37.王太子の儀式
「僕は王太子として、儀式を成功させる! それによって、彼女との真実の愛を証明してみせる!」
グリフィンは高らかに宣言する。
会場内には驚きと困惑が広がり、ざわつく声が止まらなくなった。
「静まれ!」
国王が再び声高に叫ぶと、会場内はまたしんと静まり返る。
「儀式を行う者同士が愛情によって結ばれていれば、より強固に執り行える。この二人は問題を起こしたものの、愛情は本物だと判断した。反省している様子から謹慎を解くことにし、この場に呼び寄せたのだ。心を入れ換えた二人ならば、儀式も成功させられるだろう」
国王の言葉に、会場内はより一層ざわめいた。
「お待ちください! すでに結界は崩壊しつつあります! グリフィンでは修復など不可能です!」
カーティスはすかさず反論したが、国王はそれを遮った。
「失敗したときのために、そなたがいるではないか。カーティス、儀式の補助を頼むぞ」
「結界の修復は、年に一回限りしか行えません! 失敗は許されません!」
カーティスは必死に訴えるが、国王は首を横に振るだけだ。
「これまで約四百年、失敗などしたことがないのだ。問題ない」
「……あなたは、それでも国王か! 儀式が失敗したら、この国はどうなると思っている! 結界がなくなれば、魔物の襲撃でどれだけの犠牲者が出るか……!」
カーティスは声を荒げた。
しかし、国王は全く意に介さずといった様子だ。
「大丈夫だと言っているだろう。そなたは補助をすることだけに専念すればよい」
「……王妃陛下!」
カーティスは、今度は王妃に向かって訴えかけた。
しかし、これまで黙ったままだった王妃は、カーティスを一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
「……儀式の補助に全力を尽くしなさい」
それだけ言うと王妃は、また黙り込んでしまう。
カーティスは悔しげに唇を噛むと、拳を握りしめた。
「何故、わからない! 王家の血を引いているのならば、結界の綻びを感じ取るくらいできるだろう! それができぬということは、正統な王家の血筋ではないということだ!」
ついに我慢の限界となったのか、カーティスは怒りに任せて叫ぶ。
いつも穏やかなカーティスがこのように感情をあらわにするのを見たのは、初めてだ。レイチェルは驚きを隠せなかった。
「カーティス! なんという無礼を……」
国王は眉を寄せ、不快そうにカーティスを眺める。
「国王への不敬罪だ。カーティスを拘束しろ」
「はっ!」
衛兵たちはカーティスへと走り寄ると、その身体を捕らえようとする。
カーティスは抵抗しようとはしなかった。ただ静かにその場に佇んでいるだけだ。
「カーティスさま……!」
レイチェルは咄嗟に声を上げたが、なんと声をかければいいのかわからない。ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
「大丈夫だ、レイチェル。何があろうと……私は、必ず結界を修復してみせる」
カーティスはレイチェルを見つめて微笑んだ。その瞳には強い決意が宿っているように見えた。
衛兵たちに促され、カーティスは静かに歩き出す。
「カーティスさま……!」
レイチェルは駆け寄ろうとしたが、国王に制止されてしまった。
「そなたは儀式の補助に集中しなさい」
「しかし……!」
レイチェルが言い募ろうとしたとき、カーティスと目が合った。
彼は心配するなとでも言うかのように微笑んでいた。
そして、そのまま衛兵たちに連れられ、カーティスは大広間から姿を消してしまう。
この場にオウムト公爵やスーノン公爵がいれば、押しとどめることができたかもしれない。しかし、彼らはここにはいないのだ。
レイチェルはただ呆然と見送ることしかできなかった。
「さあ、儀式を始めよう。庭園に移動するのだ」
国王は厳かな声で告げると、ゆっくりと歩き出す。王妃やウサーマス公爵、貴族たちも後に続いた。
「お姉さま、心配する必要なんてありませんわ」
呆然と立ち尽くしていたレイチェルに、ケイティが声をかけてきた。
「だって、私と殿下は真実の愛で結ばれているんですもの! お姉さまがいくら邪魔しようと、私たちを引き裂くことなんてできないわ!」
