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07.魅了の腕輪

「なっ……馬鹿とはなによ!」


 レイチェルが呟いた言葉は、しっかりとケイティの耳に入ったようだ。彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 しかし、レイチェルは構うことなく、ハロルドへと視線を移した。


「妹が大変な失礼をいたしました。謝罪いたしますわ、ハロルドさん」


 レイチェルは頭を下げる。その姿を、ハロルドは呆然と見つめていた。


「なっ……何よ! 私は悪くないわよ!」


 ケイティが噛みついてくるが、レイチェルは聞こえなかったように続ける。


「妹は、どうも最近少し様子がおかしいのです。いずれ正式に謝罪をさせていただきますので、今はお許しくださいませ」


「えっ……あ、いや、確かに僕は幽霊っぽいし……きっと忘れ物を取りに行ったところを勘違いしたんだと思います。そこまで謝る必要なんてないですよ」


 レイチェルの言葉に、ハロルドはうろたえながら首を横に振った。

 その言葉に、周囲の生徒たちから思わず納得したようなため息が漏れる。


「ありがとうございます、ハロルドさん」


 レイチェルは微笑み、もう一度頭を下げた。


「ちょっと! なんで私が悪者になってんのよ!」


 ケイティは納得がいかないのか、さらにわめきたてた。


「そうだ、ケイティを悪者にするなど、許さんぞ!」


 騒がしいケイティの声に紛れて、凛とした力強い声が響いた。

 教室の入り口に、金髪碧眼の青年の姿がある。

 彼の姿を見て、ケイティはぱっと表情を輝かせた。


「王太子殿下!」


 嬉しそうに叫ぶと、ケイティはいそいそと王太子グリフィンの元へと駆け寄った。


「殿下ぁ、今、お姉さまが私をいじめているんですぅ」


 ケイティは甘えるような声で、グリフィンに訴えかける。

 まるで悲劇のヒロインのように涙ぐみながら、彼女は上目遣いにグリフィンを見上げた。


「貴様! また性懲りもなく!」


 睨みつけてくるグリフィンを、レイチェルは冷ややかな目で迎えた。


「殿下、私は間違ったことなど何もしておりません。妹は何の証拠もなく、留学生を密偵呼ばわりしたのです。軽率な振る舞いをたしなめるのは当然ですわ」


 レイチェルは毅然とした態度で、きっぱりと告げた。


「なっ……何だと! 貴様、無礼だぞ!」


 グリフィンは目を吊り上げて、レイチェルを怒鳴りつける。

 しかし、レイチェルも負けてはいなかった。


「お言葉ですが、殿下。無礼を働いているのは殿下の方ですわ。留学生を確たる理由もなく疑うのは国際問題になりかねませんもの」


「む……むう」


 グリフィンは言葉に詰まり、顔をしかめる。

 さすがにその程度のことはわかっているようだ。


「ケイティ、最近のあなたは少しおかしいわ。そうよ……その腕輪を身に着けるようになってから、あなたは別人のようになった気がするわ」


「これは……」


 ケイティは苦々しげな表情を浮かべる。

 彼女の手首に輝く銀色の腕輪は、魅了の腕輪だ。

 ケイティはこの腕輪で、今まで何人もの男子生徒を虜にしてきた。

 そして、その魅了の力によって、父である公爵や兄ジェイク、さらに王太子グリフィンまでも彼女に心酔していたのだ。


「それは、きっと悪いものよ。腕輪を外してちょうだい」


 レイチェルは強い口調で告げる。

 しかし、ケイティは首を横に振った。


「嫌よ! これは私の宝物だもの!」


 ケイティは腕輪を守るように、胸元で腕を組んだ。


「お願いだから、外して。もしかしたら、あなたに害を及ぼす物かもしれないのよ」


 レイチェルはさらに言い募るが、ケイティの態度は変わらない。


「うるさいわね! 私の自由よ! 殿下、助けてください!」


 ケイティはグリフィンの背後に隠れるようにして、彼を見つめる。


「むっ……おい、レイチェル。ケイティが嫌がっているではないか。無理強いは感心しないぞ」


 グリフィンは少したじろぎながら、ケイティを背後に庇う。


「殿下、その腕輪がもしケイティに害を及ぼしているのだとすれば、どうなさるおつもりですか?」


「むっ……それは……」


「ケイティが危険な目にあっているのかもしれませんのよ?」


「むうう……」


 レイチェルの言葉に、グリフィンは困惑したようにうめく。

 もう一押しとばかりに、レイチェルは口を開いた。


「殿下、それでは私は何もいたしません。宮廷魔術師の方に調べていただきましょう。何事もなければ、それでよし。そのときは謝罪いたしますわ」


 レイチェルの言葉に、グリフィンは悩むように黙り込む。


「殿下、そんなもの必要ありませんわ! 私は殿下の妃になるのです。いずれは王妃となる私が、なんの害を及ぼされるというのですか? そんなはずがありませんわ」


 ケイティは胸を張って言い切る。

 その言葉に、周囲の生徒たちがざわめく。


「殿下の妃って……婚約者はレイチェルさまじゃないの?」


「王妃になるって、本気で言ってるのか? さすがにそれは……」


「殿下が浮気を……? だからこんなに庇ってるのか」


 生徒たちは困惑したように、ひそひそと言葉を交わしている。


「ちっ、違う! この僕が浮気などするわけがないだろう! 僕は王太子だぞ!」


 グリフィンは生徒たちの言葉を、慌てたように否定する。

 しかし、動揺は隠しきれていない。


「殿下……やはりケイティは腕輪のせいで錯乱しているのです。すぐに宮廷魔術師の方を呼んで、調べていただきましょう」


 ここぞとばかりにレイチェルが畳みかけると、グリフィンは頭を掻きむしった。

 突っぱねれば、浮気を肯定するようなものだ。


「ええい、わかった! すぐに宮廷魔術師を呼べ!」


 やぶれかぶれに、グリフィンは叫ぶ。

 その瞬間、ケイティの表情が愕然としたものへと変わった。


「そんな……殿下……ひどい……」


 ケイティはよろよろと後ずさる。その目には、涙が浮かんでいた。


「ひっ……なっ、泣くな! 宮廷魔術師を呼んで、潔白が証明されれば良いではないか!」


 泣き出したケイティに、グリフィンはおろおろとする。

 しかし、ケイティはますます涙をこぼした。

 それもそうだろう。潔白ではないのは、ケイティ自身がよく知っているはずだ。

 そんな二人を冷ややかに見つめながら、レイチェルはほっとため息をついた。

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