あんよに肉球プニプニだと?
思い付きで書き始めました。
「可愛いわねえ~。よく寝てるわ~。あんよ触っちゃえ~~。はあ、肉球プニプニ。香ばしいにおい……」
『おいやめろ。オレは寝ているんだ。触るな起こすな。……触ってもいいけど足のにおいを嗅ぐな』
妙齢の女性のベッドの上、枕元に作られた俺様専用のベッドで惰眠をむさぼっている俺を、その女性はやさしく優しく触りながら、小声でささやく。
何が「あんよ」だ。何が肉球だ。何が香ばしいだ。
だが眠い。目を開くのも億劫だ。せめて触られている前手を引っ込めるように動かすのが精いっぱいの抵抗とは。
歴戦の勇者、国の救世主、最強の騎士とうたわれたこの俺が、まさか高齢のヨボヨボチワワになるなんて。
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俺はかつて大国の騎士だった。この国は周りの国や魔物たちが攻め込んでくるような物騒な所で、俺は幼少期から剣の才能が認められ、最年少で騎士隊に入隊し、めきめきと頭角を現すと同時に戦歴も立てた。
どこの国も、国土を広げたいというくだらない理由で国同士で戦いあい、せっかく発展している街々をぶっ壊し続けてた。
そんな愚かな状態を打破すべく、俺がいた国では最強の騎士団を作り上げようとしていた。まあ結局のところ、武力で制圧しようという他の国と何も変わらないわけだが。
ただこのの国王は他とは少し違った。争いを終わらせるべく、最強の部隊で、最小限の破壊で、国の平定を図ったのだ。そのためには多少キタナイこともしたらしいが、戦うしか脳のない俺には詳しいことはわからない。
少なくとも、国王命令で市民への攻撃や略奪、意味のない破壊はすべて禁止された。
他国では女子供の虐待惨殺、略奪に意味のない破壊が自国の力の証明! と言われてきたが、それらがすべて禁止になった。これにより俺たちの国が進軍した先では、徐々にではあるが俺たちに制圧されたあと、市民がこれで安心して暮らせる、と笑顔を見せるようになったのだ。
俺はこの最強騎士団に、最年少で加わった。だから俺にとって市民は守るべきものであり、破壊は出来るだけしないものが当然だった。
もちろん国対国の争いだから、軍人や役人は無慈悲に倒して回った。
時に俺は参謀の勅命を受けて、単身乗り込んで相手の参謀や将軍を倒した。
時には助けを求められた国に赴き、仲間と共に小さな村を相手小隊から守り通した。
時には切り込み隊長として敵陣に仲間と共に乗り込み、蹴散らした。
戦えば戦うほど強くなる自分が楽しかった。それでも殺した数は少ない。敵でも関係はできるだけ生きていけるように切っていた。人的資源はすぐには育たないから、今いる資源は大切に。これは国王の命令でもあった。
相手が騎士なら手足の一部を落とせば、それ以上は戦えない。役人ならばその頭脳が使えると。もちろん後々に支障をきたすような相手は殺すように言われたが。
戦いに明け暮れているうちに、俺たちの部隊の名は有名になり、制圧国も増え、俺たちの名前を聞いただけで和平交渉をと求めてくる国も出てきた。
国王は周りの国々と自国に有利な同盟を結び、俺が戦い始めて10年もすると、ほとんどの争いがない時代となった。俺はこの時、25歳だった。
破壊を最小限に抑えていたおかげで、俺がいた国と戦った相手国は、復興が早くできると喜んでいた。
俺は功績を買われ、一代限りの騎士貴族の称号を頂いた。名ばかりの貴族で領地などはないが、十分すぎる報酬と恩給、そしてかつての敵国だった場所――今は同盟国だ――の広い屋敷を貰って、悠々自適な生活を送れるようになった。
この屋敷は元は敵国の貴族の持ち物で、賄賂やら横領やら悪徳貴族だったらしい。俺たちがこの地方に乗り込んできた時には、ヤツは真っ先に金品を持って逃げだしていた。小者すぎて捕縛命令以外は出ていなかったし、屋敷に残された使用人達は主人とその家族が逃げ出してくれたと喜んでいたくらいだった。
結局その貴族とその家族は、市民に居場所を通報され、この国の警察に捕まって、この国の法律により処罰された。
その屋敷が空いているからと体よく押し込められた感はあるが、一庶民がこうして屋敷持ちの貴族になれるのはありがたい。
その時の使用人をそのまま全員雇った。この地方のことも屋敷運営も良くわかっているから、ド素人が口や手を出すよりもいいだろう。
俺の家族は両親が健在で、一緒に住むことになったが、人に命令なんて出来ないと、使用人達と一緒になって屋敷の手入れをしている。やりすぎないようにとだけ注意したが、俺も似たようなものだから、貴族屋敷で皆でワイワイ楽しく過ごしているだけとなっている。
