来るんだ?」
『近いうちに』
それでしっぽと思しき場所をパタパタと振って、ヤツは去っていこうとした。
「ちょっと待て! この会話はどうやっているんだ!?」
今更だが、オレは室内で吠えているわけではないし、アイツも窓の向こうで吠えているわけではない。
『ああ、念話だよ。ドラゴンは念で会話ができる。お前さんが頭でオレサマへの返答を考えれば、それが念話としてオレサマに通じるんだ』
「それはどのくらいの距離で会話できるんだ?」
『そこそこの距離?』
それは一体どのくらいなんだ! というオレのツッコミは無視して、ドラポメは跳ねるように歩いて去っていった。
あんな元気な体を手に入れやがって。ずる過ぎる。
もっといろいろ聞きたかったが、俺も衝撃の事実に頭が回らない。今回はこれで切り上げて正解なのかもしれない。
それにしてもこの体のチワワは、俺と同時に死んでいたのか。
無理やり体を乗っ取ったわけではなくて安心した。
それに飼い主の令嬢が事あるごとに「元気になってくれてよかった」と言っていた意味がようやく分かった。
こんな体でも生きていられるのは、まあよかったかもしれない。何も知らないであの場で死ぬよりは、だが。
オレはどっと疲れてベッドに戻ろうとして、さらにカーテンに絡まって身動きできなくなった。
庭にいた者から、窓のカーテンがおかしな具合になっている、と報告を受けた使用人が助けに来てくれるまで、情けなくもオレはキューキュー唸りながらそこにいるしかできなかった。
まだ続きます。