ケイティは高らかに宣言する。
「……あなたたちが結ばれるのは、勝手にすればいいわ。でも、あなたたちでは結界の修復は無理なのよ。必要なのは、血族魔法のための血筋。真実の愛で結ばれていようがいまいが、関係ないの」
レイチェルは冷静に指摘する。
しかし、ケイティは鼻で笑っただけだった。
「あら、そんなことはありませんわ。だって、私と殿下は見事に儀式を成功させて、みんなに祝福されながら結ばれるって、決まっているのですもの。私はこの世界の創造主なのよ!」
ケイティは余裕の笑みを浮かべて言い放つ。
未だに自分が世界の創造主だと信じ切っているようだ。これまで何回も失敗していながら揺らがないのは、ある意味では凄いのかもしれない。
だが、もうレイチェルも限界だ。大きくため息をつくと、口を開く。
「……その小説、本来のものは建国祭の儀式がどうなるかまで書かれていなかったはずよ」
「え……?」
レイチェルの言葉に、ケイティは戸惑ったような表情を浮かべた。
「お姉さま、何を言っているの……?」
「儀式で成功してハッピーエンドは、あなたが勝手に書いたもの。本来の話では、儀式は失敗。あなたは断罪されて、処刑されるのよ」
レイチェルは冷然と告げる。
すると、ケイティは表情を一変させて怒り出した。
「違う! 違うわ! そんなのでたらめよ!」
ケイティはヒステリックに叫ぶと、レイチェルを睨みつける。
「お姉さま、いい加減なこと言わないで! だいたい、お姉さまがそんなことを知っているわけがないじゃない! だって、この世界は私が書いた物語なのよ!」
ケイティは声を荒げて叫んだ。
「それは違うわ。だって、その話を本当に書いたのは私だもの。あなたはそれを盗作して、自分好みの内容を付け足しただけよ」
レイチェルは淡々と事実を告げる。
すると、ケイティは口をぽかんと開けたまま固まった。
「な、何を……言っているの? そんな……まさか、お姉さまが……どうして、そのことを……」
ケイティは動揺したように呟くと、レイチェルを見つめた。その目は大きく見開かれている。
「だから私はこの後、あなたがどうなるか知っているの。儀式が失敗した責任を押し付けられ、マイラ夫人も巻き添えにして処刑されるのよ。今ならまだ間に合うわ。カーティスさまに儀式を執り行ってもらうのよ。そうすれば、あなたは助かるわ」
レイチェルはケイティの目を真っ直ぐに見つめ、真摯に語りかける。
しかし、ケイティは俯く。ややあって下を向いたまま首を振った。
「何を言っているの……わからないわ……お姉さまが、何を言っているか……私には、わからない……」
ケイティの声は震えていた。そして、彼女は顔を上げるとキッとレイチェルを睨みつける。その瞳には涙が浮かんでいた。
「私は絶対に認めない! だって、私はヒロインなのよ!? 私は幸せになるのよ!」
ケイティは叫ぶと、レイチェルに背を向けて走り出す。
「待ちなさい!」
レイチェルはケイティを追いかけようとしたが、グリフィンが目の前に立ち塞がった。
「貴様、ケイティに何を言った! こんなときでも妹をいじめるなど、本当に性根の腐った女だな! 恥知らずめ!」
グリフィンは怒りに満ちた表情で、レイチェルを睨みつける。
「恥知らずはあなたでしょう? あなたは自分のしていることを理解しているの?」
「わかっているに決まっているだろう! 僕はケイティを愛しているんだ!」
グリフィンは大声で宣言すると、レイチェルに向かって手を伸ばした。
しかし、その手が届く前に国王が遮る。
「グリフィン、これ以上問題を起こすな」
「父上! ですが、この女が……!」
グリフィンは抗議しようとするが、国王に睨まれると口をつぐんだ。彼は渋々といった様子で引き下がる。
「儀式を執り行うのだ。それが、そなたの役目だ」
国王の言葉に、グリフィンは深く頭を垂れた。
「かしこまりました……」
そして、彼は踵を返すとケイティの後を追いかけていった。
「さあ、レイチェル嬢も行くのだ」
国王に促され、レイチェルは力なく頷く。
「はい……」
これ以上、状況を覆す手が見つからない。
レイチェルは重い足取りで庭園へと向かっていった。






