27.両手に爺
スーノン公爵とオウムト公爵に連れられて、レイチェルは学園内を見て回った。
だが、どこを回っても、二人は注目を浴びる。特にオウムト公爵は有名だ。彼が歩くだけで人々が道を開けるのだ。
スーノン公爵はしばらく王都に姿を現さなかったことから、顔を知っている者は少ない。
しかし、その存在感と威厳から身分の高貴さは伝わってくる。
さらに、オウムト公爵と親し気に話していることから、正体を推測することは容易だったようだ。
「おい、あのお方……もしかして……」
「ああ、そうだ。スーノン公爵閣下だ……。どうしてここに……」
「それに、あちらはオウムト公爵閣下じゃないか。まさか、あのお二方が……」
ひそひそと囁く声がする。
二人は全く気にする様子もなく、堂々と歩き回っていた。
「おや、これはなんだ? 『真実の愛で結ばれた高貴な王太子と可憐な令嬢』……?」
そのうち、スーノン公爵がグリフィンとケイティの出演する演劇の看板を見つけてしまった。
「なに? 王太子だと!? ほう……。これは見ものだな」
スーノン公爵の目が光る。それを見て、レイチェルは嫌な予感を覚えた。
「ほう、ちょうど次の公演が王太子と令嬢の恋物語か……。これは行かねばならぬな」
看板を見たオウムト公爵も興味を抱いたようだ。にやりと笑みを浮かべる。
「よし、行くぞ」
「ああ、行こう」
二人は頷き合うと、そのまま演劇が行われる講堂へ向かって歩き出した。
もはや止めることなどできないだろうと、レイチェルはおとなしく後をついていく。
講堂に入り、舞台がよく見える位置に三人は席を確保する。
「おや、王太子と令嬢が来たようだな」
オウムト公爵が顎に手を当てて、舞台を見つめる。
その視線の先には、確かにグリフィンとケイティの姿があった。
「ふむ、なかなかお似合いではないか。頭の軽そうなところが、特にな」
スーノン公爵は二人の様子を見て、唇の端をつり上げる。
「ああ、そうだな」
オウムト公爵も同意する。こちらはスーノン公爵よりも実感がこもっていた。
レイチェルは二人の会話を聞きながら、舞台に視線を向ける。
舞台では、グリフィンとケイティが向かい合っていた。
「ああ、ケイティ。僕は君に出会った時から、君に恋い焦がれていた」
グリフィンは真剣な眼差しでケイティを見つめる。
「王太子さま……私も貴方にお会いした時からずっとお慕いしておりましたわ」
ケイティもグリフィンを見つめ返す。その瞳には、熱い想いが溢れていた。
二人の視線が絡み合う。互いに一歩前に出た時、音楽が流れ始めた。それに合わせて、踊り始める二人。
「ああ、ケイティ。僕は君を愛している」
「私もですわ。王太子さま……」
二人は見つめ合い、愛を囁き合う。そして、手を取り合って踊り続けるのだった。
「ふむ……まったくもって意味がわからんが、想い合っていることは伝わってくるな」
「ああ、そうだな。はっきり言って稚拙だが、それがまた初々しいではないか」
スーノン公爵とオウムト公爵は、舞台を見ながら好き勝手に言い合っている。
周囲の様子を見てみれば、おろおろとしたように舞台の二人を見ている観客が多かった。
公然と繰り広げられる浮気の証拠だ。中には舞台の二人とレイチェルを交互に見る者もいた。
レイチェルは、なんだか居心地が悪くなる。
「公衆の面前でいちゃつくなんて……王太子殿下は何を考えているのかしら……」
「いくら演劇とはいえ……」
ひそひそと囁かれる声が聞こえる。
うんざりしたレイチェルは、小さくため息をついた。
やがて二人は愛を確かめ合うように、強く抱き合った。そして幕が下りる。
観客席からは、まばらな拍手が起こった。素直に拍手してよいものかと、レイチェルに遠慮しているようでもある。
「ふむ、面白かったな。では行こうか」
スーノン公爵は満足したように立ち上がり、オウムト公爵も頷く。
「ああ、そうだな。あの二人に挨拶でもしてやるか」
二人はそう言って、客席から立ち上がる。そして、舞台へと歩き出した。
レイチェルも慌てて二人を追いかける。
すると、舞台からグリフィンとケイティが降りてきた。