運良くも父親に人をまとめる力があったおかげで、屋敷周りの街とも仲良くなることが出来た。俺がいるから狼藉者も現れないし、来ても暇を持て余している俺が蹴散らす。
本当にあなた様が来てくださってよかった、と皆に言われるくらいには、周辺は平和になったのだ。
人間同士の戦いが収まり、国々の復興も進んだ。戦いが必要なくなった俺たちは復興の手伝いと、周辺に出てくる魔物退治に出る事になった。
もちろん名ばかりとはいえ貴族だから拒否することもできたが、俺には体を動かしているほうが性に合っている。喜んで復興に加わった。家のことは家族に任せ、たまに帰る程度になった。
がれきを取り除いたり、木材や石材を運ぶ作業はそれなりに体を鍛えられたし、人々を襲う魔物を倒すのはちょうどいい鍛錬にもなった。倒したものは適切に処理すれば食材になるので、思い切り肉も食えてちょうど良かった。屋敷の上品な食事も非常にうまいが、気を使わなくていい食事も良い。
人々が平和ボケし始めるくらいに、争いはなくなった時、俺は35歳になっていた。
そんな中、一匹のドラゴンがいきなり暴れ始めた。ドラゴンは人など太刀打ちできない強大な存在で、普段は温厚で意味なく暴れたり攻撃などしないし、山奥に住んでいるので人とのかかわりなどもなかったのに、なぜか山から出て来てそこいらじゅうを暴れまくった。森も山も川も畑も何もかもめちゃくちゃにされ、街も破壊された。もちろん犠牲者も大量に出た。
しかもソイツは一か所を破壊しつくすまで暴れると、次の場所に移動してまた破壊して回るのだ。せっかく平和になった国が、その一匹のドラゴンのせいで壊滅状態に追い込まれてしまった。
こうなったら俺の出番だ。自分から志願もしたし、国王からの勅命も受けて、俺は自然に集まった自分の騎士団を引き連れてドラゴン退治に向かった。
多少の苦労はしたが、猛者ぞろいの俺の部隊──平和になったおかげで体がなまっていた俺たちだが──力の限り戦い、それを見た他国の援軍も加わって、ドラゴン退治に成功したのだ!
俺はドラゴンの首を愛刀で切り落とし、強かったドラゴンに剣士としての哀悼の意を示したのちに、その躯の上に立って勝どきを上げ、大喝采を受けた。
そして気が付いたらこの体になっていた。
何故なのかなんてわからないが、倒したドラゴンの呪いか、他の力か。大昔に存在した大魔術師は人の魂を他に移すことが出来たと聞いた気もするから、あのドラゴンには幻の大魔術師でもかかわっていたのかもしれない。
とにかく、気が付いたらフカフカのベッドの上で、オレは小さな小さなチワワになっていたのだ。
気が付いたら周りがすべてデカイ。何だこれはと飛び起きようとしてフカフカな足元に気が付き、さらに視界に入ったものが人の手足ではないことにも気が付いた。
『ナンダコレハーーーー!』
叫んだはずの声は、ヒョワ~~という弱い鳴き声にしか聞こえなかった。
慌てて周りを見回すと、どうやら貴族屋敷のベッドらしい。俺も名誉騎士を叙勲してからは貴族同様の屋敷を貰って生活していたので同様のベッドに寝ていたが、周りの飾りつけ─天蓋とかいうヤツだ─からして、どう見てもこれは女性用だ。だが周りに人の気配はない。
そしてベッドから離れたところに姿見を見つけ、それに向かおうとして、困った。
ふかふかの足元に苦労しながらベッド端まで行って気が付いた。どうやって降りるんだ、これ。
飛び降りればいいのだろうが、高すぎる。体高の3倍はありそうだ。下に立った状態で後ろ足で立っても前足が届かないだろう。しかもどう考えても頭から飛び降りる姿勢になる。
そんな程度、今までさんざん飛び降りてきたのだが、この体の意識のせいか、それがとても怖い。
怖いがどうなっているのか確かめたい。俺は考えた末、枕をくわえて苦労して引っ張ってベッド下に落とした。枕が4つあったのが幸いだ。重すぎて途中で休憩を入れたが、すべて落として、その上に飛び降りた。
飛び降りたつもりで足が滑って悪くて背中から落ちたが、枕のおかげで無事だった。
鏡も全身の姿見で助かった。恐る恐る近づいたそれには、どう見ても超小型な、黒っぽい犬、──たしかこれはチワワという種類の犬だ── の姿が映ったのだった。
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しかも若い犬ならまだしも、これは絶対に老犬だ。目は白内障だし、毛も抜け落ちて地肌が見えている。歩くだけで足腰も痛い。
なんでこんな姿に──
俺はしばらくその場で立ち尽くしていた。
短編のつもりですが、とりあえず続いてしまいました。
こまめな更新で早めに終わらせたいと思います。