08.本当の問題
それから、すぐに宮廷魔術師が呼ばれ、ケイティは腕輪を調べるために連れて行かれた。
宮廷魔術師の検査では、魅了の腕輪であることが発覚した。異性を虜にし、言うことを聞かせることができるのだ。
魅了魔術は禁止魔術であり、使用したことが発覚すれば重罪となる。
魅了の腕輪も、魅了の呪文を封じ込めた魔道具だ。
王国の法に照らし合わせれば、ケイティには厳罰が下されることになる。
ケイティは魅了の腕輪を没収され、牢獄に閉じ込められて処罰を待つことになった。
「いいこと、破滅したくなかったら『何も知りませんでした。申し訳ございません』と、余計なことは一切言わずに謝り続けなさい。それがあなたが生き残る唯一の道よ」
面会に訪れたレイチェルは、ケイティにそう告げた。
牢獄とはいえ、身分の高い者を閉じ込めるための部屋だ。
ベッドや家具は一級品で、食事も美味しいものが出されている。
しかし、ケイティは暗い表情でうつむいたままだ。
「どうしてこんなことに……誰も見抜けていない密偵を、私が見つけてあげたのよ。感謝して、私を褒め称えるべきでしょう? それなのに、腕輪がどうのって関係ないことで疑われて……こんなことありえないわ」
ケイティはぶつぶつと恨み言をつぶやいている。
「……たとえ本当に密偵だったとしても、証拠もないのに吊るし上げようとするなんて浅はかな行動だわ。しっかりと証拠を集めた上で、場合によっては周囲に根回しもして然るべきよ。それが貴族というものだわ」
レイチェルは淡々と告げる。
ケイティの態度に苛立っていたが、できるだけ感情を抑えて話していた。
「そんなの知らないわ! 私は密偵を見つけて、殿下に褒めていただきたかったんだもの! すごいって、さすがだって! みんなが私を褒め称えるはずだったのに! どうして私がこんな目にあわないといけないの?」
ケイティは激昂して叫ぶ。
「馬鹿じゃないの?」
我慢しきれず、レイチェルは冷たく言い放った。
「なっ……何よ!」
ケイティは顔を真っ赤にして、レイチェルを睨みつける。
しかし、レイチェルは無視して言葉を続ける。
「あなたが考えなしだから、こうなったのよ。少しは反省なさい」
レイチェルは厳しい口調で告げた。
ケイティはしばらくレイチェルを睨みつけていたが、やがて視線を逸らす。
「どうして……私はこの世界の創造主なのに……みんなが私を愛してくれるはずなのに……どうして……」
ケイティはぶつぶつとつぶやきながら、肩を震わせた。
その姿を見たレイチェルはため息をつく。
「まだそんなことを言ってるの? これは現実よ。あなたに都合の良い世界じゃないわ」
レイチェルは冷たく突き放すように告げる。
しかし、ケイティはうつむいたまま首を振った。
「違うわ、これは夢よ。そうよ、私は夢を見ているんだわ……」
「はあ……もう好きになさい」
レイチェルはため息をつくと、ケイティの牢獄を後にした。
これで現実を受け入れていれば、改心の余地はあったかもしれない。
そうすれば、本当のストーリーを教えて共に破滅から抜け出せたかもしれない。
しかし、完全に現実逃避しているケイティには何を言っても無駄だろう。
「本当は、ここでケイティを破滅させてしまったほうが楽なのかもしれないけれど……でも、それじゃあ完全な解決にはならないのよね」
ため息をつきながら、レイチェルは一人呟いた。
結局、ケイティは自宅での謹慎処分だけで済んだ。
腕輪に封じられている魅了の呪文は巧妙に隠されていて、宮廷魔術師の検査でようやく発見できたような代物だった。
ケイティは魅了の腕輪であることを知らずに、騙されて身に着けてしまったのだろうと、宮廷魔術師は結論づけたのだ。
王太子やレイチェルが擁護したこともあって、ケイティは厳罰を免れ、退学処分を受けることもなかった。
うかつではあったが、被害者でもあるといった位置づけである。
「……ケイティは何者かに利用されたのかもしれんな。魅了の腕輪を献上したという商人だが、正体が全くつかめぬのだ。レイチェル、よくぞ気がついた。褒めてやる」
父であるリグスーン公爵は、レイチェルにそんな言葉を投げかけた。
「僕も魅了を受けておかしくなっていたようだ。レイチェルのおかげだよ、ありがとう」
兄ジェイクも、爽やかな笑顔でそう告げる。
魅了の腕輪が没収されたことにより、父や兄の態度も元に戻った。
公爵夫人マイラも、ケイティが厳罰を受けずにほっとしたようだ。
ひとまず、丸く収まったと言えるだろう。
「でも……根本的な解決にはなっていないのよね」
自室に戻ったレイチェルは、一人で考え込む。
突然、予想外の墓穴を掘り始めたケイティを利用して、魅了の腕輪を外すことはできた。
周囲の魅了が解けたことによって、ケイティの優位性は薄れたと言える。
しかし、それだけだ。
謹慎処分となってさすがにおとなしくなったケイティだが、改心したというわけではないだろう。
「そういえば、殿下のケイティへの態度はさほど変わらなかったわね。魅了とは関係なく、ケイティに好意を抱いているということかしら?」
だとすれば、ある意味では都合が良く、ある意味では都合が悪い。
レイチェルは王太子グリフィンと添い遂げる気などさらさらないのだ。
できれば婚約を解消して、彼にはケイティと結ばれてほしい。
「でも……そうね……本当の問題はケイティではなく、殿下だわ」
たとえケイティが改心して、品行方正になったとしても、根本的な解決にはならない。
問題は魅了の腕輪でもなければ、ケイティでもないのだ。
「だって……殿下は……」
レイチェルは、言いかけて言葉を飲み込んだ。
いくら何でも口にしてよいことではない。
王太子であるグリフィンが、実は王家の血を引いていないなど──。