「おや、オウムト公爵ではないか。僕たちの劇を観に来たのか?」
グリフィンは驚きの表情を浮かべている。
「はい。王太子殿下には、演劇の才能がおありのようですな。その整った容姿だけで、役者として生きていけそうです。皆も殿下が役者になれば幸福でしょう。まさに天職かと」
オウムト公爵は、にこやかな笑みを浮かべながら答える。
「そうか、まあ僕の顔ならな。当然だ」
上機嫌でグリフィンは頷く。その顔は得意げだ。
レイチェルはそんなグリフィンを見て、呆れてしまう。オウムト公爵の言葉は『お前は王にふさわしくない』と言っているに等しいというのに。
「ところで、そちらは……?」
グリフィンはオウムト公爵の隣に立つスーノン公爵に視線を向ける。
「お初にお目にかかります。スーノン公爵家当主、レナード・スーノンと申します」
スーノン公爵は優雅に一礼する。
「スーノン公爵……!? まさか……あなたが?」
グリフィンは目を見開く。予想外の人物の登場に動揺しているようだ。
なにせ十年以上、王都に姿を現したことがない反王家派の人物だ。驚くのも無理はないだろう。
スーノン公爵はそんなグリフィンを、冷ややかな瞳で見つめる。
「いかにも、私がスーノン公爵です」
「そ、そうか。僕が王太子グリフィンだ。だが、スーノン公爵は確か……」
気まずそうに言葉を濁したグリフィンだったが、次の瞬間には何かを思いついたように笑みを浮かべた。
「そうか! 僕たちの真実の愛を応援してくれるのだな? どうだ、僕たちはお似合いだろう?」
嬉しそうにそう言って、グリフィンはケイティを抱き寄せる。
「まあ、スーノン公爵閣下も私たちを応援してくださるのね! 嬉しいわ!」
ケイティは無邪気に喜んでいる。
だが、スーノン公爵は冷たい表情のままだ。
「ケイティは愛らしいだろう。そこの地味な女とは大違いだ」
グリフィンはレイチェルを鼻で笑いながら、ケイティの艶やかな髪を撫でる。
「ああ、そうですな。二人はお似合いだ」
スーノン公爵の言葉に、グリフィンとケイティは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「先ほどレイチェル嬢の展示物を見たが、実に興味深く、素晴らしかった。レイチェル嬢こそ、未来の王妃にふさわしい。殿下にはそちらの、ケイティ嬢がお似合いですな」
スーノン公爵の言葉に、周囲の者たちはざわめいた。
今の言葉は、グリフィンは将来の王にふさわしくないと言っているも同然だ。
しかも王弟カーティスの祖父であるスーノン公爵が、王太子を認めていない。それはつまり、王位継承順位を揺るがそうとする発言でもある。
「……? レイチェルが王妃にふさわしい? だが、僕とケイティがお似合いだと認めているのだよな?」
グリフィンは不思議そうに首を傾げる。
「ええ、そうですわ。スーノン公爵閣下が応援してくださるなんて嬉しい!」
ケイティは何の疑問も抱いていないようだ。ただ純粋に、スーノン公爵に認められたことを喜んでいるらしい。
周囲がざわついていることにも、全く気づいていないようだ。
「お二人はとてもお似合いですとも。私もお二人の真実の愛を応援させていただきましょう」
スーノン公爵は穏やかに微笑む。だがその笑みの裏には、蔑みの感情が浮かんでいた。
「そうか! ならば問題はないな!」
グリフィンとケイティは満足げに頷き合う。そしてレイチェルを見て鼻で笑った。
「やはりお前のような女、僕にはふさわしくないと皆が認めているな」
「そうですわ。私たちの愛を阻もうなんて無駄なのよ」
二人は顔を見合わせて笑う。
「では、僕たちはこれで失礼する」
グリフィンはそう言うと、ケイティの肩を抱いて講堂を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、スーノン公爵はため息をついた。
「やれやれ……。ここまで言葉が通じないとは思わなかった。そなた、これまで苦労してきただろう」
スーノン公爵は同情するような視線をレイチェルに向ける。
レイチェルは苦笑いするしかなかった。






