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食事は細かく刻んで

「シクロフォス~、ごはんよ~」


 この体──高齢ヨボヨボチワワ──の飼い主だという女性が、ニコニコと容器を持ってくる。

朝、というかすでに昼を過ぎた時間だが、ベッドから降ろされた俺は、俺の意志に反して尻尾をかすかに振りながら、こっちよと声のする方に体は歩き出した。倒れるのでは、と自分でも心配になるほどフラフラと。


 そうして白内障のせいか、よく見えないながらも容器に近づけば香ばしい肉のにおいが漂う。

 このあたりか、と口を突っ込んだが外れた。どこだどこだと鼻先を動かしていると、飼い主が顎下に手を添えて誘導してくれた。今度こそここか! と口を開いてかぶりつく。


 美味い。


 さすが貴族、犬の食事にも良い肉を使っている。こんないい肉、オレは任務終了での慰労パーティ、しかも城で開かれたものでしか食べたことがない。

 いやそれは言いすぎか。名誉騎士になって、賜った屋敷では、確かにこういう食事が出てきた。美味すぎて感激したものだ。だがオレが屋敷で暮らした日数は多くないし、ほとんどが寝に帰っていただけだから、やはり回数は少ない。


 しかしせっかくの肉がどれだけ刻んでいるんだ! というほどに細かくされているのが残念だ。とはいえ、実際に食べてみたらこの犬の口にはほとんど歯がない。しかも残っている歯もグラグラでとても噛めたものではない。何故抜かないのかと吠えて──悲鳴のような声になってしまったが──訴えてみたら、

「ああ、お口痛いのね。でもあなた、高齢すぎて麻酔が使えないとお医者様が言うからね、ごめんなさいね」という答えが返ってきた。


 どんだけ高齢なんだ、この体! と思ったが、そのあと痛み止めといって飲まされた薬のおかげか、確かに痛みは治まった。

 飼い主がいない間に、鏡で見えない目を細めて見えた口は、上の犬歯はあるものの、下の犬歯は一本無い。おかげで舌が四六時中外に出てしまう。

 

 そんな口だが、柔らかくも細かい肉のおかげで食事が進む。時折入っている野菜が邪魔だ。出してやろうかと思ったが、残念ながら選別できなかった。肉の味もしみ込んでいるし、我慢して食べている。それよりも肉が美味い。


 食事が終わると飼い主は俺の頭を撫でて、容器を下げる。そんなのは使用人の仕事だろうと思うが、俺の世話に関しては自分でやる事にしているようだ。

 そのまま部屋を出ていき、毎回戻ってくるのは夕方だ。仕事なのかなんなのかは知らないが、かまわれすぎないのはありがたい。


 ベッド下にも俺用のベッドが用意されているので、そこで寝ることもできるし、部屋の中を歩き回ることもできる。ヨボヨボすぎて歩き回ると時たま足がもつれて倒れるし、足腰も痛くなるが、オレはじっとしているのが好きではないので、できるだけ歩くようにしている。


 この体になった当初、トイレは部屋の隅に用意されていたが、人間であるオレはそんなところで出来るか! と、シートを扉が少し開いていた飼い主用トイレの中に引き込んで、その隅に敷いてそこで用を足した。遠征中は立ちションなど当たり前だが、そういう特殊な環境だからできるのであって、個室トイレがあるのなら当然ながらそこが良い。

 用を足した後は苦労してシートをたたんで──ぐちゃぐちゃに丸めただけともいう──おいたら、飼い主が驚きの声を上げ、抱き上げられて顔を擦りつけられるという大変な迷惑行為にあったが、それ以来、飼い主用トイレの中に俺用シートが何枚か用意されている。便器に乗れればいいのだが、この足腰では後ろ足で立つのも無理だから仕方がない。毎回たたんでおくと飼い主が大喜びで片づけている。


 貴族の娘らしい飼い主の部屋は、とても広い。令嬢の部屋らしく可愛らしいが、物は多くない。どうやらこの犬のためらしい。目が見えなくてぶつかるからと最低限のものだけにしたようだ。

 足元の絨毯は毛足は短いのだがとにかくフカフカしていて、倒れても痛みは少ない。それでいて犬が粗相したらその場所だけ取り外せるようになっているそうだ。トイレシートを飼い主が嬉しそうに使用人に見せてまくし立てている時、そう使用人達が言っていた。

 

 そして俺は部屋の中を歩き回る。徘徊とかいうな! ちゃんと意志をもって歩いているのだから!


 この体になってもう10日ほどたったから、適応しないわけにもいかない。ほとんどの窓は出窓になっているが、一か所だけ普通の窓があり、外が見える。レースのカーテンに絡まりながら潜り込んで、見えない目で庭を眺める。


 この体になった当初はパニックを起こしかけたが、オレの今までの経験から、とりあえずすぐに状況分析に取り掛かった。体は高齢犬だ。歩くのがやっとで後ろ足で立つことはできない。目も良く見えない。鼻は効くからあちこちのにおいをかいで回ると、これは何のにおい、というのがすぐにわかる。それはこの体の記憶のようだ。

