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噛みつかれた首元の痛みの感触が変わり、少しずつ生臭い匂いが漂い出す。皮膚が裂けて、血が出たのだろう。毎夜毎夜、同じ行為をしているのだから、いい加減覚えてしまった。
痛みとは別に涙がわたしの目から溢れ出した。握っていた拳が解けて、全身から力が抜けていく。
死ぬ前に何かできることは山ほどあっただろうに、何も出来なかったアズキに対する後悔、ムツミに当たることでしか自分の悲しみを癒せない無力さや馬鹿馬鹿しさ、そして、これまでも時々こっそりと顔を出していた、わたしなんかに付き合わされているムツミへの申し訳無さが一緒くたになって心の中で充満する。
アズキが死んだ時にわたしに覆いかぶさっていた、死にたい気持ちがまたぶり返してしまう。
それと同時に、わたしは首筋に突き刺さる痛みで自分は生きているのだと実感している。生に悦んでいる。
ムツミがわたしの傷を舐める。彼女なりに犬らしく慰めているつもりなんだろう。この子は犬だから。人間じゃないから。言葉を持たない獣だから。
違う。犬は慰めるために舐めたりなんてしない。だって、アズキはそんなこと、一度もしてくれなかったもの。
アズキは犬なんかじゃない。人間だ。わたしの言われるがままに犬の振りなんてしてしまう馬鹿な子。でも、誰よりも優しい、わたしの傍にいてくれる子。
「おいで」
わたしはムツミを抱き寄せ、抱きしめたまま涙を流し続ける。
その間も、ムツミはわたしを舐め続けていた。
傷を、頬を、唇を。
ムツミは獣じゃないから。人間だから。
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