23.王妃のお茶会
王妃のお茶会に、レイチェルは招待された。
王宮の中庭に用意されたテーブルは、上質な布がかけられ、立派な花が飾られている。そこには、すでに王妃が座っていた。
お茶会と言っても、参加者はレイチェルだけだ。
間違いなく、婚約解消の件について問い詰めるための呼び出しだろう。
「お久しぶりです、王妃陛下」
レイチェルは緊張しながら挨拶をする。
前世の記憶が蘇ってからは、初めて王妃と顔を合わせるのだ。
今まではさほど強い印象はなかったが、小説の設定を知った今では、恐ろしい悪女に見える。
下級貴族の出身に過ぎなかったのに、王妃にまで上り詰めたのだ。さらには、浮気相手との子を国王の子と偽り、王太子として育て上げた。
はっきり言って、とんでもない女である。
「久しぶりね、レイチェル。……まあ座りなさいな」
王妃は優しく微笑みながら、着席を促す。
しかし、その瞳は笑っていなかった。レイチェルは悪寒を感じながらも、なんとか微笑みを浮かべると着席した。
「それで……あなたを呼んだのは他でもないわ」
王妃はティーカップを置くと、静かに口を開いた。
「あなた、本当に婚約解消を望んでいるの?」
「……はい」
レイチェルはゆっくりと頷く。
今さら嘘をついたところで意味がない。それどころか、王妃の不興を買うだけだろう。
「どうして?」
王妃は問いを重ねる。
「殿下も、ケイティとのご結婚を望んでいらっしゃいますから」
レイチェルは臆せず答えることにした。
「でも、あなたは違うでしょう?」
「それは……」
レイチェルは言い淀む。
本当にレイチェルも心から婚約解消を願っている。しかし、レイチェルに非がない状態で婚約を解消できるよう、グリフィンを慕っているふりをしてきたのだ。
ここで正直に言いきってしまえば、今までの嘘が水の泡だ。
「……私は殿下をお慕いしておりました。でも、それは私の一方的な想いでございました。殿下とケイティの真実の愛を知った今、私は身を引く決意をしたのです」
レイチェルは俯きがちに答えると、ちらりと王妃の反応を見る。
「……」
王妃は黙ったままだった。しかし、その表情からはなにも読み取れない。
「そう……わかったわ」
やがて王妃は静かに頷いた。
その答えに、レイチェルはほっと胸を撫で下ろす。
「でも、それはできないわ」
しかし、王妃の続けた言葉にレイチェルは固まった。
「え……?」
「だって、あなたはリグスーン公爵家のたった一人の正統な娘なのよ。そんなあなたが王太子の婚約者にならずにどうするの?」
王妃はそう言って微笑んだ。
その笑みが恐ろしくて仕方がない。まるで獲物を見つけた蛇のようだとレイチェルは思う。
「で、ですが……」
「それにね……私はウサーマス家の養女であって、本当の血は引いていない。そんな私から生まれてしまったグリフィンは、必ず四大公爵家の娘を娶る必要があるのよ。ケイティでは駄目。あの子は正統な血筋ではないから」
「それは……」
王妃の言葉に、レイチェルはなにも言えなくなる。
彼女の言っていることは、極めて正しい。
「王太子妃になれるのは、あなたしかいないの。これもこの国のため、国を守る結界のためよ。だから、お願い。婚約を解消したいなんて言わないで」
王妃はそう言って、じっとレイチェルを見つめた。その瞳は真剣そのものだ。
「っ……」
レイチェルは言葉を失う。
王家の血を引かない子を王太子として偽り、四大公爵家の血筋ではない彼女が、国王や貴族たちよりも結界の重要性を認識しているのは、なんという皮肉だろうか。
お願いとは言っているが、実際には命令だ。
どう答えればよいのかわからず、レイチェルは唇を噛む。
「おお、レイチェル。久しいな」
「国王陛下……」
そこにやって来たのは、国王だった。
王妃はさっと立ち上がり、挨拶をする。レイチェルも慌てて立ち上がると、それに倣った。
「こうして話すのは久しぶりだな」
国王は王妃の隣へと腰かける。その後ろに控えていた従者や側近たちは、それを確認するとぞろぞろと去っていった。
「はい……陛下もお元気そうでなによりでございます」
「うむ、そなたも息災なようで安心したぞ。……それで、レイチェルよ。婚約解消は考え直したのか?」
国王はじっとレイチェルを見つめる。
その圧力に、レイチェルは一瞬怯みそうになるが、なんとか堪えた。
「それは……」
「そなたが身を引く必要などない。王太子の婚約者は、そなたしかいないのだ」
「そうよ、レイチェル。これは国のためなの。だから……」
王妃も国王に同調して、説得してくる。
「ですが……王太子殿下は、ケイティとのご結婚を望んでおられます。ケイティも殿下との真実の愛を……」
「ならば、そなたを正妃に、ケイティを側妃にすればよい」
「え……?」
レイチェルは驚きに目を見開く。
側妃制度は、跡継ぎがいない場合のみ認められるものだ。
グリフィン以外に跡継ぎがいないのならまだしも、カーティスという王位継承権者がいる現状では、あり得ない。
「しかし、それは……」
「まあ、それはよろしいですわね! さすが国王陛下ですわ!」
レイチェルの反論を遮るように、王妃が声を張り上げた。
「私も、レイチェルが正妃であれば、ケイティが側妃となっても構いませんわ。これこそ、皆が幸せになれる方法ですわね」
王妃は嬉しそうに微笑む。その微笑みが、レイチェルには恐ろしかった。
国王も王妃も、カーティスのことを存在しないものとして扱っている。
「うむ、これで王太子の将来も安泰だな」
「ええ、そうですわね。あの子も喜ぶわ」
国王と王妃は顔を見合わせて笑う。
二人の姿を眺めながら、レイチェルは背筋に冷たいものを感じた。
レイチェルを生贄にしようとしているのだ。
それも、王家の血を引かない王太子のために。
いっそここで王妃の不貞を暴露しようかという考えが浮かぶが、すぐに打ち消す。
小説でも、国王はグリフィンが王家の血を引いていないことを知ってからも隠蔽していた。
暴露したところで無駄どころか、レイチェルが処罰されてしまうだろう。
それに、王妃が浮気をしたという証拠もない。
「王妃となることは、国一番の女性となること。名誉なことだ。これ以上の幸せはないであろう」
国王はそう言って微笑む。
その時、王妃の顔がわずかに歪んだ。しかし、すぐに元の表情に戻る。
「……さあ、レイチェル。あなたも喜んでちょうだいな」
王妃はレイチェルの手を取って微笑む。その笑みは、ぞっとするほど美しかった。
「っ……」
レイチェルはなにも言えずに俯くしかなかった。






