21.計画どおり
数日後、学園祭の準備で賑わう学園に、資材が運び込まれ始めた。
学園祭の飾りや看板に使う木材などだ。
「ねえ、これどこに置く?」
「それはあそこの倉庫にお願い」
生徒たちがわいわいと騒ぎながら、次々と倉庫に運んでいく。
「待ってちょうだい、それはこちらよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
レイチェルも大きな看板を運ぶ生徒たちに指示をしていた。
資材の搬入は、生徒会が主導で行っている。兄が生徒会役員であるため、その手伝いをしているのだ。
「あと少しね……」
レイチェルは額に滲む汗を拭うと、倉庫に向かう生徒たちを見送った。
「あら、お姉さま。見学にいらしたの?」
背後から声をかけられ振り返ると、ケイティが立っていた。
その隣ではグリフィンが腕を組んで、不機嫌そうにレイチェルを見つめている。
「……生徒会のお手伝いよ。あなたたちこそ、何をしているの?」
「もちろん、学園祭の準備をしていますわ。王太子殿下が資材の搬入を指揮してくださるのよ。素晴らしいでしょう?」
ケイティはうっとりとした表情でグリフィンを見つめると、彼に寄り添った。
「そのとおりだ。この僕が、直々に指揮してやろうというのだ。ありがたく思え」
グリフィンは得意げに胸を張ると、ケイティの肩を抱く。
「まあ……殿下、素敵ですわ」
ケイティは嬉しそうに微笑む。
そんな二人の様子に、レイチェルは思わず顔をしかめた。
終わり際にやって来て何を偉そうなことを言っているのだろうか。
呆れてしまうが、ここで喧嘩腰になったら今までレイチェルが耐えてきた意味が無くなってしまう。
むしろ計画どおりに進んでいるのだから、不快感は飲み込んでおくべきだ。
そう自分に言い聞かせ、レイチェルは微笑む。
「そうですか……では、頑張ってくださいね」
「ええ、言われなくても頑張りますわ。お姉さまは引っ込んでいらして」
「そうだ、僕に任せておけばいい」
ケイティとグリフィンはそう言うと、資材の搬入の指揮を始めた。
「さあ、早く運んでちょうだい!」
「おい、そこのお前! そんなへっぴり腰で運ぶ気か? しっかりしろ!」
二人は次々と指示を出し始める。しかし、そのやり方は効率が良いとはいえず、生徒たちに負担がかかるものだった。
「ちょっと、何をしているんですか! これでは効率が悪いですよ!」
そんな二人を見かねて、生徒会の生徒が注意する。
「うるさいな! 僕は王太子だぞ! 僕のやり方に文句をつけるな!」
「そうよ! 殿下の邪魔しないで!」
だが、グリフィンもケイティも聞く耳を持たずに喧嘩腰だ。
そんな二人の様子に、生徒会の生徒たちは呆れてため息をつく。
「もう、何をやっているんだ……」
「殿下もケイティ嬢も、どうしてあんなやり方しかできないんだ……」
「ああ……本当にあの二人は……」
周囲の生徒たちがひそひそと囁き始める。
するとそれに苛立ったのか、グリフィンが声を荒らげた。
「うるさいぞ! お前たちは僕に従っていればいいんだ! 僕は王太子だぞ!」
そして、グリフィンは資材を運び込む生徒たちを怒鳴りつけ始めた。
「何をぐずぐずしている! この僕を待たせるな!」
「ああ……殿下……」
「もう、勘弁してくれよ……」
そんなグリフィンの様子に、生徒たちは困り果ててしまった。
無理をして資材を運んでは、グリフィンに怒鳴られる。そしてまた運んでは、怒鳴ることを繰り返される。
悪循環にますます生徒たちの疲労は溜まっていった。
「こら、そこ! 何をサボっているんだ! さっさと運べ!」
ぐったりとした生徒たちを見つけると、グリフィンはつかつかと歩み寄っていく。
「まったく、お前たちは……っ!」
そう言いかけたグリフィンだったが、よろよろと木材を運んでいた男子生徒の進路を遮るように立ちはだかったため、その生徒と衝突した。
「わっ!」
その男子生徒は倒れ込み、持っていた木材が散乱する。
「何をするんだ!」
グリフィンが怒鳴りながら、彼に向かって手を伸ばそうとする。
しかし、地面に落ちた木材に躓いてしまい、男子生徒とは別方向につんのめった。
「うわっ!」
体勢を崩したグリフィンは、そのまま前にとんとんと進み、倒れ込んでいく。
その先には木材が山積みにされていた。
「殿下!」
すると、まるでそれをわかっていたかのように、ケイティが素早く動いた。
「危ないっ!」
ケイティはグリフィンに向かって飛びかかると、そのまま押し倒すように倒れ込んだ。
次の瞬間、激しい衝撃音が響き渡った。
「殿下! ケイティ嬢!」
生徒たちが一斉に駆け寄ると、木材の山にグリフィンとケイティが埋もれていた。
「殿下、ケイティ嬢、大丈夫ですか!?」
