35.彼の未来
カーティスが王位争いに名乗りを上げたことで、宮廷内は一気に慌ただしくなった。
レイチェルと婚約した時点で、カーティスの王位継承はほぼ確定していたとはいえ、本人自ら正統な王家の血筋であることを主張したのだ。
それは王太子であるグリフィンを廃嫡に追い込むだけではない。
現国王すら退けて王位に就く意志があると表明したようなものだ。
「カーティス殿下がこれほどまでに大胆な行動に出るとは……」
「これでは王太子殿下の勝ち目はないだろう」
「このままカーティス殿下が国王になられるのだろうか?」
そんな声が宮廷内のあちこちで囁かれていた。
一方で、一部の貴族からは批判の声が上がっていた。
「これまでこそこそと隠れていたカーティス殿下が、今になって表に出てきたのは何故だ?」
「何か裏があるに違いない」
「逃げてばかりだったカーティス殿下に、国王の資格はない」
そう囁く者たちは、主にウサーマス家とその派閥の貴族たちだった。
現国王の母は、ウサーマス公爵家の出身だ。現王妃を養女として迎え入れたのも、ウサーマス家である。
つまりウサーマス家にとって、カーティスは邪魔な存在なのだ。
どうにかカーティスを失脚させようと、彼らは必死になって画策していた。
しかし、他の貴族の多くはカーティスの行動を支持している。
「カーティス殿下が表に出てきたのは、結界を修復するためではないか」
「学園祭でレイチェル嬢の展示物を見たが、結界の重要性を我々は改めて認識した」
「カーティス殿下は、この国を守るために立ち上がったのだ。あの王太子にこの国を任せるわけにはいかない」
「何よりカーティス殿下は、正統な王家の血筋であらせられる。結界を守れるのは、カーティス殿下をおいて他にいない」
そんな声に押されてか、ウサーマス家は徐々に影響力を失っていった。
これには、学園祭でレイチェルが結界についての展示を行ったことも影響していた。
今までは、結界などあって当たり前だったのが、レイチェルの展示によってその重要性が再認識されたのである。
すると、カーティスが身を潜めていたときも、学園で結界について研究していたのだと知れ渡っていった。
争いを避けるために表舞台から姿を消したが、影ながら国を守ろうとしていたカーティスこそ、真の王にふさわしい。そんな意見が広がっていったのだ。
レイチェルの展示物が、カーティスの真実を明るみにしたと言えるだろう。
「流れはカーティスさまに傾いていますわね」
「ああ、そうだな。これもレイチェルのおかげだ」
リグスーン邸の庭園を散策しながら、レイチェルとカーティスは互いに微笑みあった。
「いいえ、カーティスさまが今まで努力してきた結果ですわ。私は、少しお手伝いをしただけです」
レイチェルはカーティスに寄り添いながら、そっと彼の手を握る。
「いや、きみがいなければこうはならなかった。私は未来を変えるために動くと決意したが、きみが共に行動してくれたからこそ、ここまで来られた」
カーティスはレイチェルの手を握り返し、感謝の言葉を口にした。
「私も……カーティスさまがいらっしゃらなければ、未来を変えることなど……」
言いかけたところで、レイチェルはふと疑問を抱く。
レイチェルは未来を変えようと行動してきた。それは、小説のストーリーという、この先の出来事を知っているからできたことだ。
しかし、今のカーティスの言い方では、彼もまた未来を知っているかのようだ。
「カーティスさま……あなたは一体……」
レイチェルが問いかけようとしたとき、カーティスが何かを思い出したように口を開いた。
「そうだ、国王から建国祭での儀式についての返答がきた」
カーティスはそう言うと、レイチェルに封筒を手渡した。
「陛下はなんと……?」
「私とレイチェルは補助として参加するように、とのことだ」
「補助……ですか?」
レイチェルは封筒から手紙を取り出し、目を通す。
そこには、カーティスとレイチェルは補助として参加しても構わないが、あくまで儀式の主役は国王夫妻であるという旨が書かれていた。
「つまり……カーティスさまを次期国王とは認めないが、結界の修復はさせたいということでしょうか」
「ああ、そういうことらしいな」
カーティスは苦笑交じりに答えた。
「まあ……随分と都合のよろしいことですわね」
呆れながら、レイチェルはため息をつく。
「そうだな。だが、儀式を行えるのなら、それで構わない。大切なのは結界の修復だからな。体裁など気にしている場合ではない」
カーティスは真剣な表情で答える。
「確かに、そのとおりですわね」
レイチェルも納得して頷いた。そして、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。
「体裁にこだわらないのであれば、建国祭での儀式ではなくともよろしいのでは?」
国王の威信を示すためには、建国祭での儀式が効果的だろう。
しかし、カーティスの狙いは結界を修復することにある。
建国祭での儀式にこだわる必要はないのではないかとレイチェルは思ったのだ。
「それなんだが、血族魔法の欠点でな。訓練なしに使える一方で、制限がある。この結界は年に一回限り、それも建国祭の時にしか修復できないんだ」
カーティスは苦々しい表情で答える。
「そうでしたのね……。では、儀式で結界を修復するしかありませんわね」
「ああ、そのための準備も進めているところだ。絶対に成功させる。今度こそ、きみとの未来をつかむ」
カーティスは決意を込めた瞳でレイチェルを見つめた。
その瞳には悲壮なまでの意志が宿っているように感じられ、レイチェルは不安を覚える。
「カーティスさま……? 一体何を……今度こそ……?」
普通に考えれば、幼い頃に引き離され、諦めた未来を取り戻すということだろう。
しかし、それにしてはカーティスの態度がおかしい。まるで、儀式に失敗したことがあるかのような口振りなのだ。
「すまない……今はまだ言えないんだ」
カーティスは苦しそうな表情を浮かべて首を横に振ると、レイチェルをそっと抱き寄せた。
「カーティスさま……」
「儀式を成功させた後で必ず伝えると約束する」
「……わかりましたわ。どうか、あまりご無理はなさらずに」
レイチェルはカーティスの背中に腕を回して抱きしめ返すと、静かに目を閉じた。






