02.盗作
「ねえ、京依! あんた、私の小説盗んだでしょ!」
中学校から自宅に帰ってきた妹を捕まえると、伶依は勢いよく問い詰めた。
郊外の一軒家である自宅は広く、廊下も長いため、怒鳴り声が響き渡る。
だが、それでも京依は動じることなく、きょとんとした顔でこちらを見返してきた。
「なんのこと?」
「とぼけないで。全部知ってるんだから」
そう言いながら、伶依はスマホを取り出した。
画面に表示されているのは、小説投稿サイトのページである。
そこには『愛され令嬢の幸せな人生~みんなが私を愛してくれるから大丈夫!』というタイトルが表示されていた。
異世界恋愛ファンタジーのジャンルに分類されている、人気の作品だ。
「それ、私が書いてたやつだよね? タイトル全然違うけど、中身はほとんど一緒だし」
「ああ、それ? 確かに参考にはしたけど、私が考えたんだよ。こういう話なんて、いくらでもあるしね。ちょっと似ているくらいで盗作とか言われても困るよ」
「はあ!?」
京依の言葉に、思わず目を丸くしてしまった。
「似ているくらいだったら何も言わないよ。だけど、文章丸ごと同じっていうのはどういうこと? 誤字まで一緒だよね? これは明らかにパクッてるじゃん」
「えー、でも違う場所だってあるよ? ほら、ここなんか……」
そう言いながら、京依はスマホをスクロールさせる。
主人公の令嬢が周囲からチヤホヤされるシーンだ。
確かに、そこは伶依も書いた覚えがない。しかし、その前後の展開はよく知っているものだった。
「私の文章丸ごとコピペして、間にちょっと違う文章入れているだけでしょ?」
「まあ、そうとも言うね」
「そうとしか言わないよ。無理やりねじ込んでいるから視点がブレているところもあるし」
開き直った態度の妹に、苛立ちを覚える。
そもそもの小説も、伶依が書いたものはリグスーン公爵令嬢レイチェルを主人公としたものだった。
レイチェルには婚約者がいるのだが、その相手がグリフィン王子なのだ。
一度は婚約破棄されるものの、紆余曲折あって結ばれるというストーリーになっている。
しかし、伶依はまだ書きかけで、レイチェルが婚約破棄されたところで止まっていた。
それをよいことに、妹の作品ではレイチェルの腹違いの妹ケイティがヒロインであり、彼女が王子と結ばれてハッピーエンドを迎えるという話になっていたのだ。
本来の主人公であるレイチェルは、悪役令嬢である。
「だいたい、どうやって私のパソコンに入ったの?」
「それは秘密だよ」
「いやいや、普通に犯罪だから」
「でも、お姉ちゃんも悪いと思うよ。パスワード変えないと、簡単に入っちゃうよ?」
「はあ?」
「自分の誕生日なんて、安易すぎ。あれじゃ誰でもわかっちゃうよ?」
「…………」
どうも反論できない。
所詮自宅だけで使うものだと、適当に決めてしまったのだが、それが仇となってしまったらしい。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。そもそも、今どき個人サイトに小説載せたところで、誰も読まないって。投稿サイトとかにアップすれば、たくさん読んでもらえるのに」
「うるさいなぁ……」
痛いところを突かれて、口ごもってしまう。
実際、そのとおりなのかもしれない。
中学生の頃に個人サイトを作って、そこに細々と小説を載せていたのだ。
下書きのような感覚で、ほとんど誰にも見せることなく、ひっそりと公開していた。
しかし、高校に入ってからは、更新するのをやめた。
高校生活が忙しくなったせいもあるが、小説の展開に行き詰ったのが一番の原因だ。
頭に浮かんでいる物語はあり、しっかりと結末までの道筋はある。
だが、気に入らない展開ばかり続いてしまい、筆が進まずにいたのだ。
結局、一年経った今も、完結していない状態が続いている。
「私がもっと面白くして、大勢に見てもらえるようにしたんだから、むしろ感謝してよ」
悪びれる様子もなく、京依は言い放つ。
「はあ? 何が面白いのよ。性悪ぶりっこのケイティを主人公にして、理由もなく愛される内容をひたすら増やしただけのくせに」
「えー、だってそういう話なんだもん。レイチェルは絶対、悪役令嬢だって」
「馬鹿じゃないの」
「ひどーい」
不満げに唇を尖らせる妹の姿が、さらに腹立たしい。
「あ、でもさ、ここ見てよ。結界の詩を二人が交互に言うようにしたんだよ。ヒーローが『闇が迫る我らの領域に』って言った後に、ヒロインが『光を灯し、結界を張ろう』って続けるの。けっこう感動する展開じゃない? 私、才能あると思わない?」
「あんたね……」
どうも会話が噛み合っていない。
この妹とは、いつもこうなのだ。
悪気はないのだが、常に自分のやりたいように行動している。
親は京依に甘いところがあり、強く注意することができないのだ。
おかげで伶依は、いつもいい迷惑だった。
「とにかく、二度とこんな真似しないで。あと、小説は削除しておいて」
「なんで? せっかく書いたのに」
「いいから消して」
「嫌だよ」
「京依!」
「もう、そんなに怖い顔しないでよ。じゃあ、お姉ちゃんと共同管理にしてあげるからさ」
「は?」
「それで文句ないでしょ?」
「ふざけないで!」
怒鳴りつけると、さすがに驚いたのか、京依はびくりと肩を震わせた。
その表情に一瞬怯んでしまったが、ここで引くわけにはいかない。
「あんたが勝手にやったことでしょうが。なんで私が巻き込まれなきゃいけないのよ」
「ひどい……お姉ちゃんなら、喜んでくれると思ったのに……」
京依は泣きそうな顔になる。
「私がどれだけ苦労して書いたか、知らないくせに……」
「だから、あんたのものじゃないでしょ」
「私は私だよ。私が書いたものは、全部私のものなの」
「はあ!?」
またもや意味不明な主張をする妹に、怒りを通り越して呆れてしまう。
「だいたい、お姉ちゃんは私に冷たすぎるんだよ。もう少し優しくしてくれてもいいじゃない」
「あんたには十分優しいでしょうが」
「全然足りない。私なんて、いつも我慢しているんだからね。私がこんなに可愛いから、嫉妬してるんでしょ?」
「はあ? 自意識過剰も大概にしなさい」
「ほんとのことだもん」
「ああ、はいはい」
面倒になってきて、適当にあしらう。
「とにかく、共同管理者とかありえないから。私の作品だし、私が決める」
「えぇ、横暴だよ」
「黙って削除しなさい」
「やだ」
「京依!!」
「やだってば!」
姉妹喧嘩は、延々と続いたのだった。