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19.レイチェルの計画

「殿下、あの……今日の放課後、お時間をいただけませんか?」


 朝の登校時、校門の前でレイチェルは王太子グリフィンに話しかけた。

 他の生徒たちが遠巻きに二人を見ている。

 グリフィンは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに勝ち誇ったような笑顔に変わった。


「あいにくだが、僕は忙しい。残念だったな」


 それだけ言うと、グリフィンはレイチェルの横を通り過ぎていく。


「あの、殿下!」


 レイチェルは慌てて呼び止めるが、グリフィンは振り返ることもなく去っていった。


「あ……」


 その後ろ姿を見つめながら、レイチェルは悲しげな表情を浮かべてみせる。

 すると、その様子を見守っていた女子生徒たちがひそひそと囁き始めた。


「ねえ、今の見ました?」


「ええ、見ましたわ」


「王太子殿下の態度はいただけませんわね」


 彼女たちは口々にグリフィンを非難する。その会話に他の生徒たちも同調し始めていった。

 その様子を見て、レイチェルは内心ほくそ笑む。

 グリフィンは今日の放課後、ケイティとの約束があることは知っている。だから、レイチェルと時間を過ごすようなことはしないはずだ。

 うまくいったことに、レイチェルはほっとする。

 しかし、そのような態度は表には出さず、悲しげな表情を保ち続けた。


 そして翌日も、レイチェルは同じように登校時にグリフィンに話しかけた。


「あの、殿下……」


「しつこいな。僕は忙しいと言ったはずだ」


 グリフィンは苛立ちを隠そうともせずに、レイチェルを突き放す。


「でも、少しで良いのでお話しさせていただけませんか?」


 レイチェルは上目使いに懇願した。

 すると、グリフィンと目が合う。

 そういえば兄ジェイクが、グリフィンの瞳は青色で、正統な王家の色ではないと言っていたことをふと思い出す。


 改めて見ると、確かにカーティスのような紫色ではなく、青色だ。

 これまで意識したことがなかったが、こうしてよく見てみれば瞳孔付近がほんのりと黄色みを帯びていることに気づく。


「殿下、どうか……」


 レイチェルがじっと見つめていると、グリフィンはわずかに頬を赤くして、視線を逸らす。


「ふん、仕方がないな……」


 まんざらでもない様子で、グリフィンは了承しようとする。

 しかしそのとき、グリフィンの後ろからケイティがやって来た。


「あら、殿下。おはようございます」


 ケイティは満面の笑顔でグリフィンに挨拶すると、そのまま彼の腕に抱きついた。胸を押し付けるような仕草に、グリフィンは戸惑いの表情を見せる。


「お姉さま、ごめんなさいね。殿下は今日、私と約束があるんです」


 ケイティは得意げな顔で微笑んだ。


「まあ、そうだったの。では、あなたも一緒にお話ししましょうよ。ここのところ、結界について学んだので、殿下に教えて差し上げたいの」


 レイチェルがそう言うと、ケイティは眉をひそめた。


「まあ、さすが頭でっかちのお姉さまね。でも、殿下に必要なのは癒やされる可愛い私なの。邪魔しないでくれるかしら?」


 ケイティはグリフィンの腕を引っ張り、レイチェルから離れようとする。


「でも、結界は王家の方にとって重要な……」


「殿下は王太子よ。将来、国王となるお方なの。そんな方がお姉さまなんかから学ぶことなんてないわ」


 遮るように発せられたケイティの言葉に、グリフィンは頷いた。


「そのとおりだ。僕は次期国王だ。そのようなことに時間を割く必要はない」


 ケイティは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、グリフィンに抱きつく力を強める。


「ね? 殿下だって、私と一緒に過ごしたいですよね?」


「ああ、もちろんだ」


 グリフィンが頷くと、ケイティは優越感に満ちた笑みを浮かべた。


「それでは、失礼しますわ。殿下、行きましょう」


「ああ、そうだな」


 二人はレイチェルに背を向けると、仲睦まじく去っていった。

 その背中を見つめながら、レイチェルは呆然としたように立ち尽くす。


「レイチェルさま……大丈夫ですか?」


 そばにいた女子生徒が、心配そうに声をかける。


「え、ええ……大丈夫よ」


 レイチェルは悲しげに微笑む。


「王太子殿下のあの態度、ひどすぎますわ!」


「ええ、本当に!」


 他の女子生徒たちも憤慨したように声を上げる。


「いいえ……私がいたらないからよ。少しでもお力になれればと思って、研究者の方から結界についても学んでいたのだけど……」


 レイチェルがそう言うと、女子生徒たちは顔を見合わせた。


「レイチェルさまは、王太子殿下のためにそこまで……」


「なんて健気な……」


「わたくし、感動いたしましたわ」