 尻尾は上がらないので下げっぱなしだが、多少振る事はできる。できるが付け根が痛くなるから振りたくない。食事時間の時は無意識に振れてしまうが。

 犬なら耳が良く聞こえるだろうと思ったが、音が籠って聞こえるので、大き目の声か、飼い主が耳元で言ってくれる声くらいしか聞こえない。


 犬も歳をとると耳が聞こえなくなるのか。


 そしてひたすら眠い。食事をしてトイレを済ませ、ちょっと歩き回るとすぐに眠くなる。次に飼い主に起こされたら夜ご飯で、同じようにしばらくすると眠くなる。飼い主に連れられてベッド上の俺用ベッドに乗せられたら、いつの間にか寝ていて、気が付けば昼を過ぎた時間だ。


 これでは毎日楽しいのだろうかと思うが、寝ている時に見ている夢はオレのか、犬のものか。夢を覚えてはいないのだが、飽きることのない時間を過ごしている。


 そしてこの体になって1週間目。部屋のカレンダーも時計も読めるから時間も日付も分かるわけだが。

 この体になったのは、オレがドラゴンを倒した次の日、そこから1週間後のことだった。


 飼い主が珍しく俺の朝ごはん(昼過ぎ)に俺の食事が終わっても立ち去らず、俺を抱き上げてベッドに腰かけた。


「ねえ、聞いて、シクロフォス。シクロフォス様が亡くなったそうなの」

「ほぁ!?」

「ああ、あなたじゃないわよ。あなたの名前をいただいた、勇者のシクロフォス・ファミド様よ。この国の救世主で勇者にして大騎士の。今日の新聞に記事が出ていたわ。先日のドラゴン退治の際、シクロフォス様がドラゴンを倒したあと、そのドラゴンの体が爆発して、シクロフォス様が巻き込まれて亡くなったんですって」

「ひぁ!!??」


 ドラゴンが爆発? 何故そんなことが!!


「物凄い爆発で、騎士団の方々にもけが人が出たらしいけれど、犠牲者はシクロフォス様だけだったそうよ。でもさすがシクロフォス様よね。ドラゴンの頭を切り落としていたおかげで、爆発の原因がわかったんだって」

『原因は何だったんだ!』

「あら、珍しく暴れるのね。あなたも気になる? 体は四散してしまったから集めるのも大変だったらしいし、せっかくの素材もコマ切れらしいんだけど、体内、というかほとんどの内臓が腐っていたんですって。それでガスがたまりにたまって、攻撃であちこち貫かれていて漏れ出し始めていたガスが、シクロフォス様が頭を切り落としたのをきっかけに、ガスが一気に爆発したらしいの」


 聞いたことがある。牛や馬などの死骸が内臓腐敗によるガスで爆発した話を。大きいものでは海岸に打ち上げられたラクジという巨大海洋生物の爆発だ。腹が膨れていたら近づくなと聞いたことがある。あれがドラゴンで? しかしあのドラゴンは生きていたのに。


「シクロフォス様が頭を切り落としてくださったおかげで、脳を調べることが出来たのね。そうしたらそこに大きな寄生虫がいたんですって。寄生虫学者も初めて見る大きさで、ただ形状が虫とか小型の動物に寄生して、その体を操って産卵場所である水場に行かせて水没させる寄生虫に似ているらしいの。ここからは私の想像なんだけど、ドラゴンはその寄生虫を追い出そうと暴れていたんじゃないかなって。ドラゴンが暴れたのは人里だけじゃあなくて、森も山も無差別だったじゃない? かゆかったり気持ち悪かったりで、体をこすりつけたりぶつけて何とかしようとしたんじゃないかって思うの」


 なるほど考えられる。アイツはその進路上でひたすら暴れていた。確かに人の建造物は自然物よりも硬めで、突起も多い。こすりつけ案は現実的そうだ。


「脳から寄生虫がどうやって外に出るかといったら、血管を使って内臓から消化器に移るとかなと思うのね。どこに卵を産み付ける気が知らないけれど、川は荒らされていなかったみたいだから、もしかしたら海に出ようとしていたのかもしれないわね。山から下りて来てから食事をしていなかったとしたら、餓死寸前だったのかもしれないし。まあドラゴンが何を食べているのかは知らないけれど」


 オレも知らない。あんな大きなものが食べるとしたら木あたりだろうが、ドラゴンが生息している山奥の木が枯渇したとは聞いたことがない。ドラゴンの生態はまだ判明していないはずだ。


 そして飼い主はため息をついた。


「ドラゴンも、もしかしたら死にたかったのかもね。自分を操る何かがいて、どうやっても取れない。そうしたら人間に取り除いてほしくて出てきたのかもしれないけれど、脳もひどく荒らされていたみたいだから、もう正気ではなかったのかもね。気の毒だけど人間にもドラゴンにも良い結果となったのかもしれないわね。シクロフォス様以外には」


 そうだった。オレは死んだのだ。オレだけ、死んだのだ。


「王都では、シクロフォス様にドラゴンスレイヤーの称号を授けて、5日後、国葬するそうよ。ここからでは遠いから参列できないけれど、その日は一緒にここからご冥福をお祈りしましょうね」


 そして茫然としている俺に、飼い主は顔を擦りつけながら言った。


「同じ名前のあなたは長生きしてね。あの方みたいに強く、強運と幸運の持ち主になるように願ってその名前をいただいたのだから、あの方の分も長生きしてね」


 ……無理だと思うが。大体この体は何歳なんだ。


「今年のお誕生日で18歳ね。大丈夫、まだまだ頑張れるわ。最近足腰の調子もいいみたいだし。やっぱり関節系サプリメントが良かったのね。だから大丈夫、一緒にいつまでも暮らしましょうね」


 


続きます

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