慌てて生徒たちが木材をどかすと、グリフィンと彼を庇うように覆い被さるケイティの姿が現れた。
「う……」
「殿下、ケイティ嬢!」
「しっかりしてください!」
生徒たちが声をかけると、グリフィンはうっすらと目を開ける。そして、ゆっくりと身体を起こした。
「殿下……お怪我は?」
「ああ……僕は大丈夫だ」
グリフィンが返事をすると、周囲の生徒たちは安堵のため息をついた。しかしケイティは、うつ伏せに倒れたまま動かない。
「ケイティ……?」
その様子に不安になったグリフィンがケイティを抱き起こすと、彼女はうっすらと目を開けた。
「よかったですわ……殿下に怪我がなくて……」
弱々しく微笑んでそう呟くと、ケイティはそのまま目を閉じた。
「ああ……すまない、ケイティ」
グリフィンは泣きそうな表情を浮かべると、ケイティを抱きしめる。
「すぐに医務室へ運ぶからな……!」
グリフィンはケイティを抱きかかえると、そのまま医務室に向かって歩き始めた。
その姿を見送りながら、レイチェルは少し驚く。
まさかケイティが身を挺してグリフィンを守るとは想定外だった。確かに効果的ではあるが、我が身の方が可愛いだろうと思っていたのだ。
意外としたたかだったのか、それとも本当にグリフィンのことを想っていたのか、どちらだろうか。
レイチェルは不思議に思ったが、はっと我に返る。
計画どおりに進んでいるのだから、些細なことはどうでもよい。
それよりも、本当の被害者がいるではないか。
「あなた、大丈夫?」
レイチェルは、グリフィンとぶつかった男子生徒に駆け寄っていく。
彼が倒れた直後にグリフィンとケイティが木材の下敷きになったため、すっかり周囲から忘れさられていたのだ。
「はい……大丈夫です」
男子生徒はそう言うと、ゆっくりと身体を起こす。
見たところ、大きな怪我はなさそうだ。それにレイチェルはほっと胸を撫で下ろす。
「ああ……眼鏡が……。壊れちゃったみたいですね……」
男子生徒は、ずれた眼鏡をはずしながら呟くと、割れたレンズの破片を見つめる。
その顔を見て、レイチェルは目を見開いた。
「あら? もしかして、ハロルドさん……?」
よく見れば、彼は隣国からの留学生にして、実は密偵でもあるハロルドだったのだ。
いつももっさりとした前髪と分厚い眼鏡のために、顔はよくわからなかったのだが、今こうして見ると整った顔立ちをしていた。
「え、ああ……レイチェル嬢。どうも……」
ハロルドはもじもじとしながら、レイチェルに挨拶をする。
「あなたも資材を運んでいたのね」
「はい……この資材は僕の実家で扱っているものなんですよ。だから、僕も手伝いを……」
「そうだったのね……」
そういえば、小説では彼は大きな商会の息子という設定だった。
なるほどと納得しかけて、レイチェルはふと首を傾げる。
「あら……でも、あなたは隣国からの留学生でしょう? この国にも支店があるの?」
「え、ええ……。僕の母はもともとこの国出身なんです。それで、この国にも支店があるんですよ。ジェシカ商会といいます」
ハロルドはにっこりと微笑む。
「まあ、ジェシカ商会……聞いたことがあるわ。そうだったのね」
レイチェルが感心したように言うと、ハロルドは照れたように頭を掻いた。
「それにしても災難だったわね。怪我はない?」
「大丈夫ですよ。でも……」
ハロルドはそっと眼鏡の外れた自分の顔に触れた。
「これじゃあ、よく見えないので……僕はもう戻りますね」
ハロルドは苦笑いを浮かべながら、レイチェルをじっと見つめた。
視力が悪いせいか、その距離は近い。
レイチェルはびっくりして離れようとしたが、彼の瞳を見て動きを止めた。
青色で、瞳孔付近がほんのりと黄色みを帯びている。最近、どこかで見たことのある色だ。
「……っ!」
そして次の瞬間、レイチェルは思い出して息をのむ。
王太子グリフィンの瞳の色にそっくりなのだ。
「あ……申し訳ありません。近づきすぎてしまいましたね。でも、眼鏡がないと本当に見えないんです……」
ハロルドは一歩下がると、申し訳なさそうに言った。
レイチェルが息をのんだのを、接近しすぎたためだと思ったようだ。
「では……僕はこれで失礼します」
ハロルドは頭を下げると、そのまま立ち去ってしまった。
「今の、なに……?」
レイチェルは呆然と呟く。
ハロルドの瞳が、グリフィンの瞳にそっくりだった。青い瞳はよくあるが、瞳孔付近がほんのりと黄色みを帯びているものは珍しいだろう。
しかし、そこまでじっくりと他人の瞳を見つめる機会などあまりないのだから、実はよくある色なのかもしれない。
「……そうよ、たまたまだわ」
小説の内容でも、グリフィンとハロルドに接点などなかった。単なる偶然だろう。
レイチェルはそう結論付けると、本来の仕事に戻ることにした。