 彼女たちは口々にレイチェルを褒め称える。


「みなさん……ありがとう。私は大丈夫ですから、殿下を責めないでくださいね……」


 力なく微笑み、レイチェルはその場を立ち去った。




 レイチェルの計画は滞りなく進んでいた。

 研究者と会っていたのは、グリフィンのために学んでいたのだと噂を流す。

 それはレイチェルがグリフィンを慕っているからだと、誰もが勝手に勘違いしてくれるのだ。


 グリフィンやケイティにとっても、それは自尊心を満たすものだった。

 ケイティは得意げな顔で、廊下を歩きながらグリフィンの腕に手を絡める。


「ねえ、殿下。あんな地味女より私の方が断然魅力的でしょう?」


「ああ、そうだな」


 グリフィンは満足げに頷いた。

 その様子を見て、周りの生徒たちはひそひそと囁き合う。


「あれって……」


「ええ……」


 その会話に耳をすませながら、レイチェルは自分の計画の成功を確信していた。

 すっかり噂は広まり、健気なレイチェルと浮気者のグリフィンという図式が出来上がっている。

 このままいけば、きっと婚約破棄もうまくいくだろう。

 レイチェルの心の問題をのぞけば、全ては思いどおりだった。


「ふう……」


 こっそりとレイチェルはため息を漏らす。

 計画が順調なのは喜ばしいことだが、グリフィンを慕う演技をするのは精神的に疲れるものだった。

 調子に乗るケイティを見るのも腹立たしい。


 心が少しずつ擦り減っていくのを感じながら、レイチェルは放課後の廊下を歩いていた。

 すると、いつの間にかカーティスの研究室の前に立っていたのだ。


「あ……」


 無意識にここに来ようとしてしまった自分が信じられない。

 慌てて引き返そうとするが、扉が開き中からカーティスが出てきた。


「どうかしたのか、レイチェル?」


「あ、あの……その……」


 レイチェルは口籠もりながら視線をさ迷わせる。しかし、カーティスの優しげな眼差しに促されるように口を開いた。


「カーティスさまにお会いしたくて……」


「ああ、そうか」


 カーティスは嬉しそうに微笑むと、レイチェルの手を取る。そして研究室の中に招き入れた。


「さあ、座ってくれ」


 促されるままレイチェルがソファに座ると、隣にカーティスが座る。


「噂は聞こえてきている。よく耐えているな」


 カーティスの言葉に、レイチェルは自嘲するように微笑んだ。


「でも……カーティスさまは不快ではありませんか?」


「いや、そんなことはない。もちろん、彼らの態度は不愉快だ。しかし、きみが私のためにそれを我慢してくれているのだと思うと、不謹慎だが嬉しく思う」


 カーティスはそっとレイチェルの手を取ると、優しく包み込むように握った。


「カーティスさま……」


 その温もりに、レイチェルの心が満たされていく。


「ごめんなさい、弱気になっていました。本当はここに来るべきではなかったのに……」


 レイチェルは申し訳なくなり、目を伏せる。

 せっかく噂を上書きすることができたのに、自ら台無しにしてしまうところだった。


「構わないよ。むしろ、私を頼ってくれたことが嬉しい。それに、周囲には王太子に冷たくされたきみが、私に相談しに来たように見えるだろう? 問題はないさ」


 カーティスの励ましの言葉に、レイチェルは心が軽くなっていくのを感じる。


「ありがとうございます。カーティスさま」


 レイチェルはカーティスに微笑むと、彼の手をぎゅっと握り返した。


「そして私は、弱ったきみに付け込む悪い男というわけだ」


 カーティスは悪戯っぽく笑うと、レイチェルの手を握ったまま引き寄せた。


「カーティスさま……」


 レイチェルは頬を染めながら、カーティスの胸に寄りかかる。彼はそのままレイチェルを抱きしめた。


「きみは本当によく頑張っている。つらい思いをさせてすまない」


 カーティスの優しい言葉と温もりに、レイチェルは涙が溢れそうになる。


「いいえ……私は大丈夫ですから……」


 レイチェルはカーティスの胸に顔を埋め、彼の背中に腕を回す。その腕の中はとても温かくて心地よい。ずっとこうしていたいと思ってしまうほどに。

 カーティスの鼓動を感じると、不思議と安心感が湧いてくる。

 このまま身を委ねてしまいたくなるが、今は大切な作戦中だ。

 レイチェルはカーティスの胸から離れると、笑みを浮かべた。


「ありがとうございます……もう大丈夫ですから」


「そうか……」


 カーティスは少し残念そうな表情を浮かべると、名残惜しそうにレイチェルから手を離した。


「カーティスさま、そろそろ……」


「ああ、そうだね」


 カーティスは寂しそうに微笑んで立ち上がると、研究室の扉を開ける。


「では、私は仕事に戻るとしよう。気をつけて帰るんだよ」


「はい、ありがとうございます」


 レイチェルはカーティスに見送られながら、研究室を後にした。

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